第44話 アンボルタンとの戦い①

 敵は引くことも進むこともできず、その場で体を硬直させるばかり。

 俺とセリスはそんな奴らに一歩ずつ近寄って行く。

 ジリジリゆっくりと。

 それはそれは相手からすればとんでもなく嫌なことであろう。

 だが敵は悪人。

 悪いことばかりしてきた連中だ。

 やられる側の恐ろしさも思い知れ。


「ううう……どうする?」


「……助けてくれ、頼む。俺たちは親分たちに無理矢理――」


 一人の男が命乞いをしようとしたその時であった。

 セリスの背後から二人の人影が動き、彼女を飛び越して、命乞いを始めた男の首に短剣を突き刺し殺してしまう。


「お前は……」


「あら? 誰かと思ったらさっきのまぬけじゃない」


「まぬけはどっちだよ。こんな簡単に侵入を許してさ」


 現れたた人物の一人は、俺たちをここに連れて来た女だった。

 彼女は殺した男の首から短剣を抜き取り、短剣に付いた血をなめて満足げに微笑む。

 血をなめて笑うなんて……ちょっと危な過ぎじゃない?


「まぬけはどちらかしらね? たまにいるのよ、自信満々で助けに来て返り討ちに遭う奴が」


「それが俺って言いたいわけ?」


「何? 違うの?」


「違うね! だって俺は返り討ちに遭わすほうだから」


「ふーん……本当に自信満々ね。失敗した後の顔を早く拝みたいものだわ」


「だったら諦めてくれ。俺は失敗しないからな」


「フェイトだけじゃない。私もだ」


「てめえは誰だ、このドアホ」


 眉間の皺が癖づいてしまっているような怒り顔。

 それが彼の標準で的な表情ではなかろうか。

 それぐらい目の前にいる男は怒りを隠そうともせず、そしてそれが当然のように思えた。

 彼はセリスを睨みつけたまま、手に持った二本の短剣を器用に操作している。


「貴様……いや、貴様ら、見覚えがあるな……そうか、アンボルタンの息子と娘か」


「へー、俺らのこと知ってんのか、このアマ」


「でも、名前を知らないようだから落第点ね」


「貴様らの名前など知る必要はない。今日ここで死んでいくのだからな」


 セリスの挑発的な言葉に、二人は頬を上げて鼻で笑うのみ。


「どうせだから覚えておきなさいよ。私の名前はリズベット。で、こっちはクローズ」


「だから覚える必要はない」


「そう? でもあの世で広めておいてほしいから覚えておいて頂戴」


「…………」


 剣を構えるセリス。

 リズベットと名乗ったその女は、セリスに対してダラッと力の抜けた体勢を取り――そして口から何かを吐き出した。


「!!」


 セリスは吐き出された何かを剣で弾く。

 その隙にリズベットはセリスに接近し、短剣をセリスの鎧の隙間にねじ込もうとする。

 が、セリスの剣はそれよりも迅く――

 彼女の首を斬り落とす。


「リ……リズベット!?」


 それは一瞬のことだった。

 その瞬間まで余裕の顔を見せていた男――クローズの顔が驚きに歪む。

 驚き、怒り、そして悲しみの咆哮を上げる。


「このドアホが……何勝手にくたばってんだよ!」


 クローズは二本の短剣を握り締め、セリスに向かって駆け出す。


「それにこのドアホが……何勝手に殺してんだ!」


「貴様らがそれだけのことをしてきたからだろう」


 二本の短剣を剣で受け止めるセリス。

 一瞬、拮抗するかのように見えたが……セリスの力の方が圧倒的であった。

 軽くクローズを吹き飛ばすセリス。

 だがクローズはわざと吹き飛んだのか、綺麗に着地してみせる。


「てめえら! てめえらも早く行け、ドアホ!」


 クローズの声に、大勢の敵がセリスに突撃を開始する。

 どこまでも彼のことが怖いのか、必死で青い形相をした者たちばかり。

 そんな恐怖政治なんて、精神上悪いよ。

 そのうち部下に裏切られるぞ。

 

 なんて考えるが、奴らは今日で終わり。

 俺たちがここでしっかり決着をつけてやるからだ。


「女は体力を失った後に殺す。その前にてめえを殺す」


「あ、残念だけどどっちも殺せないよ、お前じゃ」


「何だと……?」


「ハッキリ言わせてもらうけど、レベルが違うよ、レベルが」


「……嘗めるな、ドアホが」


 クローズは腰に付けてある袋から一本の瓶を取り出す。

 するとそれを一気に飲み干す。

 瓶を地面に叩きつけ割り、そして俺を睨むクローズ。


「能力を強化するポーションだ……これさえ飲んでりゃ、お前らがどれだけやろうとも負けやしねえ」


「それでようやく条件は五分ってところかな」


「何?」


 俺は一瞬でクローズとの距離を縮め、そして奴の腹部に膝蹴りを入れる。


「ぐふっ……迅い!」


「お前が遅いんだよ!」


 クローズを八つ裂きにしようと、二刀の『伸縮剣』を振るう。

 だが予想以上の速さでこちらの攻撃を避け、クローズは息を整える。


「てめえ……気味の悪い技を使いやがって……」


「今のでやられてた方が良かったんじゃない?」


「それはこっちのセリフだ、ドアホ」


「?」


「俺はまだ本気を出しちゃいねえ……まだまだこれからだ」


 クローズは憤怒の表情で俺を睨みつけ――そして道具袋から何か球体の物を取り出した。

 それは見ているだけで気分が悪くなるような禍々しい物で、それを目の端で捉えていた奴の部下たちがより一層顔色を悪くする。

 一体なんなんだ、あれは?

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