骸装者戦記

松脂松明

第1話

 記憶の中では皆が笑っていて、その中心にはいつもその子がいた。


 貴族とはいっても、田舎のそれに生まれた俺はいつも領地の子供たちと遊んでいたのだ。それを父は咎めない。母もそうだった。自分達も子供の自分はそうだったのだから、と笑って許せるだけの度量が両親にはあったのだ。

 その時は兄でさえ時折、遊びに加わっていたのだ。年長者である兄は一緒に遊んでいても背が高いだけで自分達より何倍も凄い人に見えた。


 そんな集まりに一人の少女がいた。孤児院を経営する奇特家の娘……容姿が優れているわけでも無かったし、特別頭が良いわけでもなかった。そんな要素など彼女の心が放つ輝きの前には無に等しかっただろう。

 背に赤子を背負って世話を見ながら、それでも年相応に皆に加わって遊ぶ彼女。口汚い悪童でさえ彼女に叱られれば大人しく従った。


 そんな少女に俺はいつしか恋をした。初めての恋は身悶えするほど気恥ずかしく、だけどそれさえも甘美だった。しかし……すぐに諦めた。生まれの違いではない、単純に彼女と俺とでは精神の出来が違いすぎた。心だけで輝ける彼女にはきっとふさわしい人が出来るだろう。


 諦めてもしばらく続いた楽しい集まり。少年たちは男になって、少女達も女になった。それでも身分差に関わらない関係は続く。素晴らしい時間だった。生まれに関わらず続く友誼。

 それが終わったのは俺のせいだった。年齢が上がって行われた適性審査。そこで発覚した極めて高い神格への適合値。

 優しく心が広かった両親は未来の栄誉に思いを馳せるようになった。頼もしい兄は自分の立場を脅かす弟を憎悪した。そして彼女は……



「ねぇ……ゴルカ。わたしは優しいあなたが好きだったわ。でも……」



 再生される声。記憶に焼き付いた夕焼けの下の彼女の姿。流れる長髪。



「あなたは……これから人を殺すんでしょう?」



 俺は“適合者”……戦場へと赴くことが決まっていた。それは子供にはとても逆らえない運命だった。そして……その日はやってきた。



「神核の埋め込み、並びに同調成功。おめでとう青年。君は無事、力を手にしたのだ」



 遺跡の奥の“手術室”で青年は目覚めた。“適合者”であることが発覚した時からこの手術を受けることは決まっていた事だ。とはいえそれでも成功するかどうかは賭けの部分が残っていた。

 何せ施術する人間達が如何に碩学であろうとも旧世界の科学力は今の人類には無い。その時代に作られた設備が未だに稼働するということさえ驚きである。

 手術室を含めたこの施設は旧時代から残り、現在も稼働している数少ない建物だ。



「これで君も晴れて骸装者ミスティックというわけだ。しかも適合したのは第3位階の幻獣。新たな英雄の誕生であり栄誉は約束されたようなものだが、気分はどうだね? 指は何本に見える?」

「……二本。気分は良いですよ。ええ、とても」



 青年の様子に施術者は頻りに頷いている。英雄を製造するというのはどういった気分なのだろうか?とこちらが聞きたいくらいだ。

 何かを手元の紙に書き込みつつ施術者は言った。



「しばらく経過を見て問題が無いようなら無事退院だ。称号と外套もその後に支給……授与される。ああ、専用の武装もな。外には勧誘しようとお偉方が既に手ぐすねを引いている。式典には出るのだろう?」



 出ない、という選択が許されるのだろうか?今や神秘の憑代……骸装者となった青年は古の手術台から身体を起こした。施術者から感嘆の声が漏れる。



「素晴らしい! もう起き上がれるのか。やはり上位の適合者は違うな。3位適合が出たのは……12年ぶりか? とはいえ今年は豊作だそうで式典の主役になれるかは分からんがね?」



 青年は胸元を見た。褐色の肌に僅かに傷跡が残っているだけで劇的な変化は見られない。そのことに少しだけ安堵した。人間離れした容姿になるのは流石に勘弁願いたい。得る力からすればそうなっても安い代償だろうが。


 誰もが羨む骸装者……しかも上位。それに無事成り仰せそうなことに若者らしい歓喜と大人になりつつある部分のせめぎ合いが胸に渦巻く。

 適合者であることが判明した時の家族間のいざこざにより、青年は少しだけ落ち着きを持てるようになったが、あくまで少しだけである。自分が特別な存在だと分かって嬉しく感じないほど青年は老成しているわけでもない。

 外から騒ぎが聞こえる。しばらくここに留まれるのは良いことかもしれないと褐色の青年…ゴルカは思った。



 骸装者……神話の住人達の残骸から取り出された魂の核を埋め込まれた人間達の総称だ。神、幻獣、魔物。そうした存在の自我を失った魂から力のみを絞り出し、適合した人間を自身の肉体であると誤認・・させて力を振るう存在。それが骸装者ミスティックである。

 肉体の強化に留まらず、適合した存在の死体を用いて製造された武装を使用することで、限定的ながら超自然的な力さえ発揮できる。

 その用途はやはり軍事目的。空を飛び、大地を砕く力を持つとなれば当然そうなる。そして、相手が骸装者ならばこちらも骸装者を出す。これがこの世界の戦いの基本だ。



「運動しなさい」



  短いが完全に命令そのままな口調で言い渡される。ろくに動かないのでは強化手術が成功しているかも分からないではないか、ということだ。

 地下から地上に上がると久しぶりの青空が見えた。陽光が目に痛い。確かにこれは問題であった。自分でも分からない内に相当不健康になっていた気分になる。

 旧時代の建築物が外側だけ残っている広場には思っていたよりも多くの人々がいた。自分と同じように骸装者となったばかりらしき若者たち。彼らの動きを見て品定めしているどこかの国の人達。


 第1位から第8位まで位階が存在する骸装者……ここにいる若者の殆どが第7位か第8位の適合者であろう。上の位階に行けば行くほど適合できる人間は減っていく。位階一つ上がる度に十分の一以下になっていくのだ。第3位の適合者であるゴルカは正に希少種であり、注目の的である。


 事前にある程度の情報は漏れている……というよりは明かされているのだろう。地下からの新しい来訪者を見るなりざわめきが大きくなり、視線が突き刺さる。

 落ち着かない気分になり、久方ぶりのシャツ姿は変ではないか? などといった細々としたことが気にかかりだす。後ろから研究者に小突かれて、思わぬ見世物を披露する羽目になったものだとゴルカは嘆息した。


 手を振る。足を伸ばす。準備運動は大事だ、と故郷の教師から教わったので念入りに。小さく息を1つ。ここまで注目されていて何も変化が無かったら笑いものではなかろうか?

 そんな不安を抱きつつゴルカは跳躍することにした。筋が撓む。地を押しのけるように蹴った。



「……は?」



 思わず口から漏れた声は我ながら阿呆のようだった。

 おおっ。人々から感嘆の声が上がる。まさに跳んでいた。摩天楼の残骸が無ければ遥か彼方まで見えそうな高さまで視点が移動していた。メートルでいえばどれほどか。生まれた屋敷の倍以上は跳ね上がるその脚力に自分で自分が信じられない。



「術後すぐでこれか……流石に第3位階。自分の変化が感じられたなら引き続き試すと良い。把握してない状態でこれならまだまだ上に行ける」



 未だ呆然としているゴルカに研究者は告げるのだった。あれほどの高さから着地しても大した衝撃を感じなかった自分を受け入れるのにゴルカには少し時間が必要となった。



 しかし、自分の変化を受け入れた日からゴルカは一転して鍛錬の虜となった。

 突然増大した力に思い悩む…などといった謙虚さや慎重さとは関わりが無かった。良くも悪くも自分は熱中する性質らしい、とゴルカが気付くまでにそれほどの時間はかからなかった。身に付けたと思っていた大人らしい思慮などは雲散霧消してしまった。

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