第39話 罠にかかる

 男と女に準備があるといい、俺は宿に戻りセリスに経緯を説明する。

 瞳に炎を宿し、俺を静かに見据える彼女。


「甘い誘いでアジトに誘い込むつもりか……そういうことなら私も行こう。一緒に中から潰すとしよう」


「いや、セリスは外で待機しておいてくれ。相手はこちらのことを知らないみたいだったし、セリスまで来たらこちらの戦力全てをさらけ出すようなものだ。だから潜入するのは俺たちだけ。セリスはいつでも飛び込めるように準備だけしておいてくれ」


「それなら私が潜入する! そして全ての敵を切り伏せてやるぞ」


「すでに俺が行くと約束を付けたし、それにそんなだから連れて行けないんだよ。向こうには三十人もの人質がいるようなものなんだぞ。もっと冷静になってくれよ」


「…………」


 何度も深い呼吸をし、心を落ち着かせようとするセリス。

 ミューズが心配そうにセリスのことを見ている。


「町の人たちの安全を確保できたら暴れてくれて構いませんから。それまでは辛抱していてください」


「その時が来れば俺たちが中から、セリスが外から一網打尽だ。敵は一人も逃さない。それでいいか?」


「……分かった」


 セリスは納得したのか、短く首肯しながらそう答えた。


「しかしあの時と同じように、少しずつ少しずつ敵はこの町を侵食しているように思える。卑劣で卑怯で姑息な連中だ……いくらお前が強くても、敵はお前を殺すためならどんな手でも使うような奴らだ。気を付けろ」


「ああ。その時はこちらも容赦なくやらせてもらうよ」


 俺は【空間収納】からセリスの鎧を取り出し、そして彼女に言う。


「俺は死なないしミューズを殺させない。そのうえお前にもしっかり仇を取らせる。大丈夫だ。全部上手くいくさ」


「ああ。信頼してるよ」


「私も、フェイトさんのこともセリスさんのことも信頼しています!」


 俺たち三人はお互いに視線を合わせ、笑みを浮かべて頷き合った。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 午後となり食事を済ませ、俺とミューズは森の入り口へとやって来ていた。

 見渡す限り木。

 どこまでも木。

 彼女らが来るまで俺は木を眺めて待っていた。

 本当に暇だから早く来て。

 そう思っていると、腕に自信がありそうな男性二人が姿を現す。


「やあ。君たちも臨時の仕事の?」


「ああ、多分そうかな……男と女の人から誘われた話だよね」


「ああ、そうだよ」


「では私たちと一緒ですね」


 ミューズは男たちに笑顔を向け、そして俺の耳元で囁く。


「では、この二人も助ける対象というわけですね」


「そういうことだな。守らなきゃいけない対象が増えるのも面倒だな」


「私、できますでしょうか? 戦いは素人ですし、自信はないんですよね……」


「ミューズは自分の魔力に自信を持っていいと思うけどな。と言うか、自信を持つべきだ」


「自信って……爆発することがですか?」


「そんなところに自信を持つのは止めましょう。狩りで狙いを外すことに自信を持つようなものですから」


 俺は一度溜息をついて言う。


「コントロールはともかく、魔力量は常人のそれを軽く超えてるから。使いこなすことができれば、並みぐらいの相手なら楽勝だよ」


「その使いこなすのが大変なんですよね……包丁、うまく使えたらいいんですけど」


 少しばかり包丁に魔力を宿すことに成功したミューズ。

 あれぐらいじゃ、まだ自信を持つには至らないか。


 彼女の包丁と服に【付与】は施してある。

 包丁には【魔力強化】を、服には【防護】を。

 強襲を受けても、ある程度ならしのげるだろうし、彼女の威力に関しては言うまでもない。

 後は暴走しないことだけを祈るとしよう。

 それが一番問題なんだけどね。


「お待たせ。それじゃあ行きましょうか」


 女性と男が荷物を馬に引かせて現れる。

 そしてそのまま大した話もなく、森の中へと向かい始めた。


「……意外と緊張感はありませんね」


「まだ町を出たばかりだしな。敵が潜んでいる場所は、もう少し奧だろ」


「ははは。お二人さん、あまり緊張しなくてもいいんだぜ。何かあったら俺たちが守ってやるからよ」


「アンボルタンファミリーかなんだか知らないが、俺たちがいれば問題はないさ。これでも、Bランクパーティのメンバーなんだからな」


「へー。Bランクね……」


 不安!

 Bランク程度じゃ不安だよ。

 やっぱり俺がこの二人も守ってやらないといけないんだろうな……


 そんなことを考えながら森の中を進んで行くと――

 とうとう伏兵が姿を現す。

 分かってはいたけど、罠に決まってるよな。


「敵だ……気を付けろよ」


「分かってる。お前こそな……」


 数は……およそ五十といったところか。

 これはちょっとBランクの二人じゃキツいだろうな。


 ふと二人の顔の方に視線を向けると……まぁ真っ青な表情をしている。

 冷静なフリをしているが、しかし余裕がないことは一目瞭然。

 ま、無理だよな、この数は。


「さ、このまま私について来て頂戴」


 女は冷酷な声で、当たり前のように俺たちにそう告げる。

 俺は焦ったフリをして話を続けた。


「ど、どういうことだ……まさか、アンボルタンファミリーなのか……君も?」


「そのまさかよ。さあついてらっしゃい、まぬけさん」


 まぬけはどっちだよ。

 と口を滑らせそうになるがグッと我慢。

 それではこのまま君たちの本拠地へと案内してもらいましょう。

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