第29話 月光のへベルナ


「弱い人困ってる人は助ける、それが男ってもんだぞ、晃」


 親父の藤原竜介ふじわら りゅうすけは時にこういう事を堂々と言う人だった。こいつはカッコつけるが、出張が多い人で俺の近くにいる事はほとんどない。


「大丈夫よ、知ってる?からかわれた友達を庇ったらしいのよ?」

 母の藤原咲ふじわらさきも共働きで家にいる機会はあまりない。


「......そんで、このケーキは?」

「お前な......今日は誕生日だろ?」

「お父さん、今年は一緒に居られたわね?」


 10歳の時だ、親父は毎年という訳ではなかったが時に誕生日で一緒に食事をする機会を設けていた。


「......そうかよ」

「嘘だろ反抗期か?」

「まだ早いわよ」

「っつか誕生日なんだろ、ゲーム、ゲームだッ」

 俺はなんだか恥ずかしくなった。


「お前雰囲気というモノをだな......」

「まったく晃は......」



 それは思い出

 今では日に日に薄れる大切な思い出、もう更新される事のない日常。


『親父の運転する車がトラックに突っ込んだ、身体は潰された』


 思い出を再生する度に挟まれるこの雑音が、その現実が、今でも何処か現実味がない。


 誰かの所為に出来たらどれほど良かったか、トラックの運転手は死なかったのが幸いだった、それでも家の居心地が悪くなって伯父さんと一緒に引っ越した、その後、生活には馴染む事ができた、伯父さんやその奥さん、従弟おとうと達とも良好な関係を築けた、友達も出来た......


 それでも、伯父さんに悪いとは思っても、親父や母さんが生きていたら、そう考えない日はなかった。



 ―――

 ――

 ―



 どうしてこんな夢を見たんだろう。


「......嫌な夢だ」


 夜も更けてきた頃、俺は少し寝付けずにいた。


「ぐぅぐぅ」

「......パレハの野郎、すぐ寝付きやがって」


 嫌だ嫌だ言ってたのが嘘みたいだ。


「少し外の空気を浴びようかな」


 俺は一人外に出る。


 親父と母さんか正直当時死んでも間もない頃は確かに気に病んでいた、とはいえ死んでから時間も経ったし今はそこまで思い悩んではいない、全く勝手に死んで迷惑な事だよ。


「んー、やっぱり静かだな」


 虫の鳴き声だけが聞こえる静かな空間。


 ......あれは。


 へベルナが儚げに空を見上げている。


「――」


 瞳は月明かりに照らされてか怪しく赤く輝く。

 見入っているとへベルナが俺に気が付いてこっちを見てくる。


「......何か用ですか?」

「あーちょっと眠れなくてさ」

「......」


 へベルナは再び空へと視線を向ける。

 俺もつられて見上げる。


「実は私もなんです」


 へベルナは微笑むと近くの切株の砂埃を払うと座る。


「......アキラは私をどのように思っていますか?」

「え?」


 どのようにって......。


「えっと命の恩人で、頼りになる人で......そうだなぁやっぱり俺にとってへベルナは松明?」

「松......明?」

「ほら暗い場所で光が見えたらさ安心するだろ?そういう感じ」

「――」


 我ながらイケてる言葉選び......いや、気取りすぎた!


「あー今のなしッ!言ってて恥ずかしいわ」

「――いいえ、ありがとう」

「......?」


 へベルナは目を瞑るとても穏やかな顔つき。


「......アキラ」

「なにさ、どうした」

「......悪いのですが、本当に何でもないのです本当に......でも、この気持ちの余韻をもう少しだけ味わさせて?」

「え、い、良いけど......」


 リズムよく身体を揺らすその様はまるで心地よい曲を聞いているようだ。


「~♪」


 へベルナは鼻歌を口ずさむ。

 何を思ったのか聞きたかったが、悪い気がした、今まで見た事のない穏やかな表情を壊すのは嫌だったからだ、彼女の幸福の時間に口を挟みたくはなかった。


 どれほど経ったかへベルナは瞼を開く、するといつもの表情に戻っていた。


「すみませんね、つい......」

「良いって、そういう時は誰でもあるだろ多分」

「だと良いのですが」


 へベルナは何かを考えこむ。


「お礼をしないと」

「え、お礼って何もしてないぞ?」

「いいえそれでは私が納得できません、あ、でも今は何も......あ、そうだ」


 へベルナはポケットから綺麗な水色の石を出す。


「これは......」

「私が作った魔石です、厳密に言えば魔石以上で魔水晶以下の石」

「良いのか、これはへベルナが......」

「構いません、どうせ使いませんし」

「いやでもな......俺は使えないだろ?」


 確か魔石は許容量を超えて接種すると死ぬという危険な物だったはず、これはへベルナが自作した物で俺なんかが扱える代物ではないだろう。


「適当に売ってください、それなりの額になるでしょう」

「......わかった貰っておくよ、ありがとう」

「どういたしまして」


 これ以上拒否しても悪いし、へベルナが退かないだろう。

 ありがたく貰っておくことにした。


 それからへベルナは気を良くしているのか

「......『星王祭』にどうして私が出たくないのかは話しましたか?」

「知らないな」

 自らの話をせっかくだからと話始めた。


「マギアフィリア家というのは500年前のトテミスを祖とする家系で危険な魔法を多く記録してきた歴史があります......例えば『黒薔薇』」

「――わッ」


 杖から『黒薔薇』を出すと俺の前をグルグルと荊が回っていく、黒い瘴気が月光ではっきりと見える。


「これも我が家がトテミスから引き継いできた魔法の一つ、基礎魔法ではなく応用魔法でもない、固有魔法」


 黒い荊は俺の周りにグルグルと回りながらうねうねと動く、へベルナはすぐに解除した。


「ザイルドとかも固有魔法が使える?」

「ふふアキラ難しく考えすぎですよ、固有魔法は本人に合った形に変化した魔法です、出来ているのが自然......アキラだって使えるでしょう?『魔光破』はそれのはず」


 しかし、と続ける。


「その固有魔法が有名になり個人と括り付けられると色々と不便となってしまいます、姿を隠していてもこの魔法はもしかして......と」


 溜息をつく。


「固有魔法が有名になりすぎた例が私です、多分顔を隠していても『黒薔薇』を使うとまぁバレますね」

「バレてるなら『星王祭』に出ても良くないか?」

「『黒薔薇』は固有魔法の一つに過ぎません」


 へベルナは俺を見ながら話し続ける。


「『星王祭』に出て固有魔法を使わないという手もありましょう、実際に前はそれで出ましたし」

「なら」

「負けるというのが腹立たしい、私って結構負けず嫌いなんですよ」


 自らの固有魔法を隠しながらの戦闘、例え自ら課した縛りであっても、本気を出していなくとも誰かと戦い負ける、それがへベルナには耐えがたい。


「『星王祭』には手加減して勝てる相手ばかりではありません」

「へベルナでも勝てないのか」

「そう本来なら勝てる勝負に勝てない、それは私にとっては耐えがたいもの」


 だから『星王祭』に出たくないか......ただそれでもわからないな、どうしてそこまで頑なに固有魔法を隠したがるのか。


「......つまり先祖代々継承してきた自分の武器を大衆にさらけ出したくないのですよ......アキラにだってそういうのありますよね?」


 へベルナの目が鋭くなった気がした。


「はは、ないって」

「どうでしょう?ザイルドは獣人、そんな彼に不意打できる魔物にアキラが勝てるとは思えません」


 断言した、俺の実力では黒ゴブリンには勝てない。

 それがへベルナの俺に対する率直な評価だった。


「私の知っているアキラだったら......の話ですが」

「......」

「......どうですかね?」


 沈黙した、へベルナは俺を疑っている?いやそれが自然なのかもしれない。


「......俺にもそういうのがあったらどう思う?」

「どう思うとは?」

「不信感とかそういうのを覚えるのかって」

「ふふ、言ったでしょう?私だって隠しているのですからね?」


 良かった、へベルナは単純に俺が切り札を隠していると思ってくれたみたいだ。


「まぁアキラもそういう事を考えていたんだなと少し感心しましたよ」

「あのなぁ俺だってそれくらい」

「はいはい」


 それから少し話しているとへベルナは欠伸をし始めた、俺も少し眠気が出て来た。

 そろそろ切り上げようとしてへベルナは伸びをしてそのまま部屋に戻る。


 へベルナが自室に戻ろうとした時、俺はある事が気になって質問した。


「......『黒薔薇』以外に固有魔法を使った事は?」


 へベルナは使った事はもちろんあると言った。


 そして不敵な笑みを浮かべて――


「では私の固有魔法が『黒薔薇』しか知られていない理由......それは言うまでもないでしょう?」

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