第40話 アジト、侵入

 敵に囲まれ洞窟内へと足を踏み入れる俺たち。

 俺以外の人は、ミューズを含めて怯えているようだった。

 俺も俺とて怖がっているフリをしており、そんな俺たちを見て女は満足そうな笑みを浮かべていた。

 笑っていられるのも今のうち。

 せいぜい今のうちに笑っておけばいいさ。


 洞窟内は迷宮と言っても差し支えないほどに複雑な場所。

 入り口から幾重にも枝分かれした道を進んで行く。


「ミューズ。道は覚えているか?」


「ど、どうでしょう……緊張もしていますし、私に期待しないでください。逆にフェイトさんはどうなんですか?」


「ふ……俺にそんなことを期待しているのか? 俺は方向音痴だぞ」


「そんな恰好付けていうセリフですか!? どちらにしても、道は覚えるのは無理だと思いますよ。ちょっと複雑すぎますし」


「そうか……」


 となれば、帰り道は勢いと直感に頼り帰らないといけないということだな。

 ま、なんとかなるだろう。

 これまでなんとかなったし、なんとかするしかないよな。

 うん。

 自分の方向音痴が辛い……


 先に進んで行くと、牢屋が見えてくる。

 それは大きな牢屋で、左右に二つ。

 灯りはたいまつだけで薄暗い場所ではあるが……

 多くの人が怯えているのが目に映る。

 この瞬間、怒りのままに暴れてやろうかと思案するも、もう少し我慢しなければと自分に言い聞かせせた。

 暴れるのは後。

 今はどれだけの人がこの場にいて、どんな状況なのか。

 それを確認しなければ。


「さ、どうぞ」


 女に促されるまま、俺は牢の中へと足を踏み入れる。

 ミューズもそして一緒に捕らえられた二人の男も同じ牢屋にぶち込まれた。

 どうやらこちらは新しく来た人間が入れられる牢屋のようだな。

 となれば、向かいの牢屋はそれ以前からいる人たちというわけか。


 女は俺たちを牢に入れてニヤニヤと愉しそうに眺めていた。

 顔は美人なのに見ているだけで不快感が走る。

 さっさと目の前から消えてくれ。

 然る後に倒してやるから。


「今日は誰にしようかしら……」


「?」


 何の話をしているのかは分からない。

 だが、くだらないことを企んでいることだけは理解している。


 女は俺たちを見渡した後、うんうん頷き隣に立っていた男に顎で牢の中に入るように指示した。


「ほら、あなたも入りなさい」


「ち、ちょっと待ってくれ……俺は約束を果たしたはずだ! 俺を助けてくれるって!」


「お前……約束ってどういうことだ!?」


「あ、いや……なんでもない」


 牢の中にいた別の男性が、男に怒鳴る。

 男はバツが悪そうに顔を逸らす。

 すると女が愉しそうに、片頬を上げて口を開く。


「町の他の誰か。身代わりを用意できたら助けてあげるって約束したのよ」


「お前……本物のクズだな!」


「ク、クズで構わない! 死ぬよりかはマシだ! ほら、早く俺を助けてくれ! 約束のはずだ」


「そうね。約束だったわね」


 女の優しい笑顔に男は安堵のため息をつく。

 が、次の瞬間――


「でも、約束は破る方が楽しくない?」


「な……」


 女が腰から短剣を引き抜き、男の足を切りつける。

 傷口は浅い。

 男は切られた痛みより、精神的ショックの方が大きそうだった。


「約束を破るつもりか……?」


「だって約束を破ったら面白い顔してくれるんだもの、皆」


「……くそっ!」


 男は悔しさに歯を食いしばる。

 女はそんな男の顔を見て、腹を押さえて笑い出した。


「それそれ! そんな顔が見たかったの! あははははは」


「お前……っ?」


 ガクンと男の体が膝から崩れ落ちる。

 そしてまるで酒に酔って千鳥足になってしまったかのようにフラフラして、起き上がれず女を見上げる男。


「こ、これは……」


「うふふ。これはね、猛毒を塗りたくったナイフなの。無様に情けなく、そしてゆっくり死んでいく様を私に見せて頂戴」


「し、死……?」


 毒が身体全体に回っているのか、男は青い顔をして力を失っていく。

 絶望を感じているのか、はたまた希望にすがろうとしているのか。

 どちらか分からないが女に手を伸ばすが――その手からも力が抜け、パタンと地面に落ちる。


「…………」


「ねえ今どんな気分なのかしら? 町の人を裏切って、そして私から約束を破られて、どんな気持ちで死んでいくの? 教えてくれないかしら? でももう無理ね」


 女は死んでいく男を見下ろし、悦に浸ったような表情を浮かべていた。

 こいつ……本物の悪女だ。

 どこまでも卑劣で、人の死をなんとも思っていない。 

 いやその逆だ。

 人の死を愉しんでいる。おもちゃにしている。

 絶対に許すことはできない。


 俺は密かに『癒すナイフヒールナイフ』を【収納空間】から引き出し、男に向かって投げつける。

 女からは見えない角度で、それは彼の足に刺さった。


 ピクッと男の体が反応し、女はそれを終わりと勘違いしたのか、満足気な顔でどこかへ去って行く。


 男は助かったことに、その奇跡に感激しつつもバレないように息を潜めてその場をやり過ごしていた。


「フェイトさん……あんな人、許せませんね」


「ああ。ここにいる人たちを全員助けて、その上でこいつらを叩きのめす。逆に絶望する顔を拝んでやる」


 俺の言葉に頷くミューズ。

 さあ。状況を確認して行動に移すとするか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る