第3話

 傭兵集団〈ドーン〉は実に手際が良かった。〈ドーン〉はこの殺戮を国に報告し、ゴルカも含めた全員が死亡した事件に仕立て上げた。



「最近、幻獣や魔獣に適合した骸装者を狙った事件が多いんだ。これまで地下で活動していた連中が動き出したってんで私達〈ドーン〉も、警戒だけはしていたんだよっと」

「なんだって傭兵が、秘密結社と戦うんです?」



 少ない持ち物を入れた袋を自動車に押し込みつつ、ゴルカは問うた。ついでに自動車を持っていることも聞きたかった。前時代は皆が持っていたというが、今の時代ではかなり珍しい代物だ。



「成り行きというか何といえばいいのか……私たちは義賊っぽいところがあるのは確かなんだけど、こっちの構成員をさらおうとしたので後に引けなくなったというか」



 面子って面倒だよねー、と言いながら女傭兵の目は笑っていない。口と内面が一致しない女性のようだった。



「エイルさん、これで全部です」

「うん。あれ? 名乗ったっけ?」

「さっきの黒衣の男が言ってましたから覚えています」



 流石のゴルカも名も知らぬ人物に付いていく気はない。復讐対象が知っているということは、再度出会うこともあると考えてのことだ。



「もっとエイルお姉ちゃんとか、親しみを込めても良いんだよ?」

「分かりました。エイルお姉ちゃん」

「無表情で言われると、奇妙だわ~。まぁそれもありかな」



 黒塗りでクラッシックなデザインの車がエンジンを吹かせ、走り出した。道が自動車向けに舗装されているところなど殆ど無いので、かなり揺れる。



「まずは私達の支部に行くわ。顛末ぐらいは報告しないとねぇ。今回はかなり特殊な事態だし」

「受け入れて貰えますかね。エイルお姉ちゃん」

「経験不足とはいえ、第3位の加入はかなり大きいから、そりゃもうパーペキね。しかも君、ファーストフォームを使いこなしてるし……あれ、初心者としては異常よ。間違いなく天才」



 〈ナックラヴィー〉を起動させるのにすら、通常は訓練がいる。それをゴルカはあっさりと構成し、操ってみせた。ファーストフォームという名の通り、埋め込まれた核の全力では無いが初心者離れした行為をやってのけたのは間違いなかった。



「訓練とかあるんです? アイツ・・・はセカンドフォームと言っていた。なら、同じ段階にならなければ」

「殺る気満々ねぇ。まぁアイツの場合、仕方ないか。好きになれる要素皆無だもんね。訓練とかはあるけど、君の場合は実戦投入した方が成長早いと思うわ。ちょうど私のバディが空いてるし、第3位同士でコンビ結成ね」

「第3位なんですか?」

「そ。第3位ヴァルキリー。十年に一度って結構いるのよ。それに第3位は制御もまだ容易だし、全体で見れば主役よ」



 初めて乗る車はひどい乗り心地だった。田舎道であるから仕方ないが……二人にとっては走ったほうが速いだろう。

 しかし、道を行くのに走るのは適合者の特権を見せつけるようでゴルカにはしっくりと来ない。なのでこの道行に不満はあっても、異は唱えない。



「詳しく聞く前に付いてきてなんですが、〈ドーン〉はやはり骸装者の集団なのですか?」

「うーん。それを売りにはしてるけど、普通の人がいないわけではないわ。大体、医者とか補給人とかいないと干上がっちゃうでしょ?」



 自分たちだけで戦うには限度がある。エイルが教えたいのはそういうことだ。復讐者としての自分を押さえつけられるようにゴルカには感じられた。

 それからも沈黙を避けるように、ゴルカは〈ドーン〉のことや骸装者のことを教わった。気まずいのもゴメンだが、それ以上に知識は力だ。吸収しておかなければ“敵”を倒せる確率は下がる。



「それにねー、骸装者って言っても手足があるやつは銃を持ったり、ドス持ったりするしねー。空飛べる子は防弾チョッキみたいなの着たりするのよ」

「それはそうですね。私の〈ナックラヴィー〉も両手空きますから、何か練習しましょうかね、エイルお姉ちゃん」

「うーん。浮く盾に機関銃だっけ。爆弾とか手榴弾もありよねー」



 ファッションを選ぶ感覚で物騒な代物の名が挙げられる。エイルもまた根っこは戦闘者ということなのだろう。



「まぁ私は骸装そのままでゲシゲシ殴る蹴る方が向いてたりするし、すぐに決めなくてもいいわよ。セカンドフォームでどうなるかも不明なんだから」

「はぁ。とりあえず戦いに慣れるところからですか」



 ゴルカは褐色の手のひらを見つめた。先程全てを失ったというのに、もう震えも無い。“彼女”の言う通り、自分は殺しに向いていたのだろう。

 その代わり、黒衣の男への復讐心だけは常に意識に張り付いていた。実は既に戦いに慣れている気さえしていた。



「〈ドーン〉はどのくらいの規模の組織なんですか?」

「でかいわよー。各国に支部があるぐらい。といっても、規律に不満があったドロップアウト組が多いから何というかゆるゆるしてるわね」

「ゆるゆる……?」



 奇妙な表現ではあったが、規律が固くないというのはゴルカにとってありがたいことだ。結局軍に入らなかった身では規律など望むべくもない。組織としてやる気が無いというのとは違うだろうと、エイルを見た限りで判断できる。



「あー、でもイイ男はゴルカちゃんが初かなぁ。スケベ爺とかしつこいマッチョとかそんなのばかりいるし。そこ行くところゴルカちゃんは可愛くて良いわー」

「ちゃん……」



 いくら何でも初ということは無いだろうから、リップサービスの類だろうとゴルカは判断した。しかし、ちゃん呼びは辞めて欲しいゴルカだったが、なんとなく言い出せず終わった。

 実際、エイルは人の話を聞いているようで頑固なので反論しても無駄であった。



「おっ。見えてきた。あそこの洋館がカモフラージュだけど上部分よ。武器とか人員は地下にいるの」

「うーん」



 ゴルカが目を凝らして見て、初めて豆粒のような建物が見えるだけだ。嫌な予感がしてきた。



「その……我々の目にギリギリ映るということはあそこまでの距離は……」

「……」

「つまり、がそりん・・・・? とかは足りるんでしょうか?」

「……大丈夫! 細かいことを気にすると、好感度が下がるわよ!」



 自動車の普及率が低いということは、補給の場所も少ないということだ。少なくともゴルカは実家の地域にそんなものが建っていると聞いたことはない。

 洋館まで後わずか……というところで予感通り、自動車は動かなくなった。



「……〈ナックラヴィー〉!」



 展開した浮遊盾にウィンチを付けて引っ張らして、ゴルカ自身は後ろから押す形で動かす羽目になった。

 洋館は丘の上にあり、強化された肉体でも楽々とはいかない。



「良いわよ、ゴルカちゃん! これが最初の修行……全部予定通り!」

「嘘下手ですね。エイルお姉ちゃん」



 エイルは中でハンドルの操作だけしている。少しばかり恨めしいが〈ナックラヴィー〉を扱う感覚や、身体能力の引き出し方などを学ぶには確かに悪くなかった。

 〈ナックラヴィー〉は持久力とタフな出力を持っていたが、余り遠くへは行けないようであった。少なくともそれが知れただけマシに思おう。汗を吸った制服を車の上に脱いで、ゴルカはひたすら車を押し続けた。

 苦難の果、たどり着いた洋館は殆ど廃館に見える。



「ゴルカちゃーん、その四角い区切りに入れてくれる?」

「ああ、そういえば地下って……」



 指示通りに再び汗をかく。四角の線の中に入れ終わるとエイルも降りてきた。それだけではない。地面自体が地下に動き出して、ゴルカを驚かせた。



「ふふーん。〈ドーン〉はある程度ロストテクノロジーを解析してるのよ。ここには昔の偉い人が住んでたんでしょうね。修理して使っているの」



 〈ドーン〉イベクリア支部へようこそ。エイルは両手を広げてそう言った。

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