第3話 セルキーセ村包囲③

 山中に潜んでいたレファールやボーザの耳にも、ナイヴァル兵の降伏呼びかけの声は聞こえてきた。


「大将。あいつら、神の機嫌はすこぶるいいから許すなんて言っていますぜ」


「……そうだな」


「これは、素直に出て行った方がいいんじゃないですか?」


 ボーザがレファールの意見に乗ったのは、ナイヴァル兵が何をするか分からない、つまり皆殺しもありうることによる。許す、と彼らが呼びかけている以上、降伏する方が賢い。


 ボーザがそうする以上、他の村人もそう考えているであろう。


「よし。出よう」


 レファールも同意した。彼自身はすぐに出ることに、実は抵抗がある。降伏そのものというより、降伏したことでコレアルにいる両親が何を言われるか不安なことがあった。


 とはいえ、一人で反対していても誰も言うことを聞いてくれないのは火を見るよりも明らかであるし、自分のせいで他の村人に迷惑をかけることも本意ではない。やはり、降伏が賢い。


 意見が一致したので、彼らはすぐに穴を出て、ナイヴァル兵に名乗り出た。実際に兵士達は何も暴力的な言動は示さない。


「何日隠れているつもりだったんだ?」


 と、むしろ、レファール達の作戦に興味を示していた。


「大将が一週間くらいは隠れた方がいいってさ」


 それに対してボーザはじめ、兵士達が気楽に返しているので、レファールとしては頭が痛い。一応の責任者であるから、自分だけは何かしらの処分を受けるかもしれない。


(そうなればそうなったで仕方ないか)


 場所がかなり僻地ではあるが、衛士隊に志願したということは、つまりはこうなるかもしれないことも含んでいる。


(処刑されたら、国は親父に見舞金でも出してくれるかねぇ……)


 そんなことを考えながら、連れられていった。



 セルキーセ村に戻ると、一日だけ自分が過ごした衛士用宿舎の玄関の前に長身の若い男が立っていた。ナイヴァル兵の物腰がその男に対しては低いので、どうやらこの長身の男がナイヴァルの責任者らしいと見当をつける。


「私が、この村の責任者であるレファール・セグメントだ」


 相手はレファールをチラリと見て、首を傾げた。


「責任者にしては若いな」


「コルネーは衛士隊志願者や有力者の子弟などを優先的に高い地位につける。私も18歳だが、衛士隊を志願し、落第はしたがフェザート様に目をつけられ、ここに派遣されてきた」


「なるほど。私はスメドア・カルーグと言う」


「そもそも、そういう貴方にしても指揮官にしては随分若いのではないか?」


 レファールの問いかけにスメドアは「違う、違う」とばかりに手を振った。


「指揮官は私ではない。指揮官はもうすぐ来る」


 言葉通り、しばらくすると白馬に乗ったスメドアより少し年上の男が現れた。顔立ちは似ているから兄弟なのであろう。背丈はスメドアよりは低い。恐らく自分と同じくらいであろうと目星をつけた。


「兄上、この若者が村の責任者だそうです」


 スメドアの言葉に、指揮官は目を細めた。


「ほお。予想していたよりも若いな」


「コルネーの衛士隊に志願して、落第後にフェザート・クリュゲールの指示でここに派遣されたと言っています」


「ほう、フェザートの」


 指揮官は更に自分に対する関心を強めたようで、レファールはやりづらい思いを抱く。


「良かろう。中に案内してくれ」


 指揮官はそういうと、自らは馬を降りてさっさと一人で中へ入っていった。



 スメドアに連れられ、レファールも家に入った。


 昨日まで自分が使っていた家に入れられて、座る椅子の場所が逆になっているという事実に一瞬、奇妙なものを感じた。指揮官は自分が座っていた椅子に座り、自分は客人用の椅子に座らされている。


「私はナイヴァルの枢機卿でシェラビー・カルーグと言う」


「枢機卿?」


 今度はレファールが首を傾げた。


「ナイヴァルの枢機卿というと、こんな大きな帽子をかぶっているものと聞いていましたが……」


 レファールが両手で大きな四角を作るのを見て、シェラビーも頷く。


「ああ、儀礼の場ではかぶる。ただ、こういう戦場の場でまではかぶらないな」


「そういうものなのですか」


「君がこの村の責任者だと聞いた」


「形だけは」


「よろしい。先ほど山の中で呼びかけたように、我がユマド神というのは基本的には非常に機嫌のいい神である。故に君達についても素直に名乗り出た者については害を加えることはない。今後の生活についても不自由をさせるつもりはない。ただし、ナイヴァルは木材を必要とするところであるから、その伐採の協力はしてほしい」


「分かりました。私からも一つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 レファールの言葉にシェラビーは目を丸くした。


「可否の保証はできないが、一応聞いてみよう。何だ?」


「コレアルにいる国王に身代金を要求してほしいのです」


「身代金? 君のか?」


「はい。私はこの村の責任者ということで来ております。その私があえなく降伏したとあっては、コレアルにいる家族が白い目を向けられるかもしれません」


「なるほど……。こちらとしてみれば、身代金が入ればよし。入らなければ君もおおっぴらに私の下で働けるということか」


「はい。金額はお任せいたします」


「……よかろう。スメドア、ラミューレを呼んでこい」


「分かりました」


 スメドアが家を出て行った。しばらくすると、60過ぎの老人を連れてくる。青い貫頭衣に白い髭が目立つ男であった。体格はさしたるものはない。恐らくはシェラビーの参謀であろう。


「猊下。お呼びでございますか?」


「おまえは、コルネーの身代金の相場を知っているか?」


 シェラビーの問いかけにラミューレという老人は、「変なことを聞くものだな」という表情を浮かべた。


「何件かについては」


「教えてくれ」


「はい。八年前の戦争で兵士一人について金貨10枚」


「一般兵以外は?」


「確か、部隊長クラスが100枚だったと思います」


「……思っていたより安いな」


 シェラビーが独り言のように言うが、聞いていたレファールも同感であった。身代金という以上、一年分くらいの俸給にはなっても良さそうであるが、その半分以下である。


(八年前の戦いでは結構な数の捕虜が出たというし、高い身代金だと政府が全員分を払えないということがあったのだろうか)


 安いと言われたせいか、ラミューレはムッとした様子で更に考えている。


「それでは……大分昔になりますが、26年前でどうでしょう。この戦いでは宰相も捕虜になりました」


「ほう。それは面白い。宰相はいくらだ?」


「金貨五万枚だったかと」


「ほう、宰相が五万枚。なるほど…」


 シェラビーは楽しそうに考えている。他人の運命を何だと思っているのだと腹立たしくもなるが、降伏した身では何も言えない。


(五万枚はいくら何でも高すぎる。ま、宰相閣下ともなればそのくらい行くのだろうが…。俺はどのくらいなのだろう。50枚くらいかな)


「よし。それなら、コルネー国王に金貨十万枚を要求するか」


「ゔぇっ!?」


 思わず変な声が口をついた。レファールは目を丸くする。


「じ、十万枚?」


「そうだ。これでも安過ぎるか?」


 シェラビーはニヤッと笑った。


「そんなわけないですよ! 宰相閣下で五万枚ですよ。私に十万枚なんて言ったら、頭がおかしいとか思われてしまいますよ」


「そうか?」


 レファールの狼狽に対して、シェラビーは挑戦的な笑みを浮かべる。


「俺は結構本気で、おまえの価値はそのくらいあるのではないかと思っているのだが、な」


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貨幣価値については

金貨1枚で10万円

銀貨1枚で5000円

銅貨1枚で100円


従って、18歳のペーペーの身代金として100億円を要求することになります

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