6人目:異世界の愚連隊

そこは常に暖かく、人型の生物が暮らすのに適した世界。

そこは常に忙しい、帝都アルキテラコッタの役所の一角。

ネズミ耳を持つ女、チェクは執務室で首を傾げていた。


「絶対、人選違ってるでしょこれ」


齢50程の、中堅の域に達してきた職員であるチェクの手に握られていたのは、今朝届いた報告書。

そこには何時ものように、やって来た異世界人の情報と共に、対処に向かう人員の名前が記載されていた。

彼女はそれを見ながら、咥えていた葉巻をくゆらす。

葉巻から立ち込める煙の奥…苦い表情が、チェクの感情を如実に現していた。


「えぇ~」


執務室の別の方で声が上がる。

それは、チェクとは正反対の側に位置するデスクの方から上がった声。

今日、この後、チェクと共に行動しなければならない女の声だった。


「課長!人選間違ってますよこれ~」


その声は、直ぐに課長へと向けられる。

チェクもそうしたかったのだが、報告書の他の部分に目を取られている間に先を越された格好だ。

彼女は、直ぐにでも課長の方へ向かって自分の主張を通したくなる感情をグッと堪えつつ、耳をそちらの方に向ける。


「ああ、最初は別の人選で送られてきたのですが、私が変えたのですよ」


落ち着いた紳士の声がチェクの耳に入って来た。

彼女はその言葉を聞いて、一層飛び出したくなったが、それを喉元で抑える。


「ええ!どうしてですか!?」

「ミーシャさん。落ち着いてください」

「え…あ…はい」


食って掛かる様子のミーシャを、課長は渋みの含まれた声色で押しとどめた。

落ち着いていながらも、何処か無機質な声。

聞き耳を立てているチェクの気持ちも、何故か自然と鎮まっていく。


「ミーシャさんの持つ錬金術は素晴らしい。ですが、今回の仕事はちょっと別の視点も必要だと思ったのですよ」


課長の声が執務室内に響き渡った。

大きくないのに、何故か隅々まで響く耳障りの良い声。

チェクはその声を聞きながら、言われた内容と報告書の内容を照らし合わせて考えを巡らせる。


「貴女の錬金術は、攻撃という面において優れています。その反面、防護という側面を軽視しているのは、常日頃から宣言している通りでしょう」


課長は、ゆっくり…簡潔に理由を述べていく。

ミーシャはそれを黙って聞いている様だった。

チェクも同様…一瞬、静まり返った執務室の中に、再び課長の声が響く。


「今回の仕事。2人で臨めば被害は無いと確信します。少し華やかになるかと思いますが…任せましたよ」


 ・

 ・


猫耳の女とネズミ耳の女が役所を出て、駅の方へと歩いていく。

2人の間に会話は無く、少しだけピリ付いたムードが漂っていた。


土を固めた道を歩き、人混みを避けながら、2人は少々早歩きで駅に向かう。

アルキテラコッタ駅に辿り着くと、切符を買って入場して、やって来た汽車に乗り込んだ。


2人は一応同じボックス席に座ったが、顔を合わせようともしない。

発車時刻は、それなりに先。

窓の外を眺めていても、変わらぬアルキテラコッタの市街地が眼下に見えるだけで、通路に目を向ければ、落ち着いた装飾がなされた汽車の壁が見えるだけ。

ボックス席に備わった灰皿に、葉巻と煙草が1本ずつ増えるのにそう時間は掛からなかった。


そのまま、沈黙を貫いた2人を乗せた汽車が動き出して…やがて目的地まで後少しとなった頃。


「ねぇ」


先に沈黙を破ったのはチェクの方。

年齢的にも立場的にも、彼女の方が上。

話さずに済むなら一言も話さないつもりだったが…今回の仕事はそうはいかない。

普段の関係から、話すのも顔を合わせるのも躊躇する関係だったのだが、チェクは仕事だと割り切ってミーシャに声を掛けた。


「ん」


ミーシャも、話しかけられても無視する程落ちぶれてはいない。

窓の外にジッと向けていた目をチェクの方に向ける。

ミーシャがチェクの方に顔を向けるのを待って、チェクは手にしていたモノをテーブルの上に載せた。


「はい。簡単な防護ローブ」

「これ、錬金術で出したもの?」

「ええ。元の材料は鉄の木端。"ホワイト・ウィザード"の攻撃でも1回は凌げる」


チェクは汽車に乗ってから密かに錬成していた防護道具を話のダシに使って会話を続ける。

ミーシャは手渡された、パッと見普通な…少し時代遅れな意匠のローブを見て、最初は顔を少し顰めたものの、"ホワイト・ウィザード"という単語が出てからその表情を変えた。


「魔都ラステオンの?」


ツンとした態度ながらも、ミーシャは興味が湧いたらしい。


「ええ。試したことがある」


チェクは得意気にそう言うと、5本目の葉巻を口に咥えた。


「今日の仕事には十分以上でしょうけど」


そう言ったチェクの前。

ミーシャは防護ローブを手に取って身に着けると、肌触り等を確かめた後、懐から何かを取り出してテーブルの上に置いた。


「なら、簡単な銃を一つ」


お返しと言わんばかりに、ミーシャが一言。

チェクは少し驚いた顔を浮かべて、テーブルに置かれたそれを手に取る。


「貴女でも弾が作り出せる位に簡単な構造の物よ」


ミーシャの声を聞きながら、チェクは小さな拳銃を手にしてそれをじっくり見回した。


「前に出るのはアタシ。後ろにいる貴女にはそれで十分」


そう言って、ミーシャは普段彼女が手にする拳銃を取り出しながら言った。

チェクに渡した単発式の回転式拳銃と違い、自動で連射できる機構を持つ彼女の傑作。


「報告書だと、エルキテラコッタ駅の裏側。廃れた裏街道に溜まってるだけなんでしょ。貴女の手は煩わせないわ」


ミーシャはそう言って、拳銃に弾を込めていく。

気づけば、汽車はもう間もなく目的地に辿り着く頃合いだ。


「出てすぐ。目についたのからやっていくから、その後の処置を任せる」

「それでいいわ。早いところ片付けましょう」


減速していく汽車。

チェクとミーシャは互いに互いから貰った装備をしっかりと身に着けて席を立つ。

やがて汽車が止まり、2人は駅舎で切符を切って外に出た。


目指すはエルキテラコッタ駅の裏に広がる旧街道の一部。

報告書に書かれているエリアに足を踏み入れたと同時に、2人の瞳には異世界からやって来たならず者の姿が見て取れた。


「課長なら一言で済むのに」

「魔法を知るのは最後で良いのよ」


彼らからすれば、人気のない通りに年端もいかぬ娘2人が歩いてきた様に見えるだろう。

だが、それは直ぐに誤解だった…誤りだったと身をもって知ることになる。


「良い事、シに来る奴が通るんだろう?この辺は」

「なぁ、お嬢ちゃん。相手探しなら事欠かないぜ?」


坊主頭のチンピラが2人、チェクとミーシャの行く先を塞ぐように立ちはだかる。

振り返ってもう2人…似たようなのが退路を塞ぐような形で姿を現した。


「あら。生憎、相手には困らないのよ。アタシ達」


こちら側の事情も知らぬ相手。

真顔だったミーシャは歪んだ笑みを浮かべると、懐から準備万端整った拳銃を抜き出す。

それに合わせて、チェクもミーシャに渡された拳銃を抜き出し、ミーシャに自身の背中を預けた。


「私達、帰還省と言う者です」

「アタシ達の仕事は、アンタ達みたいなよそ者を処理することよ」


ただの少女と侮った愚連隊の方に向けられる、金色の銃口。

彼らの耳に入った口上は、これから彼らの身に降りかかる厄災を端的に現していたのだが、彼らは銃口に気取られてしまっていた。


「"地球人"…"ニホン"って国の人でしょう?銃は馴染みが無いって知ってるのよ」


ミーシャの一言が、異世界にやって来たという現実を再び彼らに突きつける。

驚き顔に染まった男達…派手な銃声が裏街道に響き渡るのは、直ぐ後の事だった。

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