第15話 朝のセリス

「おーい、セリス。起きてるか?」


 彼女の部屋をノックし声をかけるが……全く返事が無い。

 いないのか、はたまた俺を無視しているのか。

 後者なら絶対泣くからな。

 

 しかしどれだけ声をかけてもうんともすんとも言わない。

 もしかして……寝ている間に死んでしまったとか!?

 昨日まで元気だったのに……って話はよく耳にする。


 突然襲いかかる不幸。

 逃げられない死の運命。

 挨拶もしないままのさようなら。


 俺は顔を真っ青にして扉をこじ開けた。


「セリス!」

 

 彼女はベッドに横たわっていた。

 だが反応は無いまま。

 本当に死んでるのか……


 俺は恐る恐る彼女に近づいて行く。

 ゴクリと息を呑み、そしてセリスの顔を見下ろす。


「…………」


 可愛い。

 寝息をスース―立てて眠っている。

 ただ寝ているだけか。

 俺は安堵のため息をつきつつも、セリスの寝顔を見て呆れていた。


「なんでこんなに起きないんだ……もう結構寝ただろ」


 俺がこれだけ接近しても微動だにしない。

 それだけ俺のことを信頼してくれているということか。

 なんて勝手に良い風に解釈しておく。

 分かってますよ。

 そんなに信頼関係を築けるほどの付き合いはまだないぐらいは。

 ってことは、ただ朝弱いだけだろうな。


「おーいセリス。買い物に行こうぜ。お腹も減っただろ」


「うーん……」


 彼女はベッドの中で銀色の髪を揺らすだけで、起きる気配はない。

 俺は嘆息し、ベッドのわきに置いてある彼女の漆黒の鎧の方に視線を向ける。


 しかし、黒騎士の正体がこんな美女だと知ったら誰もがビックリするだろうな。

 傷があったため顔は隠していたけれど、でも今はその古傷は全く無し。

 まるで赤ちゃんのようなモチモチの肌。

 俺はセリスを起こすために彼女の頬をツンツンする。


 柔らか。

 あ、触りたくて触ったんじゃないんだからな。

 起こすために致し方なく触れたんだからな。

 うん。


「セリスー。起きろー」


「……後四時間寝かせてくれ……」


「寝すぎ! 寝すぎだから! 五分ぐらいまでは許容範囲だけど、流石にそこまで待ってられない!」


 俺が隣で叫ぼうがセリスは起きようともしない。

 こいつ、俺が悪党だったらここで酷い目に遭わされてるところだぞ。

 俺は紳士だからそんなことしないけど。

 でも指先で頬をプニプニだけする。


「おいセリス! モンスターだ! 昨日のドラゴンが仕返しに来た! 一つ目の化け物も怒って乗り込んで来たぞ!」


「そこにある【神器】でお前が倒しておいてくれ……」


「俺じゃ扱えないよ!? え? 緊急事態でも起きないの? 今のは冗談だけど、本当にモンスターがいたらどうするんだよ!」


「……寝てる」


「寝てるのかよ! 起きて戦えよ! せめて死なないように抵抗しろ!」


 ダメだ。

 まるで彼女から目覚めという概念が失われてしまったような……それぐらい起きる気が感じれらない。

 

 もう俺一人で買い物に行ってもいいかな……

 なんて思案するも、俺一人だったら店に到着できないし、帰って来れない可能性がある。

 いや、可能性というか確定事項?

 そんなことになっては大変だ。

 パーティを組んだ翌日に、迷子で解散なんて目も当てられない。

 何が何でも起こさなければ。


 セリスはモンスターの強襲があろうが世界が滅ぼうが目覚めることはなさそうだ。

 となれば、彼女の弱点でもついてやらなければ起こすことは不可能だろう。

 普段平然としている人でも、苦手な物を見たら飛び上がったりするものだ。


 そしてセリスの弱点と言えば……

 知っている範囲では、顔を見られるのをとてつもなく嫌がる。

 だが今彼女は俺にその寝顔を見られている。

 うん、可愛い。

 ならば、そのことを口にしてやればどうなるものか?


「セリス。今日も可愛いな」


「うーん……うん?」


 ようやく彼女に人間らしい反応が見られた。

 俺の言葉にピクリとし、意識が覚醒し始めている。


「セリスの可愛い寝顔なら、四時間ぐらい眺めていても飽きないから待っててやるぞ」


「…………」


 セリスの顔が赤みを帯びていく。

 そしてリンゴのように真っ赤に染まり、口元を引きつらせながら俺を見上げる。


「フェ、フェ、フェイト……? いつからそこに……?」


「うーん。どれぐらいだろうな……セリスが全然起きないから十分以上?」


「じ、十分……って、私を見るなー! 見るな見るな見るなぁあああああ!!」


 セリスは毛布で体を覆いながら、ベッドから飛び上がる。

 なんて器用な真似を。

 部屋の端っこに移動したセリスは、毛布の隙間から赤い顔を覗かせている。


「ななな、なんで私の顔を見ている!?」


「え? セリスを起こしに来たら目の前に顔があった。それだけのことだよ」


「それだけのこと!? お前、町中で人が歩いてたら顔を見るか? 見ないだろ!?」


「いや、見ることも大いにあるだろ。お前ぐらい可愛かったら見ると思うぞ」


「可愛い!? 私がぁ? やめろ……冗談でもそんなことを言うのはやめろ!」


 セリスは突然【神器】を手に取り、その力を解放しようとする。


「何やってんだよ! なんで【神器】発動してるんだよ?」


「こ、これは夢なんだ……夢だからフェイトは私のことをか、か、可愛いなんて言っているんだ……夢ならば、世界ごと切り裂くのみ!」


「切り裂くな! 夢ならそれをエンジョイしとけ! 可愛いって言われる夢なら悪く無いだろ!」


「悪くない! しかし恥ずかしいから嫌だ! 嫌なんだ!」


 彼女は癇癪を起した子供のように大暴れする。

 ちなみにセリスをなだめるのに一時間ほど時間を有した。

 ドッと疲れた俺は、二度寝しなかった自分に後悔する。

 こんなことならもっと寝ておくか、四時間ほど寝顔を眺めておいた方がよかった……

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