第10話 プリズンブレイク


「--いま助けてやるからな! 」


 オレは躊躇なくレオの口の中へ指を突っ込み、胃の中に入っている毒物を吐き出させた。 地面へ落ちた嘔吐物は、燃え上がり緑煙へと変化する。

 原因はおそらく、あの女が持ってきたお土産のパンだろう。

 目的はレオの暗殺? 同郷の友人がなぜ? 二人の関係に詳しくないオレが考えてもわかるわけがない。 オレに出来ることはレオを介抱することだけだ。


 とりあえず水を与え様子を見たが、症状が良くなることはなかった。

 うわ言で何か呟いていたので耳を傾けると、「う、え……いりょう……」と聞こえたので記憶を探る。

 そういえば以前怪我をした時、地上に囚人を治療する医療施設へ運ばれたことを思い出した。

 高度な医療機器が置いてあり、医者も居たはずだ。 彼処で治療すれば良くなるかも知れない。 ここからだとかなり距離があるが善は急げ。

 オレはレオに部屋から連れ出すことを伝える。


「医療施設まで連れて行ってやる。 少しの辛抱だ、頑張るんだぞ」

「う……うん、 気……をつけてね、きっ……と、ゴホッ……ヴ……ゲホッ」


 レオを優しく抱き上げ、地上にある医療施設へと急ぐ。


 部屋から長い通路を一直線に進むと、大きな広場へとたどり着いた。

 上を見ると小さい穴からポツンと青空が見え、太陽の光が少し差し込んでいた。

 ここは怪物の口ヘルマウスと呼ばれる吹き抜けの大広場だ。 レオの部屋を訪ねるとき必ず通る場所なのでいままで気にしたことはなかったが、焦りからか本当に怪物の口の中にいるような閉塞感を感じて落ち着かない。

 ここから地上へ出る道は、壁際に作られた巨大な螺旋階段を登るしかない。 エリアは全部で八層あり、一層ごとに大勢の看守が層を隔てる鋼鉄の門を守っている。


 事情を話せば上へ連れて行ってもらえるだろうが、説明していたら間に合わないかもしれない。

 だからオレは強行突破する事に決めた。

 半年前なら無謀な試みだと思い留まるかもしれないが、レオとの特訓のおかげで実力をつけた今なら、突破できる自信はある。

 かなりの規則違反や破壊行為に手を染めることになるので、数ヶ月は独房行きになるだろう。

 だが、レオさえ助かるなら後でどうなろうと構わなかった。


 覚悟を決めたオレは、一気に駆け上がるために力を解放するため構える。

 しかし、それを遮る声が、陽の当たらない影の中から聞こえてきた。


「おはよう、クロム。 こんなところで会うなんて奇遇だね。 何処にいくんだい?」


 現れたのは同室のエリック、いや殺人鬼エリック・ボールドウィンだ。

 左手にはフォークを握り、不気味な笑顔でこちらの様子を伺っている。


「お前こそ何してんだ。 いまは刑務作業中だろ。 ……なんでここにいる?」


 レオの部屋の出るとき確認していたので、時間は覚えていた。 いまは午前十時過ぎぐらいだろう。

 この時間、囚人達は看守の監視の元、刑務作業を行っているはずだ。

 作業中はトイレに行くこと以外、外へ出ることは出来ない。 もしトイレだとしても、看守二名を連れ立っているのがルールだ。 なのにコイツはでここにいる。


 ……ッ! 身の危険を感じ後方へ飛び退く。

 すると、エリックがオレのいた場所にフォークを突き刺していた。 飛び退いていなければ刺されていただろう。

 オレは襲いかかってきたエリックに怒りをぶつける。


「--一体どういうつもりだ! ネジの一つや二つ外れてるとは思っていたが、この状況を見て襲いかかるってことは……テメェ、何か知ってんな? 」


「フフッ、ここ最近の君の変化には驚いたよ。 雰囲気が柔らかくなり、怒ることも少なくなった。 なにより悪夢にうなされることがなくなった。 不思議な匂いがするあの袋のお陰かな? でも、私は君が悪夢にうなされてる姿を見るのが好きだった、あの声が心地よかった。 それもこれも君が抱いてるソレが原因なんだろ? だから消してあげようかと思ってさ」


 狙いはレオか! つい抱きしめる腕に力が入り、レオのうなり声が微かに漏れる。

 日常の変化に伴い、エリックが何も言って来ないのが不思議だったが、そんな気持ち悪いことを考えていたのかと思い頭にくる。

 そしてエリックの続く言葉を聞き、オレの鼓動が激しく震えた。


「今日、彼女から事情を聞いて私は思いついたんだ。 君をソレから解放させるためのパーティを開こうって。 だから彼女にも協力してもらったんだ。 みんな参加してくれたよ、嬉しいだろ」


 そう言ってエリックは、大袈裟な動きで両手を掲げると、八層エリアにある全ての牢屋の扉が開き、ゾロゾロと囚人たちが現れ始める。 ゆうに百人はいるだろう。 オレたちを取り囲むように現れた囚人は、帝国で凶悪な事件を起こした犯罪者達。 全員が殺気を纏いオレたちを睨む。


 オレは周囲を見渡し、こういってやった。


「パーティにしては多すぎやしないか? 少し数を減らしてやるよ! 」


 軽い冗談とは裏腹に、オレは【破壊の権化ジャガーノート】を発動し周囲にいた囚人達を容赦なく吹き飛ばした。

 吹き飛ばされた肉塊が、後ろに控えていた囚人たちを雪崩式に薙ぎ倒していく。

 ひとりだけ耐えたエリックが襲いかかってきたが、フォークの突きに合わせる形で、後ろ回し回転蹴りを顔面に食らわせ、ぶっ飛ばしてやった。


「--だいぶ減ったな。 わざわざ開催して貰って悪いんだが、用事があるから失礼させてもらうぜ。 じゃあな、クソ野郎ども」


 唖然としている囚人たちにそう吐き捨て、七層へ繋がる階段を軽快な足取りで上がる。 もちろん、邪魔するヤツは容赦なくぶっ飛ばす。


 七層へ繋がる鋼鉄の門までたどり着くと、そこには大勢の看守たちがいた。

 囚人たちが解放されて脱獄しないよう、門を守っているのかと思ったらなにやら様子がおかしい。

 よく見ると全員呻き声を上げながらウロウロしている。 明らかに正常ではない。

 ……ふと脳裏に、あの黒髪の美女の顔が浮かび上がる。


「もしかして、あの女の仕業か? お前だけじゃなく、こんな大勢の人間巻き込みやがって。 いくらなんでもやりすぎだろ……レオ、お前を救ったらあの女とっ捕まえて、ヒィヒィいわせるけど、いいよな? 」


 怒りが爆発しそうになるのを我慢する。

 とにかく今は、レオを医療施設へ運ぶことが先決だ。 その邪魔をする者は誰であろうと容赦はしねぇ。

 オレは囚人達にも食らわせた波動を放ち、看守もろとも門を吹き飛ばした。


 順調に三層までたどり着いたオレたちの前に、厄介な問題が降りかかった。

 門くぐり少し進んだ辺りから、レオが吐き出した嘔吐物とおなじ色の霧が充満していたのだ。


「毒霧エリアまで作るとは用意周到だな。 ちょっと好きになってきたぜ、あの女」


 視界を塞ぐほどの毒霧がオレたちの行く手を阻んでいる。 入ったら一巻の終わりだろう。 あの女はどうしてもレオを死なせたいらしい。

 オレはレオを入口付近へ優しく降ろすと、毒霧の方へ歩みを進める。

 胸の前で手を合わせ、少しずつ開きながら両手から振動を一定量ぶつけ続けた。


 これは破壊の権化ジャガーノートの二つ目の能力、共鳴だ。

 ぶつかり合うエネルギーにより生み出された力で様々な効果を発生させる。 レオと話し合って編み出した新たな能力だ。

 振動のバランスを取るのが難しく、高い集中力が必要なため、波動より難易度が高い。

 指を曲げ両手で丸を作りながら、共鳴の技のひとつ、熱運動の球(略して熱球)を生成する事に成功する。 高密度の熱球は赤白く輝き、まるで小さな太陽のように見える。


「いけ! 共鳴のろく小太陽ソルパルヴス】!」


 凄まじい音を立てながら毒霧へ向かって飛んでいく。

 小太陽ソルパルヴスが毒霧へ飛び込む瞬間、毒霧の中から放たれた何かが小太陽ソルパルヴス__#に突き刺さり爆発を引き起こした。

 不意をつかれたオレは、爆発によって生まれた衝撃波に吹き飛ばされ、レオが寝ている近くの壁に叩きつけられる。 背中に激しい痛みが走り、思わず顔が歪む。


「まったく、面倒をかけさせないでくれ。 主役が抜け出すなんて、非常識だと思わないのか?」


 聞き慣れた嫌味が毒霧の中から聞こえてきた。 振動の盾のお陰で打撲程度に済んだオレは、立ち上がりながら言い返す。


「テメェには、ご退場頂いたはずだろ。 しつこいんだよ、クソ野郎!」


 現れたのは長身痩躯の男。

 体の周りに紫色のオーラを纏い、不気味な笑顔を貼り付けた仮面を被っているが、その正体は間違いなくエリックだ。

 姿を見てオレは理解する。

 ……エリックは能力者だ。 なんの能力か知らないが、オレの蹴りをまともに食らっても無事なのは能力者の証だ。 手応えがあったのにピンピンしてるのを見て少し腹が立ったが、それよりも気になることある。

 毒霧の中から出てきたと言うことは、コイツに毒霧は効かない。 もしかして毒霧を作ったのはコイツなのか? そんなことを考えていると、エリックが舞台役者が言いそうなセリフを言い始めた。


「いま、インフェルノを支配しているのは混沌。 囚人は自由を手に入れたのに逃げずに殺し合いを始め、看守は意識をなくしたのに操り人形と化して働いている。 クロム……結局私たちは己の運命から逃れられないのだよ。 だから私も己の運命を受けいれ、最後まで堪能することにしたのさ。 ひとりでも多くの死を見届けて、最後は私も神の元へ行く! ……そしたら次は神を殺そう。 神はどんな叫び声をあげるだろう……楽しみだよ」


 完全に頭がイカれてやがる。 オレの蹴りで頭でも強く打ったのか元々なのか知らないが、邪魔するなら容赦はしない。

 オレは気合を入れ臨戦態勢を整えると、エリックの言葉を無視して襲いかかった。


 渾身の波動を込めた右拳を顔面へ放つ。

 だが当たる寸前、何かに拳を止められた。

 止めたのは、蛸の足のようなヌメっとした触手だ。

 拳は触手に付いている吸盤に当たっている。 もしかしてこの吸盤が波動を吸収したのか?

 一体どこから……そう思いエリックを見ると、手が触手に変化していた。

 エリックの不気味な姿に、一旦距離をとろうとしたが拳が離れない。

 吸盤に捕らえられたまま持ち上げられると、地面へ叩きつけられた。 衝撃と共に口から吐血する。


 何度も何度も地面に叩きつけられ、意識が飛びそうになる。

 タイミングを見計らったオレは、上に持ち上げられたときに触手を挟み込むように波動を放ち、エリックの触手を吹き飛ばすことに成功する。

 危険な触手の追撃を逃れるために距離をとる。


「クソっ、なんだアイツ。 化け物みたいになってんじゃねぇか」


 エリックは手足全てが触手に変化し、鞭のように地面を叩いている。 数は八本。 マジで蛸みたいだ。


 エリックの変化に戸惑うも、まずオレは自分の置かれた状況を考える。

 波動による攻撃はあの吸盤とは相性が最悪だ。 挟み込むことで破壊は可能だが、腕の数に差があり過ぎる。

 エリックを観察すると触手の至る所に吸盤が張り付いているのが見えた。 もしかしたら胴体にもあるかもしれない。 その場合、顔以外の攻撃がすべて吸収される可能性がある。

 振動を利用した斬撃はあるので、それを使って戦うことにしよう。


 次は体の状態を確認する。

 頭がクラクラしたが、思ったほどダメージはないようだ。 これなら充分戦えるだろう。

 そう思い、エリックに戦いに挑もうと一歩踏み出そうとしたオレの身体に異変がおきる。


 ……アレ? なんだ、力が入らない。

 おいおい、どうなってんだ。まずい、不味いぞ!


 突然の脱力で膝から崩れ落ちたオレは、地面へ突っ伏した。 頭上から声が聞こえてくる。


「どうだい、私の能力【空虚ヨグソトース】の味は。 いい具合に脱力しているね。 まるで陸に打ち上げられた魚のように、無力感に苛まれるだろう?」


 エリックの言う通り、体の脱力感と共に心が無力感に苛まれていく。

 これがエリックの能力か……なんとかしないと……。

 そう考えはするものの、何もできず、そして考えることすらできなくなっていく。


 エリックはオレを素通りし、門に寝ているレオの首根っこを掴むと、オレの元へ連れてきた。 レオは寝ているのか、身動きひとつしない。


「クロム。 君に希望を与えたであろうこの子供を、今から君の目の前でバラバラにする。 そしたらまた絶望に落ちてくれるだろ? あの時、死にたがりに興味は無いと言ったが……実は嘘だ。 私は人が絶望に落ちるところを見るのが大好きなのさ。 一度絶望を味わった人間は、二度と落ちたくないと必死に足掻く。 足掻いて足掻いて足掻いた先で、二度目の絶望に落ちた人間の顔は、とても醜くも美しいのさ。 そして瞬間に殺す時だけ、私の心は満たされる。 君は私の心を満たすためだけに生かされている玩具なんだよ、クロム・ロックウェル」


 エリックの口から涎が滴りオレの顔を濡らす。

 目は虚ろになり喜悦に満ちた笑顔の殺人鬼は、今からオレの目の前でレオを殺そうとしている。

 でも、オレにはなにもできない。 助けたくても、助けられない。

 ……ごめん、また助けられなかった。


 絶望の涙が頬を伝った。 それを見たエリックが感嘆の声をあげる。

 あの時と同じ残極なショーが開始されるのを見ているしかないオレの瞳に、希望という光が差し込み聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「まったく、君は世話がかかるなぁ」


 眠っていたはずのレオが優しく微笑んでいる。 その表情は信じられないほど美しく、輝きを放っていた。

 小さな体を包み込む黄金色のオーラは、オレなんかとは比べ物にならないぐらい強大で神々しい。 まるで神が降臨したのかと思えた。

 その姿にエリックも目を奪われている。


「卑しき者よ、消え失せろ。 我はラーとバストの子、黄金の獅子にしてアギトの王、レオリオン・ラーハーツなるぞ」


 掴んでいたエリックの手は弾け散り、絶叫をあげる暇もなく吹き飛ばされ毒霧の中へ呆気なく消えていった。


 ゆっくりと地面へ降り立ったレオは、オレの体に触れオーラを送る。

 するとあれだけ力が入らなかったオレの体が活力を取り戻し、動けるようになった。

 オレは感謝の言葉と共にレオを抱きしめる。 元気になって嬉しいのもあるが、本当は泣き顔を見せたくなかったからだ。

 だが、見破られていたようだ。 オレの頭を撫で「もう大丈夫だよ」と声をかけてくれた。

 落ち着いたオレに、レオが優しい声色で語りかけてきた。


「クロ、ここまで運んでくれてありがとう。 実は君にお願いがあるんだ。 力になってくれる? 」


 命の恩人の頼みなら、どんな事でも引き受ける覚悟だ。 オレは膝をつき敬意を表す。


「あぁ、オレに出来ることがあればなんでもいってくれ。 お前の為なら心血を注ぐと、ここに誓おう」


 レオは少し寂しそうな表情を見せた後、オレの瞳を真っ直ぐ見据え、願いをいった。


「ボクはもうすぐ死ぬ。 その前に君に受け取って貰いたいものがあるんだ。 名は【ダインスレイヴ】。 ボクの力、ボクの心、ボクの全てを君に託す」

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