第12話 再起へ

 数日後、吾は館のあった場所に座り込み、眼下の光景を見下ろしていた。一族の者そして女たちに命を失った者はなかった。しかし、館は跡形もなく流され、周りで栽培していた栗やとちのきなどの樹木、そして蕎麦もほとんどが流された。館のあった場所は地面を覆っていた草や土がえぐられ、赤土の中から大小さまざまな石が姿を現している。女たちのいた川の曲がりの辺りは水が引かず、一面の沼地になっていた。


 兄者は惨状を踏まえ一族を二つに分ける選択をした。兄者は一族の半数を率いて山奥の、もしもの場合に備えて栗やとちのきの植え付けをしていた場所に移り、そこを開拓していく。吾は半数と共にここに残り、残された自然の恵みで生き延び、再起を図るのだ。


 この地に残る吾らがなさねばならぬ事は多い。まず拠点となる住処を作らなければならないが、場所をどこにするかの思案が要る。これまでと同じ場所で良いのかどうか。


 誰かが隣に座った気配がし、横目で窺うとタゴリの姿があった。いつもの裳裾と頭巾の姿だが、さすがに裾はふくらはぎまでに縮めている

「あまり力を落としなさるな。私たちもこの地で暮らしていきます。少しですが稲穂の刈り取りができました。これを増やしていけば、ここを豊かな実りの地にできましょう」

「そうだろうか」

「ええ、お見せしますわ」

 タゴリは吾の後ろに回り、手で吾の目を覆った。背に彼女の身体を感じる。


 ゆっくりと目を開ける。目の前には一面、金色に輝く風景が広がっていた。川の曲がりの周りだけではない。野原やその向こうの雑木林のはずの所にも稲穂が広がり、日の光を受けてきらきらと黄金色こがねいろの輝きを放っていた。


『何年もかかるでしょう。でも皆で力を合わせれば……』


 吾は広がる風景を見渡し、稲田いなだの中に手を繋いで立つ男女の後姿を見つけた。黄金の光の中でその姿も金色に輝いている。男は吾であった。稲穂の中で上半身だけ覗かせた女は、タゴリのようにもタギツのようにもアヅミのようにも見えた。吾は彼女らの誰を選ぶのであろう、そう考えた時、

「勘違いするんじゃないわよ」

 耳のすぐそばで声がした。

『選ぶのは』

「選ぶのは」


『『私たちの方だからね』』

 頭の中で複数の声が同時に響く。吾はその声の力強さに圧倒された。


 タゴリの手が吾の目から外された時、吾のそばにいたのはタゴリだけだった。

「タゴリ、今のは?」

「さあ?」

 尋ねる吾にタゴリは微笑んだ。

「私にも未来の全ては視えません。視えないからこそ、希望をもって前へ進むことができております」

 吾はタゴリの言葉を反芻した。彼女の言葉に得心できたわけではなかったが、いずれにしても今はできることから少しずつやっていくしかない。

「そうだな、吾も進んで行かねばならん」


 かくして新たな一歩が踏み出された。


                終わり

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 黄金の魔女 ~西の国の女たちは禍福が糾われた未来を伝える~ oxygendes @oxygendes

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