第26話 ミノタウロス

 ミノタウロスに高速で接近し、セリスが左側のミノタウロスと武器を交える。

 鈍い音が響き、そしてセリスの力にミノタウロスは押されていた。

 一歩、二歩、徐々に後退するミノタウロス。

 その光景にヴァロンとミューズ、そして二人の子供は驚愕するばかり。


「な……【神器】持ちというのはミノタウロスさえも超える力を持っているというのか……」


「【神器】というか、セリス自身の力だと思うけど」


 まぁ凄まじい腕力なことで。

 力に関しては【付与】で強化した俺でも敵わないと見える。

 だけどいいのだ。

 俺は力だけじゃないから。


「ほら、こっちだこっち」


 俺と対峙するミノタウロス。

 奴の足元を『伸縮剣』で弾く。

 切り傷を付けられたミノタウロスは怒り狂い、俺に向かって走り出す。

 

 そこにカウンター。

 【伸縮剣】を頭部に叩き込むと、ミノタウロスの左角が宙を舞う。


「バァオオオオオオオ!!」


 怒り狂うミノタウロス。

 攻撃を食らってなお、全身することを止めはしない。

 少々面倒だな。


 俺はミノタウロスの突進を飛んで避ける。

 そして背を叩き、後方の壁にぶつけてやろうと算段していた。

 が、


「きゃあああ!」


「あ」


 後ろにはミューズたちがいた。

 失敗したな。

 俺は空中で『伸縮剣』を振るい、相手の足を絡め取る。

 

 倒れるミノタウロス。

 ミューズたちにぶつかる前に、奴は地面で顔を打つ。


「あ、あっちの男もあんなに強いのか……」


「俺たちが強いんじゃなくて、こいつらが弱いのかもよ」


「そんなことあるはずがないだろ!」


「だったらあんたの正解かな。俺たちが強いってことだ。良かったな」


 良いわけがない!

 ヴァロンはそんな顔をしていた。

 挑発的な表情をしていたのに、今は余裕が一切無くなっている。

 なんとしてでもミノタウロスたちに勝ってもらわなければ……そんな風に考えているのだと思う。

 でも残念ながら、この程度だったら負ける要素は無い。

 俺だってセリスだって、こんなもんじゃないんだからな。


 ミノタウロスをさっさと倒そう。

 でもその前に――


「おい、少年たち」


「え?」


 【空間収納】を開き、中からナイフを取り出す。

 空中で『伸縮剣』を手放し、そのナイフを【複製】する。

 地面に着地と同時に、ナイフを子供目がけて投げる俺。

 さらにもう一本【複製】し、もう一人の子供の額にも命中させる。


「なっ!?」


「ぎゃああああああ……って、あれ?」


 ナイフが刺さったことに驚愕し、叫ぶ子供たち。

 だが痛みはないらしく、今度は唖然とそのナイフを見つめている。


 今投げたナイフは、『投げナイフ』と『回復ポーション』を掛け合わせた物だ。

 距離のある味方の怪我を癒すために創り出したアイテム。

 名称は『癒すナイフヒールナイフ』。

 『伸縮剣』と同じく【巧】を【付与】しており、絶対必中の回復アイテムとなっている。

 

 子供たちの先ほどやれらた傷が『癒すナイフヒールナイフ』によって癒されていく。


「それなら逃げられるだろ。ここは危険だから早く逃げろ」


「う、うん……」


 全力疾走で逃げて行く子供たち。

 しかしミューズはその場から動こうとはしない。


「何やってんだよ。ミューズも逃げろ」


「い、いえ……私はお二人の戦いを見届けます! だってこれから一緒に行動するんですから。一人だけ逃げ隠れするなんて嫌です」


「逃げるのも隠れるのも恥じゃないだろ。危なかったら逃げても隠れてもいいの!」


「そ、そうですか? じ、じゃあお言葉に甘えて隠れさせてもらいます……」


 コソコソと物陰に隠れるミューズ。

 怖いし戦えないけど、でも逃げる気は全然無いらしい。

 逃げてくれてる方が戦いやすくていいんだけどな……


 ミノタウロスに足に絡まっていた『伸縮剣』が存在を失う。

 奴は起き上がり、持てるだけの殺気を放ち、俺を睨む。


「まだやる気なんだな。そろそろ決着付けてやるから来いよ」


「ウゴォオオオオオオ!」


 斧を振り上げ、接近して来るミノタウロス。

 俺は斧を注視し、その攻撃が振り下ろされるのを待つ。


 今だ。


 繰り出されるミノタウロスの一撃。

 俺はそれをギリギリのところで回避し――体を回転させながら相手のこめかみに肘を入れる。


「ンゴォアアアアア!」


 数歩よろめいたところに、全力で相手の腹に蹴りを放つ。

 ミノタウロスは俺の蹴りの威力に吹き飛び、壁の中へと消えて行ってしまった。

 そのまま帰って来なくてもいいからね。


「え……もう勝っちゃったんですか?」


「ああ。そんな強くない相手だったしな」


「で、でも相手はBランクのモンスターですよね!? そんなの相手に……」


「あんなぐらい相手じゃ、自慢にもならないよ。ほら、セリスの方も終わりそうだぞ」


 俺がセリスの方を指さすと、ミューズがそちらの方に視線を向ける。


 セリスと戦っていたミノタウロスは、彼女の凄まじい腕力に吹き飛ばされるばかり。

 何度目かの吹き飛ばしに、奴はすでに満身創痍。

 セリスは息一つ切らすことなく、静かに剣を頭上に掲げる。


「終わりだ、散れ! 【炎天光刃】!」


 剣に光の炎を纏わせ、セリスはそれをミノタウロスの頭に叩き込む。

 ミノタウロスの体は中心辺りで真っ二つに割れ、そして炎上していく。


「あの巨体を一撃で……?」


 その強さにミューズは呆然とするばかり。

 そんな彼女の反応を気にすることなくセリスは、整然とした姿で直立していた。

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