エピソード 1ー4

 雨宮様から特務第八大隊に勧誘される。それでさきほどのやりとりの意味を理解した。紅蓮さんが私に襲いかかってきたのは、私を入隊させたくなかったから。

 私の素性を考えれば、紅蓮さんが反対するのももっともだ。


「どうして、私のようなよそ者を勧誘なさるのでしょうか? 私が信用できる人間かどうか、判断できないとおっしゃっていたではありませんか」

「その話なら既に答えは出ている」

「そう、なのですか?」


 雨宮様の言葉は予想外だった。

 この世界に招かれたとき、私は囚人の恰好をしていた。その罪が濡れ衣だと言ったところで、無実を証明する手段はない。疑いを晴らすのは不可能だと思っていた。


「おまえは見ず知らずの者のために、妖魔のまえに飛び出すお人好しだからな。それが分かれば、仲間に勧誘する理由には十分だ」

「ありがとう、ございます」


 思わず感謝の言葉が口をついた。

 雨宮様が首を傾げた。


「なぜ礼を言う?」

「さあ、なぜでしょう? 私の行動を認められたのが嬉しかったのかもしれません」

「ふん、おかしなヤツだ。それで、返答はどうなんだ?」

「まだ私の質問に答えていただいていません」

「おまえのことは信用に値すると判断した。そう言ったはずだが?」

「だとしても、よそ者を雇う理由にはならないと思います」


 私はこの国のことをよく知らない。だけど普通に考えれば、国家の安全に関わるような部隊に、素性の分からぬ者を入隊させていいはずがない。

 でなければ、間諜などが入り放題になってしまう。


「ふむ、それには私が答えよう」


 笹木大佐様の言葉を受け、私はそちらに視線を向ける。


「なにか理由があるのですか?」

「ああ。特務大隊は圧倒的に人材不足なのだ。帝都付近を守るのは第一、第八大隊のみで、第二、第三大隊は地方に散っているし、第四から第七は現在のところ存在していない」

「え、存在しないというのは、もしや……」


 壊滅したのかと、最悪の可能性を思い浮かべた。


「いや、最初から存在していないのだよ」

「最初から、ですか?」

「恥ずかしい話だが、現在の軍部は予算不足でね。妖魔に対抗するには特殊な訓練をおこなう必要があるが、それには莫大な予算が必要になる。よって、正規軍は第四大隊までしか存在しないという訳だ」

「第四部隊まで、ですか? では、特務第八大隊は……」

「レティシア嬢、異国から来たキミには分からないかもしれないが、この神聖大日本帝国で暮らす大半は日本人だ。なのに、特務第八大隊には外国人が多いと思わないかい?」

「……あ」


 笹木大佐様の指摘で気付く。

 目の前にいる二人は黒髪だが、紅蓮さんやアーネストくんは違う。

 宿舎を見ても、赤髪や金髪を始めとした人間が多く所属している。気に留めていなかったけど、いまにして思えば、宿舎の外に出れば黒髪の人が圧倒的大多数を占めていた。

 この部隊だけが異例なのだ。


「特務第八大隊は外国人部隊なのですか?」

「少し違うな。特務第八大隊は、はみだし者の集まりなのだよ」


 五番から七番が空席にもかかわらず、八番を付けられているのはそれが理由。今後、正規の大隊が新設されたときも、第八大隊はその下につくことが決まっている。

 そういう部隊だから、部外者の私が隊員になっても問題は生じないと言うことらしい。


「私を勧誘しても問題ないという理由は分かりました。ですが、巫女様はどうなっているのですか? 戦力不足を補うために、巫女が召喚されたのではありませんか?」

「現在は特務第一大隊にて、巫女見習いとして訓練をおこなっている。力の発現は確認出来たようだが、巫女様が実戦に参加するのはまだ先のことだろう」


 つまり、当分の間は情勢が苦しいままという意味。そんな内情を明かすほどに、この国の妖魔による被害が大きいのだろう。


「達次朗の大佐殿の言うとおり、俺達は苦しい状況で、少しでも戦力になるヤツを集めている。それを踏まえてもう一度尋ねる。我ら特務第八大隊に入隊するつもりはあるか?」


 雨宮様が私の目を見て問い掛けてくる。

 私は、その誘いに――




「――失礼いたしました」


 退出の挨拶を残し、司令室を後にする。

 そうして踵を返すと、そこに紅蓮さんとアーネストくんが待ち構えていた。

 なにやら紅蓮さんの表情が硬い。また、なにか言われるのかと身構えていると、アーネストくんに背中を押された彼が、いきなり私に向かって頭を下げた。


「レティシアの嬢ちゃん、さっきは襲いかかったりして悪かった」


 いきなりのことに驚いたけど、頭を下げる姿には誠意が感じられた。笹木大佐様が仰ったように、私のことを考えての行動だというのは本当だったのだろう。

 それが分かったから、私も表情を和らげる。


「気にしてません。私のこと、心配してくださったんですよね?」

「ば、馬鹿言うな。俺はただ、足手纏いに入隊されたくないだけだ!」


 私の言葉に顔を赤らめた彼は、軍服を纏う腕で口元を隠した。


「そんなこと言って、さっきまで、レティシアさんのことを心配してたじゃないですか。ここで思いとどまらせなきゃ、取り返しの付かないことになるかもしれない、って」

「アーネスト、てめぇ! 余計なことを言うんじゃねぇよ!」


 紅蓮さんが掴みかかろうとするが、アーネストくんは上手く回避する。どうやらこの二人、私が思っていたよりも仲がいいようだ。

 思わず、クスクスと笑ってしまった。


「おい、アーネスト。おまえが余計なことを言うから笑われたじゃねぇか」

「僕のせいですか!?」

「ごめんなさい。仲がいいんだなぁって思って」


 兵を率いて戦場を駈けた私に戦友はいても、友達と呼べる存在はいなかった。こんな風に、思っていることを言い合える仲が少しだけ羨ましい。


「レティシアの嬢ちゃん。さっきの話の続きだが、伊織さんの提案を受けたのか?」

「……いいえ、保留にしてもらいました。正直に言うと迷っています」


 私は巫女じゃない。

 だけど、聖女は巫女と同じような力を持っている可能性が高いとも思い始めている。そうでなくとも、自分が妖魔と戦えるだけの力を持っていることは確認できた。


 そして私は、力を持つ者は、力を持たざる者を護る義務があると教えられて育った。聖女としての私は、戦いから目をそむけることに強い罪悪感を抱いている。


 だけど、王太子に裏切られて処刑されそうになった私は、もうあんな思いは二度としたくないと叫んでいる。

 だからどうすればいいか、私は答えを見つけられないでいた。


「二人はどうして戦うんですか?」

「あん?」

「……どうして、ですか?」


 質問の意図が分からないとばかりに二人が首を傾げる。


「紅蓮さんは、特務第八大隊の隊員になるのが危険だと思ってるんですよね? 私には止めるように説得しておきながら、どうして自分は戦っているんですか?」


 私はその質問をしたことを悔やんだ。紅蓮さんが一瞬、とても悲しげな表情を浮かべたからだ。その表情だけで、彼に悲しい過去があることを予感させられた。


「あの、言いにくいことなら別に……」

「いいや、問題ない。自分で言うのもなんだが、子供の頃の俺は悪ガキで怖い物知らずだった。で、親の言いつけを破って――事件に巻き込まれた。そのとき、俺は一度死にかけた。そんな俺を身を挺して救ってくれたのが姉ちゃんだったって話だ」

「……お姉さん、ですか」

「ああ。優しくて気立てがいい村一番の美人で、そして……正義感の強い人だった。だが、その正義感ゆえに、俺なんかを庇って犠牲になったんだ」

「もしかして、紅蓮さんが私を止めようとしているのは、それが理由、ですか?」


 正義感は身を滅ぼすと、そう思っているのだろう。

 だが、紅蓮さんは私の質問には答えず、ふっと悲しげに笑った。


「そうして身寄りを失った俺を救ってくれたのが伊織さんなんだ。だから俺は、姉ちゃんや、伊織さんがしてくれたことに報いるために戦ってる。ただ、それだけのことだ」


 静かな口調で語る。

 彼の赤い瞳は恩人への深い情を映し出していた。


「……軽々しく聞くことではありませんでしたね。すみません」

「俺が勝手に話しただけだ。嬢ちゃんが気にすることじゃねぇよ」


 傷付いたのは紅蓮さんのはずなのに私が慰められている。自分の不甲斐なさに唇を噛む。そんな私の頭に、紅蓮さんが手のひらを乗せた。


「それで、嬢ちゃんはどうして迷ってるんだ?」

「それは、その……」


 私は聖女であって巫女ではない。

 でも、聖女の力だって彼らの役に立つはずだ。私が力を貸せば、巫女として召喚された女の子はもちろん、特務第八大隊の負担だって減るだろう。

 紅蓮さんが体験したような悲しい事件だって、私がいれば減らせるかも知れない。


 その事実を口にすれば、紅蓮さんやアーネストくんの考えだって変わるかもしれない。そう思いながらも、自分が聖女であることを隠している。

 戦って、用済みだと捨てられるのが怖いから。

 魔封じの手枷を積極的に外そうとしないのもそれが理由だ。私の力を封じる忌まわしい枷であると同時に、私を普通の女の子でいさせてくれる魔導具でもあるのだ。


 私は卑怯だ。そう思いながら、自分の力を打ち明けることが出来ない。そうして言葉を濁した私の後ろで司令室の扉が開き、そこから雨宮様が現れた。


「レティシア、明日の午後、少し俺に付き合え」

 

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