第4話 身代金

 セルキーセ村から一番近い主要な街は南に80キロほどの場所にあるプロクブル。首都コレアル、南部のウニレイバに続くコルネー第三の街である。


 シェラビー・カルーグの書いた手紙は、この街に到着し、領主クンテ・セライユの下へと届いた。


 41歳のクンテ・セライユは公爵位を保有しており、コルネー北東地域の広い範囲に影響力をもつ。しかし、手紙の冒頭を見て、他の者に対して。


「セルキーセ村というところがナイヴァルに占領されたらしいが、一体どこの村なのだ?」


 と問いかけるほど、セルキーセ村に対する印象は薄い。



 どうにか、山の奥にある村だと知ると。


「ナイヴァルの奴ら、そんなところを占領して何がしたいのだ?」


 と、自らの領土が侵食されたとは思えないほどのんびりした様子である。


 弟のコルダが口を開いた。


「あの神狂い共のことですから、新しく信仰の対象にするような山でも欲しかったのではないですか?」


 こちらも他人事のような様子であった。兄が「違いないな」と笑い、手紙の続きを読む。


「村の責任者のレファール・セグメントというものを捕まえていて、身代金が…、身代金が金貨十万枚!?」


 クンテが叫び声をあげ、それを受けた周りの者も一斉に驚きの声をあげた。


「金貨十万枚……ナイヴァルの連中は何を考えているのだ!? わしでもそんな多額の身代金にはならんはずだぞ」


「……そのレファールという男、何者なのですか?」


「知らぬ。聞いたことがない。そんな奴に金貨十万枚など、ナイヴァルの連中、数字が分からないのか?」


「あるいは……、我々が知らないだけで、コレアルでは結構な立場の者なのかも?」


「それでも十万枚はないだろう? 国王陛下でもこれだけの金は出せないぞ」


「そこは交渉で値引きすることを想定しているのでは…」


「ふうむ…」


 兄弟はテーブルの上に置かれた手紙を挟んで、思案に暮れる。


「……全く知らない人間ではあるが、誰かの知り合いなどであったら大変だ。コレアルに送って、陛下と側近共に見てもらうのが賢明だろう」


 二人は自分達で結論を出すことを避け、手紙を別の者に持たせて、都コレアルへと派遣した。そのうえでシェラビーへは「重要なことであるから、コレアルの国王に諮って返答する」という回答を送る。


「あとはコレアルからの返事を待てばよいか」


 セライユの兄弟は、それで安心したのか翌日にもなるとレファールの名前もすっかり忘れてしまっていた。



 ミベルサ大陸南西部、イプサン川がシャンネル海へと注がれる、その海岸近くの南北に広がるのがコルネー王国の都コレアルであった。


 人口はおよそ44万、ミベルサ西海岸では北のフォクゼーレ帝国首都ヨン・パオに続く大きな街である。海に面してはいるが、ミベルサ西海岸の海流は強い北向きのものであるため、南側との交易には向かず、産業は近海漁業と川の上流域、すなわちコルネー中部からの木材加工とそれに伴う金属加工が中心の街であった。


 一方で、北方面への海流があることから北部のフォクゼーレへの攻撃をする場合には、このコレアルが出発点となる。そのため、一か月半前にレファールが見たように、コルネー艦隊の多くはコレアル港とイプサン川流域に駐留しており、物々しい気配を漂わせている。



 プロクブルから派遣された伝令は、コルネー中央部の山間を登っていき、イプサン川を下る形でコレアルを目指した。そのルートでおよそ15日かかる。


 セライユ兄弟が手紙を渡す相手として選んだのは、内務大臣のワッサ・カーティルであった。今年で80歳になる老人であるが、その記憶力は抜群であり、更に内務大臣という各地の住民簿などを管理する立場から、宮廷内から国内全域の人員について幅広く把握している。レファールが何者なのかをもっとも把握している人物だと考えたのである。


 ワッサ・カーティルは手紙に目を通すとすぐにフェザート・クリュゲールを呼び出した。




「こういうものが東から届いている」


 ワッサから差し出された手紙を読んだフェザートは目を丸くした。


「金貨…10万枚?」


「どう思う?」


 ワッサに問われたフェザートは髪をかきむしる。


「……有能な少年だとは思いましたが、この身代金は受け入れがたいです」


「では、幾らなら受け入れられると思う?」


「幾ら?」


「ナイヴァルの連中も、10万枚がそのまま受け入れられるとは思ってはおるまい。値切りした数字も想定しているだろう。おまえが派遣した少年はいくらまでなら支払うに足りると考える?」


「……」


 フェザートは言葉に詰まった。


(国庫から出る身代金だからなぁ……)


 金額を提示して何かあった場合、自分の直接の責任問題となる。そもそも、セルキーセ村に派遣するように進めたのもフェザートであるから、こうした事態になっていること自体、自身の責任として受け取られかねない。


(とはいえ……)


 そもそも、何故自分はレファールを僻地の村とはいえ、その責任者として抜擢したのか。それは衛士隊も含めた軍全体の利権化を何とかしたいという思いがあったからである。


 衛士隊を含めた軍の上層については待遇がいいだけに、貴族や富裕層がほとんどを牛耳っていた。そうであるから応募なども公正ではない。


 レファールにしても成績だけであれば合格に値するものであったことをフェザートは知っている。しかし、富裕層や貴族の子弟が次々に合格枠を取っていったため、結果的に入る枠がなくなってしまっていたのである。


(だから、経験をさせつつ、余暇のある僻地に送ったつもりだったのであるが……)


 ひとまず勉強させやすい環境に送り、来年、レファールが更に文句のない成績をあげてくれれば。そう期待して採用したのである。

 その僻地が他国から攻撃を受けるというのはフェザートの想像を超えていたところであった。


「千枚なら、支払うだけの価値がある男だとは思いますが…」


 フェザートの保証できる額は、シェラビーの要求額の百分の一であった。それでも普通の部隊長よりは遥かに高額で、諮問にかければ文句が噴出するのは間違いないだろう。


 しかし、将来性を考えれば、少なくとも千枚なら賭けるだけの価値はあると思った。


「千枚か。ナイヴァルが受けると思うか?」


「いえ……」


 十万枚という根拠がどこから出ているのかは分からないが、ナイヴァルもここまでの数字を出す以上、レファールの何かしらを評価している可能性が高い。一万枚ならともかく、提示額の百分の一で手を打つとは思えない。


「わしは国王に、諮問せねばいかん。正直に答えてもらいたい。このレファールという少年の何が、ここまでの要求額にさせたのだと思う?」


「分かりません。レファールは見どころのある少年ではありますが、十万はおろか一万枚でも過大評価すぎると思います」


「では、わしはその旨を国王に伝える。よいな?」


「はい」


 フェザートは大きく頷いた。これによって、レファールが処刑される可能性はあるかもしれないが、いくら何でも金貨十万枚という数字は荒唐無稽すぎる。



 一時間後、フェザートは再びワッサ・カーティルに呼び出された。


「先程の件を国王陛下に伝えたところ、周囲にいた者も含めて全員、論外であるという結論になった」


「はい」


 それはそうだろう。フェザートは当たり前だと感じた。レファールを見出した自分でも提示された数字は百倍を超える過大評価であると思ったのであるから。


「お主が異議を唱えないのであれば、このままプロクブルのセライユ兄弟に伝えることになるが、異存はないな?」


「はい。繰り返しになりますが、レファールは見どころのある少年だとは思います。とはいえ、金貨十万枚はあまりにも非常識な数字。その額をレファールのためにねん出するというのは認められません」


 フェザートの言葉にワッサは頷いた。


「……我々がそう答えたら、ナイヴァルはどうすると思う? 例えば、惨たらしく火刑などに処して、我々の恐怖心を煽るようなことをしてくるだろうか?」


「……そう、かもしれません」


 ナイヴァルという国が、狂信的なまでに神を崇める国家であることはよく知っている。あるいは国家のための生贄として、無理難題ともいえる多額の身代金をレファールにつけた可能性は否定できない。その場合、断ったことを口実にレファールが処刑されることになる。


 それでも、いくら何でも吞みようのない数字である。


「断るしかない数字です」


 フェザートは意を決し、強い口調で答えた。

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