第16話 セリスと買い物

 冒険者が着るような色気もクソもない服。

 セリスはそれを身に纏い、そして堂々とした態度で俺の前に立つ。


「あのさ……鎧無しはいいけど、本当にその恰好で行くのか?」


「当然だ。お前の望み通り軽装で行くんだ。文句はないだろ?」


 文句ない。

 スラッと伸びた足のラインが分るズボン。

 胸の凹凸は少ないようだが、健康的な美しさを隠し切れない上半身。

 手も長く、スタイルだけで男の視線を一人占めできそうな予感。


「…………」


 だがしかし、頭から黒い兜をズボッとかぶっている。

 美しいボディの持ち主が物々しい兜をかぶっているなんて……奇妙過ぎるでしょ、あんた。


「別にいいけどさ……目立つぞ」


「目立つぐらいなんだ。これでも私は黒騎士として有名なんだからな。目立つのには慣れてるよ」


「いや、次から変な異名付けられそうだけど? 頭だけ黒騎士とか、黒騎士変質者とか」


 セリスは肩を竦めるばかりで気にする素振りを見せない。

 いいのか、それで。


「顔を見られるよりかはマシだろ?」


「顔を見られる方が精神的ダメージはないと思うけど」


 まぁ、セリスがいいならもう無いも言うまい。

 どう思われてもいいというなら好きにしてくれ。

 俺に害が無ければそれでいい。


「じゃあ行くか。迷子にならないように、私の隣を離れるなよ」


「離れたらそこでお別れだと思っててくれ。俺から目を放さないように」


「なんでちょっと偉そうなんだ?」


「いや、ただ不安なだけだよ。お願いだからずっと一緒にいてね」


 町中でセリスと離れるわけにはいかない。

 ドラゴンと戦った時より緊張感が走る。

 手を握っててほしいぐらいだが、さすがにそこまでは頼めない。

 とにかく、はぐれないように気をつけよう。


 宿を出て、商店のある方へと足を運ぶ。

 そこでは大勢の人で賑わっており、数多くの店が立ち並んでいた。

 どの店を見ればいいのかも分からないぐらい店舗が多く、そして商品も多く取り揃えられている。


 こんな時は直感で入るかな。

 どうせ迷っていても時間ばかり過ぎていくのだから。

 俺はそんなことを考えていたのだが……周囲からヒソヒソ話が聞こえてくる。


「おい見ろよあおの女……」


「なんで兜をかぶっているんだ?」


 やはりセリスは目立つようで、並ぶ商品よりも人の視線を独占していた。

 これが商品なら良かったのにね。


 だから俺は言ったのに。 

 言うこと聞かずに恥をかくのはお前なんだぞ。


「妙な格好だな……隣の男の趣味か?」


「へ?」


「とんでもない男に捕まったようだな」


「女に兜だけかぶらせるなんて、変態過ぎない?」


 俺に飛び火がかかる。

 あまりの熱さに頭がクラクラするが、俺はグッとこらえる。


「いや違うから! 彼女がすきでやってるだけですから! 俺の趣味でもなんでもないからね!」


 俺にも害があった。あり過ぎた。

 周囲にいる人たちは苦笑いするばかり。

 いや、本当に俺の趣味じゃないから!


「人の目など気にするな。ほら、行くぞ」


「気にしろ! お前は今の百倍は気にしろ! なんでセリスのことで俺が恥をかかないといけないんだよ!」


「それは……仲間だからだろ」


「いや、そうだけど! そうだけどさ……」


 セリスは顔さえ見られなければ全く動じないらしく、いつものクールな姿のまま。

 いや、ただの変質者にしか見えないんだけれど。


 俺は深いため息をつき、セリスから少し距離を取る。 

 ここは他人のフリをしておこう。

 一緒にいたら、また俺が変態扱いされてしまう。


 セリスの後ろを歩き、周囲の人と同じ顔をしてセリスの後ろ姿を見る。

 これで俺たちは他人同士。

 どこからどう見ても仲間だとは思われないだろう。


 いや、そんなことに気を取られているばかりじゃいけない。

 本来の目的を忘れるな。

 俺は買い物に来たんだ。

 必要な武器や道具を探さなければ。


「あ」


「どうした、フェイト」


「ちょっと待っててくれ」


 とある物を見つけた俺は、その商品を急いで買い、そしてセリスに手渡す。


「ほら。これがあれば兜をかぶらなくてもいいだろ」


「ああ……ありがとう」


 それは銀色の仮面。

 顔だけを覆う、綺麗な仮面であった。

 これを付けてても変に思われるかもだけど……でも、兜姿よりはマシだろう。

 マシというか、天と地ほどの差がある。

 

 物陰に隠れ、仮面を装着するセリス。

 周囲からの視線も減り、安心した俺は彼女の隣を歩くことに。


「なるほど。これなら目立たないようだな。気にはしてなかったが、視線が減るだけで幾分か落ち着くような感じもするよ。ありがとうな」


「どういたしまして。俺もこれで巻き込まないで済むから安心だよ」


 俺たちは笑い合い、そして必用な道具を買いそろえて行く。

 以前はメリッサと買い物によく出かけていたけれど、当時の想い出が蘇る。

 ま、当時と言っても数日前のことなんだけどね。


 メリッサ、どうしてるかな。

 俺がいなくなっても、ゲイツたちと同じパーティで頑張っているんだろうか。

 とそこで俺は、とある大事なことを思い出す。


「あ、そういや……パーティ名はどうする? セリスのパーティ名でもいいんだけどさ」


「いや。名前は一新しよう。過去の私はもういない。今はお前がいてくれるんだ。二人で新しく名前を付けたい」


「そっか……じゃあ、帰って相談するとするか」


「ああ。そうしよう」


 仮面姿のセリスは笑ったような雰囲気があった。

 後はその仮面も外せたら言うことないんだけどな。

 でも仮面を外せば外せばで、美人過ぎて目立つような気もする。

 どちらにしても目立つ女なのだ、セリスは。

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