第2話

 たっぷりと己の特別さに酔う時間も過ぎ去った。

 制服と武具を拝領する儀礼も終わり、ゴルカは家路を急いでいた。所属は生国、イベクリア王国。骸装者をスカウトするのは自由だが、大抵の者は故郷を選ぶ。強大な力を持つ兵器でもある彼らでも、両親や恋人といった存在がおり、それらは実質的に人質だった。

 ゴルカは威厳を感じさせる濃緑こみどり色の制服と、黄金に輝く篭手を嵌めて意気揚々と帰還する……はずだった。


 故郷の方角に棚引く煙を見るまでは。


 それを見た瞬間最悪の想像に支配される。野焼きの最中であるとか平和な発想は少しも出てこなかった。

 間に合え。ソレだけを念じながら、人の領域を超越した速度でゴルカは駆け抜けた。あそこには家族が、そして彼女がいるのだ。

 訓練を積んでいないにも関わらずゴルカはバランスを崩さず駆け抜けた。その努力は報われ、最短で故郷へとたどり着いた。



「爺さん!」



 なぜかいつも領地の入り口に座っている老人。目は濁り、胸元にはおびただしい量の血がついていた。

知人の死に動揺しつつも、もう時間をかけられないと判断。生家めがけて再びの俊足。

 己の家は屋根が小さな炎を宿し、入り口は開け放たれていた。そこは赤い沼だった。頭まで黒い頭巾の何者かが剣にゴルカの父親を突き刺して、持ち上げている。他にも家族や使用人達は皆転がっていた。



「ようやく来たか……手慰みにも飽いていたところだ。手早く済ませよう」



 そんなただの趣味ですらなく、暇つぶしにやったとでも言わんばかりの態度に、ゴルカの脳内は一気に沸騰した。そうでなくともやることは1つだった。



「殺じでやるぅ!」



 殺戮の人狼のように口から泡を吹いているゴルカは、最早この世のものとは思えない形相だった。本当は今日はいろいろなことがある日だったのだろう。

 祝福されたり嫌味を言われたり……それを全て黒衣が持っていってしまった。壊されては奪い返すこともできない。ゆえに殺す。


 ゴルカの黄金に輝く篭手が変形する。鮮血を混ぜたような本物の金が宙に浮き、それでいて完全にゴルカの意思に追従していた。



「行けぇ……起動〈ナックラヴィー〉」

「ほう……ファーストフォームとはいえ、もう使えるのか。流石は第3位、頭がおかしいな」



 通常、施術された力と見合った武具をあっさりと使えることはあり得ない。しかし、ゴルカは怒りながら冷静に復讐するタイプの人間である。感情の爆発をスターターに、宙に浮いた篭手を操作している。


 対する男は平静としたまま、ゴルカの父親を剣から投げ捨て、不気味な黒く細長の剣を構えていた。その姿に宙に浮いた盾から弾丸が降り注ぐ。〈ナックラヴィー〉の遺骸で作られた骸装は、先端に鉤爪を、内部に回転式機関銃を備えた攻防一体の代物だ。

 加えてゴルカ自身も強化されているのだから、2つの篭手と合わせて三位一体の力を発揮する完璧なオールラウンダーだ。


 しかし、その放火は虚しく空を穿っただけで終わる。特にからくりはなく、黒衣が避けただけである。



「ならばぁ……」



 命中を重視したばら撒きに切り替えるも当たらない。ここまで来ると嫌でも思い知らされる。単純に技量と能力が隔絶しているのだ。



「強い意志による爆発力。術後すぐに骸装を使える才能。なによりも幻獣、魔獣への適合。良いな、再手術が必要だが、これなら耐えられるだろう。お前に目星を付けたのは正解だった」



 ゴルカが必要だからここで待っていた。悲劇は付随物に過ぎないとそう告げる声に、ゴルカは再び猛攻を加えようとしたが、振るわれた剣にそれを止められる。

 〈ナックラヴィー〉の装甲は流石に耐えるが、圧倒的な膂力で抑え込まれる。〈ナックラヴィー〉は宙に浮いているが、それごと押し込まれてゴルカと盾越しに目が合う。



「新兵を前にして言うが、お前は侮れん。全力と見本を見せてやろう。……目を潰せ――展開〈デュラハーン〉」



 黒衣の剣が変形し、蛇腹となりてムチを形作る。その動きは自由自在としか言いようが無かった。時に盾を打ち付け、ある時はくぐり抜けてゴルカ本人を狙う。

 しかも威力も先程までより遥かに上昇しており、一撃でゴルカは面白いように弾き飛ばされた。


 ――関係あるか。殺す、殺す、殺す!


 しかし、異常なのはゴルカの方だった。何度格の違いを見せつけられても、死の予言をかいくぐって命を繋げる。



「いくら足掻こうが勝てんよ。お前はファーストフォームで、俺はセカンドフォームに移行している。どれだけやろうが……傷を付けられるかも怪しい。それでもお前は……」

「殺す!」



 黒衣は眉を潜めた。ここまで激情を燃料に変えられる敵は初めてだった。格は何枚も上だが、気を抜けば|噛まれる〈・・・・〉気がする。

 ならば更に用心を重ねるまで……そう思った瞬間に、事態は急変した。



「どーんっ! っとね!」

「何!?」



 足に翼の軌跡を残しながら、女性が戦いに割って入る。長いポニーテイルの金髪にくちばしのような兜を被っているが、防御を考えてもいないような軽装をしている。

 雰囲気は軽いが、ただ者ではないことが黒衣の反応からも分かる。



「傭兵集団〈ドーン〉のエイルか……ひな鳥に時間をかけすぎた。それにしても貴様らはいつでも我々の邪魔をしてくれる」

「そっちが変な計画立てるのが悪いんじゃない。どんな計画だろうと、そこに意思があるだけで反発者は出てくる。世の中そーいうもんじゃない?」



 世の真理じみたことを軽く話すが、エイルと呼ばれた人物に隙は微塵もない。彼女はそれだけの実力を持っているし、世の中を実際に見てもいる。

 そんな人物とひよことはいえファーストフォームをつかう骸装者を見比べて黒衣は嘆息した。このままやりあえば殺してしまう・・・かも知れない。



「ふん……出直すとしよう。そこの頭がおかしいやつは泳がせておく。次はもっと楽にさらわれてくれ」

「逃がすか! 殺す!」

「ちょ、ちょい待って君! アレを本気にさせたらまずいって!」



 まだ砲火を集中させようとするゴルカをエイルは慌てて止める。相手同様、彼女にとってコレ以上の戦いは割りに合わない。



「ふん、どちらとも決着は持ち越しか。ではな」



 ムチが長剣に戻ると、黒衣から血が溢れ出た。池のように広がったそこに、憎い相手が沈んでいく。それをゴルカは歯噛みしながら見ているしかない。消え去った後、ゴルカの怒りは狂気ではなくなったが、その矛先はエイルに向いた。



「何で邪魔した! アイツは殺すんだ!」



 ゴルカはずっと見ないようにしていた家の前の小路。そこにある血袋を決して視界に入れなかった。家族よりも、大事だった守れなかった人。怒ってみても、もう過ぎたことだった。



「今の君じゃ無理だよ。それが現実。熟練した骸装者と使い始めにはそれぐらいの差があるの」



 それが事実なのは間違いなかった。現にゴルカはエイルの細腕さえ振りほどけずにいる。自身の無力さに力尽き、ゴルカは膝を折った。



「だから……私達と来ない? あいつらとかち合うことも多い、傭兵団〈ドーン〉に!」



 火の光と陽光とエイルの金の輝きが一瞬、“彼女”の面影と重なった。

 気が付けばゴルカは差し出された手を取って、その笑顔を目に焼き付けていた。

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