第43話 牢屋からの脱出③

 数えきれない敵を前にし、俺は『伸縮剣』を振るう。

 しなる斬撃に敵はたじろぎ、そして餌食となっていく。


「変幻自在の剣技、とくと見よ!」


 なんていっぱしの剣士的なセリフを吐きながら剣を振るい続ける。

 相手はこちらに接近することができない。

 軌道は読めず、隙が一切ないからだ。

 並みの戦士では突破することができない絶望の壁。

 それが奴らの前に立ちふさがっているというわけだ。

 自分で言ったらなんだか恥ずかしいな。


「くそぉおおおお! こんな奴にやられたら、親分に何されるか分からねえ! お前ら、死ぬ気で突破するぞ!」


「お、おお!」


 だがそんな中、一人の男の声に敵全体がやる気をみなぎらせる。

 やる気というか……死ぬ気のような気もするけれど。

 とにかくたじろいでばかりいた敵が、俺の斬撃に飛び込んで来る。


「がああああああ!」


「痛い……でも、やるしかねえ!」


「おいおい……無理しない方がいいんじゃない?」


「無理をするだけの理由があるんだよ!」


「無理を押し通すのは勝手だけど、それはただの無謀だよ」


「え?」


 ただ一直線に俺に向かって来る敵。

 策も何もありはしない。

 殺してくれと言っているようなものだ。

 特攻する男たちを見て、俺は鼻で笑う。

 どれほどの相手が待ち構えているのか身構えてはいたが、まさかこの程度の奴らだったとは。

 心配なんかしちゃいなかったけれど、拍子抜け。

 こんなバカみたいに突っ込んで来てくれるのが相手なら楽勝としか言いようがない。


「なっ……?」


 俺が『伸縮剣』を上空に放り投げると、敵は突然のことに唖然としていた。

 その隙に俺は【空間収納】からもう一本『伸縮剣』を【複製】する。

 放り投げた剣を左手でキャッチし、俺は両手の『伸縮剣』を振り回す。


「二刀流になった『伸縮剣』! さらに困難が襲い掛かるぞ!」


 単純に倍化する予測不能の斬撃の嵐。

 勢いをつけていた敵は、また後退を始める。


「こ、こんなの勝てるか……親分に何されるか分からねえが、死ぬよりはマシだ!」


 逃げ出そうとする男たちが複数。

 だが、そんな男たちを切り殺し、冷たい目で俺を見据える者たちも複数いた。


「バカが……親分に逆らうと、死ぬよりも辛い目に遭うことになるぞ」


「ううう……そうだな……そうだよな」


 踵を返していた者たちが、再び踵を返し始める。

 すなわち、全員が俺の方を向いて進軍をした。

 これでも諦めないのかよ。

 そりゃそっちの勝手だけど、お前らに勝ち目なんてないぞ。


 俺は両手の『伸縮剣』を振るうのみ。

 それだけで敵はこちらに接近できず、切り伏せられていくだけ。

 なんて簡単な仕事。

 何も考えていない相手だから、こちらも何も考えないで戦える。

 

 しかし。

 何も敵は前方ばかりに現れるわけじゃない。

 後方からも当然現れるわけで……


「フ、フェイトさん!」


 ミューズの叫び声が俺を呼ぶ。

 およそ三十人の町人をはさみ、後方を守るミューズ。

 俺の後ろ――彼女の前に敵が立ちはだかる。


「ミューズ! お前ならできる! こんな程度の奴らなんて、お前の敵じゃない!」


「あんな小娘一人、何ができる!」


「小娘一人で、お前らを滅ぼすことぐらいだってできるんだよ!」


 ミューズは覚悟を決めたのか、包丁を手にして魔力を込めだす。

 凄まじい一撃が放たれる。

 そう感じ取った俺は、後方の皆に大声で言う。


「皆! 伏せろ!」


「!?」


「【アクアボール・スロー】!」


 水刃と化したミューズの包丁が壁を切り裂きながら敵に襲い掛かる。

 俺たちがいる場所は狭くはないが、決して広い場所ではなかった。

 彼女の一撃に、後方に位置する敵の居場所の壁や天井が崩れ落ちる。

 だが手加減はできているらしく、町の人たちを襲うようなことはない。

 そして包丁は軌道を変え、彼女の元へと戻って行く。


「!?」


 次に俺の前方にいる敵らが仰天する。

 ミューズの包丁は彼女の手に戻らず――俺の前にいる敵を襲撃する。


「お前らが小娘とバカにする奴の攻撃だ。軽く受け止めてやれよ」


「あんなもの……受け止められるわけがないだろ!!」


 目の前にいる敵らが、全力で後方へ逃げ去って行く。

 だが包丁は容赦なく、彼らの背後に迫り切り裂く。

 まるで猛犬が獲物を襲うような……そんな光景に俺は見えた。


 敵がバタバタと倒れて行き、俺は残った敵を襲いながら前方へと進んで行く。


「ダメだ……やっぱりこんなの勝てるわけがない!」


「逃げろ! 逃げるんだぁあああ!」


「残念だが、逃げ道などどこにもない」


「何っ!?」


 遠くの方から女性の低い声が聞こえてくる。

 それは漆黒の鎧を身に纏ったセリスの声。

 彼女の声からは慈悲の心は一切感じられない。

 ただ復讐の鬼と化したセリスが、洞窟の一口の方向から姿を現せた。


 どうやら彼女は合図をしっかり確認したようだな。

 そしてこの到着速度……相当溜まってた・・・・・みたいだ。


「進むも逃げるも道はなし。お前らどっちに始末されたい?」


「ふん。全て私が倒してやる。いいからこちらにかかって来るんだな」


 敵は戦意喪失。

 完全に戦う気を失っていた。

 これはやはり楽勝だな。

 俺は二本の『伸縮剣』を肩に当て、怯える敵を静かに眺めた。

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