第11話 誓約と別れ、受け継がれた力

 レオの言っていることが理解できない。

 もうすぐ死ぬだって? 全然元気じゃないか……エリックだって一瞬で蹴散らすほど強く、オレを助け優しく撫でてくれた。

 オレはレオに大丈夫だと言って欲しかった。 でも、アイツは死ぬという。 どうすりゃいいんだ。 どうすりゃ救える?


 そんなことばかり考えるオレの意識を呼び覚ます為、レオは両手で挟み込むようにオレの頬に触れると、悲しそうな表情を浮かべながら話を続けた。


「クロ、ちゃんと話を聞いて! ボクに毒を盛ったのは前に話した同郷の友だち、ヴィラ・エクソダス。 あの子は毒の精製が得意な子で、どんな生物だろうと感染させあらゆる症状を与えることが出来る魔女。 ボクの中に侵入した毒の目的は、神器ダインスレイヴに感染し破壊することだとわかったんだ。 いまは必死に抵抗して感染させないようにしてるけど……そろそろもたない。 だから、ダインスレイヴをクロに託してヴィラの目的を阻止したいんだ」


「ち、ちょっと待て、毒はお前の命を奪うわけじゃないのか? ……なら!」


「--いや、ダインスレイヴはボクの全てだ。 失えば間違いなく死ぬだろう。 感染してもクロに渡しても結果が同じなら、ボクはクロを選ぶ。 お願い協力して! 」


 どっちに転んでも死ぬなんてあんまりだ。

 なぜレオが死ななきゃいけない……千年前だかなんだか知らないが、大きな戦の兵器として利用され、用が無くなったらこんなところに千年も閉じ込められて……。

 オレと遊ぶようになって楽しいって喜んでいたのに。 何故だ……いや、誰だこんな酷いことをしたのは……


 内側から強い殺意が湧き上がる。

 脳裏に浮かぶのはヴィラ・エクソダス。 頭の中でアイツを追い詰め、切り裂き、生きている事を後悔させてやる……そんな衝動に駆られ握る拳に力が入った。

 その拳に温かいぬくもりを感じる。 目を向けるとレオがオレの手を取り、両手を握りしめてくれていた。 オレの氷の様な殺意を溶かすぬくもりだ。


「クロ、約束して欲しいんだ。 ヴィラの意図は分からないけど、あの子はボクなんかよりよっぽど過酷な人生を歩んでる。 無意味にこんなことをする子じゃないんだ。 だからその感情をあの子にぶつけないで」


 レオの純粋な願いがオレの心に突き刺さり、復讐の事しか頭になかったオレは正気を取り戻す。 恩人に背くことは出来ない。 そう思いオレはレオに約束する。


「……わかった。 もしあの女を見つけても殺しはしない」


 心の中で、多少痛い目にはあってもらうけどな、と付け加えておく。

 レオは嬉しそうに頷くと話を続ける。


「ダインスレイヴを受け取ったら探して欲しい人がいるんだ。 ベリルのことは覚えてる? 遥か東にあるダプトア大森林ってところに隠れ住んでる妖精。 あの子に説明して欲しいんだ、今回のことを。もしかしたら力になってくれるかもしれない」


「ダプトア大森林のベリルって妖精だな。 まかせろ」


 そう言って約束の証である指切りをした。

 仲良くなってからレオに教えた指切り。 覚えてからは、毎日何かを約束して交わした約束の証。

 まだ現実を受け止めきれないオレの心に、少しだけ立ち上がる勇気を与えてくれる指切りだった。 だが、無情にも時間が訪れたのだろう。 レオはオレから少し離れ、此方に向かって別れの挨拶を口にする。


「クロ、いままでありがとう! 短い間だったけど、キミとの日々はボクの心を豊かにしてくれた、命の尊さを教えてくれた。 キミに出会えてボクは幸せだったよ…… そして最後のお願い。 どんなに辛くても生きることを諦めないで、ボクの分まで目一杯楽しんで生きて欲しい。 約束だよっ!」


 笑顔で指切りの小指を向けたレオの体は、光の粒子へと姿を変え散っていく……

 美しく広がる粒子の光景が、別れを悲しませたくないレオの優しさを表現しているようで、余計にオレの涙腺を崩壊させた。


 ……さようなら、レオ。 オレはお前との約束を必ず守る。 オレの全て……心血を注ぐと、ここに誓う。


 目をそらさず散っていくレオを見送ったオレの目の前に、一本の抜き身の剣が姿を現した。

 宙に浮かぶ剣はレオと同じ黄金色のオーラを放っていた。


「……もしかして、これがダインスレイヴなのか !? 」


 導かれるように剣の前に立ち手を伸ばすと、剣の柄を掴んだ瞬間、激しい光を放ちオレの視界を真っ白に染める。

 すると、頭の中で様々な景色が流れ始めた。

 レオの部屋内での特訓の日々に、ベッドで二人で昼寝したり、美味そうなご飯を食べるオレの姿が見える。 胸が熱くなる感情が溢れ、レオの気持ちを直に感じているようだった。

 これはインフェルノにいた頃のレオの記憶かもしれない。


 そう考えていたら場面が変わり、いろんな戦闘の記憶が次々と溢れかえってくる。

 金髪碧眼の尖り耳の美少女から繰り出される圧倒的な魔法の数々を凌ぎきったり、巨大なドラゴンを素手でぶん殴り吹き飛ばすと、ドーパミンが分泌され身体中を爽快感が駆け巡った。

 ……もしかしてこれは魂の狩猟ワイルドハントの時の記憶か?

 色んな戦場での戦いを疑似体験することで、体の底から血湧き肉躍る感情が押し寄せ、本当に戦場にいるような錯覚に襲われる。


 そんな記憶の旅に出ていたオレに、突如膨大な量の知識が文字となって襲いかかってきた。

 突き刺さるような酷い耳鳴りで頭が割れそうになる。

 意識や理解を超えた知識の暴力に、体がバラバラになるかと思ったが、突然足場がなくなり真っ暗な世界に落下しながら、オレは意識を失った。



 目覚めると、自分のいる場所に驚いた。

 それは水面の上だったからだ。 沈むことない水面の上に立ち上がり辺りを見渡す。

 澄み切った空と雲のコントランスが鏡のように映し出し、幻想的な景色に思わず目を奪われた。


 ……ここはどこだ?


 ここはお前さんの意識より深い場所、明鏡めいきょうじゃよ。


 景色と同じような澄んだ声が頭の中に聞こえてきた。 特殊な語彙や表現から高齢者を思わせる。 辺りを見渡したが、澄み切った景色が広がるだけで誰もいない。


 お前さんがレオの後継者じゃな? 名は……クロム・ロックウェルか。 ほう、お主人間か! こりゃ驚いたわい。


 頭の中で直接響くキンキン声に聞き慣れないオレは、悪態をつく。


「気持ちよく話してるとこ悪いが、こっちは声が反響して頭が痛てぇんだ。 さっさと出てこい! 」

「短気なやつじゃのう。 仕方ない、お主に合わせてやるか」


 やれやれと言った感じで、声の主が水面から姿を現した。

 オレの目の前に現れたのは幼女だ。 杖をつき、爺婆が着そうな赤いちゃんちゃんこを羽織っては居るが、何処をどう見ても幼女だ。 話し方から高齢者だと思っていたオレは唖然とする。

 それ以上にびっくりしたのは、頭の上にある角。 幼女の頭と同サイズほどの角が二本生えており、燃えるような熱の力を感じる。

 一瞬悪魔かと疑ったが、悪魔特有の悪意や邪悪さは一切感じられない。


「儂の名はダイン。 古代妖精族のドヴェルグ。 神器ダインスレイヴを作った鍛冶師じゃよ」


 ダイン、ドヴェルグ……聞いたことの無い言葉を思い浮かべると、脳内で書庫が突然現れた。

 周囲には星々の光が輝き、書庫を照らしていている。

 本棚から一冊の本が飛び出し目の前で開くと、読む必要もなく情報が流れ込んでくる。


 ダインとは、古代妖精族アールヴと決別した古代妖精族ドヴェルグのひとり。 大地と工芸を愛する小さきものドワーフの祖。 ダインスレイヴの宿主。


 オレはビックリして頭を抱え込んだ。

 ここへ来てから体験したことの無い事だらけの連続に、認識が追いつかない。

 そんな大変な状況に陥ったオレに対し、ダインのバカにする様な笑い声が聞こえてくる。


「あーはっはっはっ! 慣れんうちは体が拒否反応するからのぅ。 いいリアクションじゃ、クロムよ」


 頭にきたオレはダインにかみつく。


「このクソ幼女、楽しんでないで説明しろッ! ダインスレイヴの宿主なんだよな? アンタ」

「最近の若者はすぐ怒るのぅ。 こわいこわい」


 オレの怒声に渋い表情ではあるものの、どこかバカにしている言い方に頭にきたが、いちいち噛み付いていたら話が進まないので、睨みつけるだけで黙っていることにする。


 オレが過剰な反応をしないことに気がついたダインが、「なんじゃ、ノリが悪いのぅ」とボヤキ、気を取り直して語り始めた。


「……ごほん、良いかクロムよ、よ~く聞け。 お主にダインスレイヴは引き継がれた。 この剣は全てを吸収し成長する魔剣じゃ。 命奪えばその者の力の一端を、魔術や魔法を吸収すればその効果を、そして数々の後継者たちが体験した事象全てを糧とし力に変える。 無限の可能性を秘めた剣なんじゃよ。 その力をお主はレオから託された。 先ほどの力はその一端、【刻の書庫アーカイブ】じゃ」



 理解が追いつかない説明に絶句していると、とんでもないオチをダインが口にした。


「じゃが……膨大すぎる量ゆえ、全てを理解し使いこなすのに……そうじゃな、はやくても三千年はかかる」

「おいィィィーーーーッ !! 」


 ダインはオレの反応を見て大笑いしている。こいつ……絶対に楽しんでやがるな!


「オーホッホッホ、儂もびっくりしたわぃ。 数々の後継者と出会ったが、人間なんて初めてだったからの。 まぁ、あんなことが起きたのなら仕方あるまい。 じゃがのクロムよ、お前は正式にダインスレイヴに選ばれたのではなく、あくまで代理人じゃ。 あんまり気張らんで良い。 いつか、レオに返すこともできるじゃろうて」


 は !? ……今なんて言った?


 オレはダイン胸ぐらを掴み、問い詰める。


「レオに返すってどういうことだ !? アイツはオレの目の前で死んだッ、もう返すことなんて無理なんだよ! 」


「たしかに肉体は滅びた。 じゃが、魂はこの中にある。 あらゆる可能性を秘めたダインスレイヴをもってすれば、肉体の復活は不可能ではない。 といってもその方法を知り実現させるのは至難の業、お主ひとりでは無理じゃ。 助けがいるじゃろうて」


 ダインの言葉をしっかりと受け止め、ない頭で考えた末、レオの言葉を思い出す。


 レオは人を探すよう頼んだ、たしかベリルって妖精だ。

 妖精といえば記憶の旅で疑似体験した金髪碧眼の尖り耳の美少女が思い当たる。もしあれが二つ名の英雄ベリルなら、この世界では禁忌である肉体の復活の鍵を握る唯一の存在かもしれん。

 もしかしたらレオはこの可能性を考えて頼んだのかも……レオを失った悲しみで落ち込んでいたオレの心に、希望の光が差す。


「ダイン、この力を引き出すにはどうすればいいんだ?」


「それは簡単、強く願うことじゃ。 お主が望めばダインスレイヴはこたえてくれる。 ただし、悪意ある願いには罰が下るからのぅ。 お主の心は染まりやすい、それを努努ゆめゆめ忘れるでないぞ? --あ、そうそう。レオに頼まれておったことを忘れておった。 少しの間だけじゃが、儂が力を解き放ってやろう。 この後の試練を乗り越えるために必要じゃて。 ……ではまた会おう、クロム・ロックウェルよ」


 そういって、ダインは姿を消すと明鏡の美しい世界にヒビが入り、オレを元いた場所へ送った。



 目を開けると見慣れた風景が目に入る。


 ……ここは三層か、どうやら意識を取り戻したようだ。 近くには相変わらず毒霧がエリアを侵食している。

 気がつけば右手には神器ダインスレイヴを握りしめていた。 ダインスレイヴから心臓の鼓動の様なモノが伝わり、力がみなぎってくるのを感じる。

 オレは内側から湧き上がる本能のまま、切っ先を毒霧へ向けて一言呟く。


「……小太陽ソルパルヴス


 切っ先から小太陽ソルパルヴスが発射されると、毒霧の彼方へ消え去る。

 --瞬間、激しい閃光とともに熱波発生し、毒霧が飲み込まれる。

 ものの数秒でエリアを侵食していた毒霧は全て消え、道が開けた。


 --おいおい、マジかよ。


 簡単に技を発動できたことに驚いたが、 全身を万能感が支配し上手くシンクロしていることだけは理解できた。

 ダインが力を解き放ってくれたおかげなのだろう。 あらためてダインスレイヴの凄さを実感する。


 吹き抜けまで足を運び上を見る。 まだ地上まで五十メートルほどあるものの、なんとなく行けそうな気がした。……そう考えていると、頭の中で囁きが聞こえてくる。


 君ならいける、勇気をだして……


 --レオの声だ。 オレは友の声に従い思い切ってジャンプする。 人間の跳躍力を遥かに超える跳躍でグングン高く飛び上がり、オレはあっという間に地上へ辿り着いた。



 地上は思ったよりも穏やかで静かだった。 山間に作られたインフェルノは、時間によって様々な方向から風が吹き荒れる。 昼を回るこの時間なら、上昇する暖かい風が吹いているはずだ。 なのに風を感じないのはおかしい。

 となると、誰かが意図的に環境を整えている可能性がある。

 そう考えていると、予想通り犯人が現れた。


「あら、思ったより早かったわね」


 話しかけてきたのはレオの部屋で会った美女、ヴィラ・エクソダス本人だった。

 萎びた三角帽子とタイトな黒いローブが魅惑的な雰囲気を醸し出している。

【月蝕の魔女】と呼ばれる二つ名の英雄。 ……そしてレオを毒殺した女。


 心の奥底で憎しみの炎が激しく燃え上がり、全てを焼きつくそうとする。 しかし思い留まる。

 レオと約束したのだ。 オレはこの女を殺さない。 だからこの思いに身を委ねることはない。

 だが、ヴィラに会ったら絶対に聞かなければならないことがある。 オレはそれを聞いた。


「レオは死んだよ。 ……何か言うことはあるか?」


 オレの問いに、ヴィラは俯き三角帽子の影に隠れた。 悲しんでいるのか、喜んでいるのかよくわからない。


「……そう。 いつかあっちにいったら、毒無しのスイーツでもご馳走するわ」


「いまから何を御馳走するか考えておけ。 お前はここで捕縛し、インフェルノに収容する」


 そういってダインスレイヴを構えるオレを見たヴィラは、高笑いを添えて皮肉で答える。


「劣等種である人間如きが、二つ名の英雄であるワタシを捕まえるですって !? 面白い冗談ね、蟻が象に勝てるとでも? 」


「レオは死ぬ間際まで、お前を心配してたよ。 こんなことをするには、なにか理由があるとな。 そしてお前を憎まないで欲しいと頼まれた。 ……だからお前は殺さない。 ありがたいと思え」


「あらあら、お優しいこと。 本当は相手してあげたいけど、大事な予定が入ってしまったの。 ……だ、か、ら、貴方の相手はこの子がするわね」


 そういってヴィラが美しい曲線美の腰を曲げ地面へ手をつけると、巨大な魔法陣が現れる。

 魔法陣から姿を現したのは、分厚い上顎とそこから生える鋭い牙。 捻れた角は雷輝を纏い、巨大な四肢が大地を震わす。 アストライオス大陸の中で最強の生物と言われる存在、ドラゴン。

 ドラゴンはオレを睨むと、凄まじい咆哮を浴びせる。

 こんな状況でもオレの心は穏やかだ。

 なぜなら、ダインスレイヴを強く握りしめるとレオを感じるから。

 そして、目の前に立ち塞がったドラゴンへ向かって走り出した。


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