5人目:何も知らない双子

そこは常に暖かく、人型の生物が暮らすのに適した世界。

そこは常に忙しい、帝都アルキテラコッタの役所の一角。

ウサ耳を持つ男、ラビオレットは報告書の束を見て首を傾げた。


「これ、そんなに厄介っすかね?」


そう言って報告書を渡してきた主の方に目を向ける。

碧い瞳を持ったエルフの女…エリスは少々深刻そうな顔をしてコクリと頷いた。

彼女は咥えていた煙草を灰皿に載せて、ふーっと煙を吐き出すと、ゆっくりと口を開く。


「ええ。それはもう」


エリスはそう言いながら、数枚ある報告書…ラビオレットが見ていないページをつんと突く。

ラビオレットはエリスが突いたページまで報告書の束を捲って、そこに書かれている内容を読み始めた。


「ああー…やって来たのが子供ってのがダメなんすかね?」


どうも彼には深刻さが伝わらない。

報告書のそのページには、今回対応する相手の諸元が簡単に書き連ねられていた。

エリスは意図を察してくれないラビオレットの様子を見て少しじれったさを感じる。


「もう…それも、面倒ではあるけれど、その子供の事をよく見て!」


エリスは呆れ口調で言った。

ラビオレットは言われた通りに、サラ読みしかしていなかった報告書をじっくり読み込む。

すると、彼の表情は見る見るうちにゲンナリとした顔に変わっていった。


「分かった?」

「十二分に。で、先輩がこれを俺に渡してきたって事は…」


ラビオレットは薄っすらと背筋に冷や汗が流れてそうな顔で尋ねる。

エリスはそんな表情を見返すと、灰皿に置いていた煙草の灰を落としながら頷いた。


「ご名答。付いてきてもらうわ。準備して」

「えぇ……ミーシャとかの方が適任ですよこれ」

「あら、貴方の得意分野じゃないかしら?」

「何がです?」

「子供の扱い」

「……」


エリスの返答に言葉を失うラビオレット。

エリスはそれを見ると、煙草を再び手に取って、咥える前に一言ラビオレットに告げた。


「準備したら、外の大木前に居て頂戴。ちょっと別の課に簡単な用事があるから、それを済ませて出るから」


 ・

 ・


齢30程度…ミーシャとは同期のラビオレットは、簡単に自分のデスクまわりを片付けると、上着を羽織って執務室を後にした。

エリスに言われた通りに、役場を出てすぐの所に生えている大木の前…大木を囲む柵に寄り掛かる。


「なんだって子守りなのかね」


ラビオレットは誰も聞こえないような小声でそう呟くと、ふーっと溜息をついて空を見上げた。

確かに、彼は子供に異様に好かれる体質だ。

そして、エリスはその正反対であるという事も、良く知っている。


「そりゃ、黙ってる子供なら幾らでも相手になるけどもさ」


だが、今回の仕事の内容的にラビオレットではなく、同期のミーシャを推薦したのはちゃんと理由があった。

決して面倒くさいからだとか、そう言うわけではない…断じて。


「お待たせ」


待って数分。

エリスが役場の玄関から出てきて合流する。

ラビオレットとエリスは、並んで今日の現場に赴くために歩き始めた。


「ところで」


道中、無言でいるような仲じゃない。

ラビオレットは歩き出してすぐに、思い浮かんでいた疑問を投げかけることにする。


「ん?」

「どうして俺なんすか?」

「ああ、それね」


ラビオレットの疑問を受けたエリスは、特に慌てる様子も無い。

エリスはポケットから取り出した煙草の箱を手に持ったまま、少しだけ考える間を置いたのちに口を開いた。


「確かに、ラビの言う通りミーシャの方が適任でしょうね」

「はい。俺は荒事に向いてませんから」

「それでいいのよ。ラビが考えている様な仕事じゃないわ」

「というと?」

「今回の対象…双子は純粋な子供だからよ」


エリスはアッサリとした口調で言うと、手にしていた煙草の箱から一本取り出して咥え、それに簡単な魔法で火を付けた。


「え?」


ラビオレットは不意を突かれたような、ちょっと驚いた顔を浮かべる。

エリスは煙草を味わって、それからふーっと煙を吐き出した後に口を開く。


「姿かたちを変えて無い。純粋な子供よ。地球人の双子」

「なんだ。なら、報告書の書き方が悪すぎっすよ~、あれじゃ裏がありそうにしか…」

「裏ならあるわよ。ラビ、3日前の通達読んでないわね?」

「え?…ああ~…ありましたねそんなん」


ラビオレットは少々気まずい表情を浮かべながら頭をかく。

エリスはそんな彼を見て何度目かも分からない、呆れ顔を浮かべて見せた。


「内容は覚えてる?」

「すいません、少しも覚えてないっす」

「……全く。純粋な子供の扱いが変わったのよ」

「へぇ」

「子供の場合は"本人の意思"に関係なく数か月間、この世界で監視される事となってるの」


エリスがそう言うと、ラビオレットの表情はほんの少しだけ引きつった。


「つまりは…」

「書類仕事が増えるの」

「はぁ~……そういうことっすか」


ここまで来て、ようやくラビオレットとエリスの"厄介"の定義が噛み合う。


「つまり、俺の仕事が増える…と」

「そう。業務外のね」

「…普通に返したらダメなんすか?」

「そうしたら減給処分よ」

「えぇ~」


エリスの淡々とした口調に、ラビオレットは心底怠そうな反応を見せた。

そんなラビオレットの様子を見たエリスは、この間の会議で垣間見た現実を伝えようと口を開く。


「色々と裏があるのよ。子供を"返した後"に魔法に目覚めるってパターンが出ているそうよ」

「どうしてそれが分かったんです?」

「最近帰した"転移者"の尋問調書から。最初は戯言だと思っていたし、身分も不安定な連中の言葉は信用しなかったんだけど、同じような報告が続いていてね…それで、深く調べてみようってなったら直ぐに分かったのよ」


彼女はそう言って、煙草を持っていない方の手を顔の前にかざして、簡単な動作の後で、指の先から火を放つ。


「どうやら、帰還省の魔法使い達の魔力が"移った"みたい。出てきた魔法の"癖"は私達32部署と一致したからね」


エリスはそう言って、手から炎を出したまま、顔をクイっとラビオレットの方に向けた。


「だから、子供の処置に手が入ったって訳。強制送還じゃなくて、1月ほど留めて、素質が出れば選択を…出なければ強制送還をってね」


エリスの言葉を受けたラビオレットは、何も言わずにコクリと頷く。

彼はふーっと溜息を付くと、右手を顔の前に持ち上げて人差し指を炎に向けた。


「そういうことっすか……」


そう言って、クイっと向けた人差し指を跳ね上げさせる。

すると、エリスの手から出ていた炎は最初から無かったかのように消えた。


「人手不足ですもんねぇ…最近の帝都。色々とキナ臭い噂も聞きますし」

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