第28話 真実を知る時
吾子は気づくと白虎様の家の自分の部屋にいた。
(確か、あの時……)
小虎に噛まれた、右足のふくらはぎが少し痛い。
布団から体を起こすと、小虎がばつの悪そうな顔をしながら近寄ってくる。
「吾子、悪かったな。いきなり噛んでしまって」
その言葉に吾子は、
「そういえば、なぜいきなり噛んだの?」
吾子の言葉になんと言って答えればいいのか……小虎は悩む。
「その、狛様から言われて……」
しどろもどろに答える。
「狛が?」
吾子は気を失う前の状況を思い出す。
(確か、村人の話しを聞こうと、入口の障子で聞いていたら、かかさまを殺した人達だってわかって……そのあと?)
狛は、抑えろ、と言った。
(何を、抑えろ?)
小虎は考えこむ吾子を見て、
「狛様を呼んできます」
と話す。小虎は器用に障子を開けると部屋を出て、隣の部屋に行くとすぐに狛と一緒に部屋に戻ってきた。
「あこ、目が覚めましたか?」
狛の声を聞いて、吾子は挨拶も返さずに、
「狛、あの時、抑えろ、と言った意味はなに?」
今疑問に思っていることを聞くと、狛は一瞬はっとした表情をしたが、
「いえ、何も言っていませんよ?」
といつもの顔に戻り、吾子の言葉を否定する。
吾子は驚いた顔をしているが、狛は気づかないふりをして、
「そろそろ、食事の準備の時間です。準備してもらえますか?」
「もうそんな時間?急いで準備します」
吾子は布団から出ると、少しだけ痛む右足に手をあてながら、
「いたいの、いたいの、とんでいけ」
と小虎から教えてもらった言葉を呟き、傷が消えたのを確認して厨(くりや)に向かう。
狛は複雑な表情で吾子の動きを見守っていた。
夜の食事の時、いつもと雰囲気が違っていることに吾子は気づいた。
話しをしながら食べるのは変わらないのだけどなんだか上の空で話しが続かない。
白虎様が険しい顔をして食事をしているなんて、ここにきてから初めてで、戸惑いながら食事を終える。
食後にみかんを食べるけれども、話す雰囲気ではなく、ただみんな黙々と食べている。
沈黙の続いた後にふいに白虎様が、
「あこ、話しがある」
白虎様の言葉に、狛も小虎も真っ青になっている。
吾子はただ1人白虎の言葉に頷いていた。
「どこから話すか……」
白虎様が話のきっかけをどう作ろうか悩んでいる様子が見える。
吾子はどんな話しをされるのか見当がつかないので、じっと白虎様が話すのを待っている。
白虎は深呼吸をしたあと、
「あこ、前に村に行く途中で眠くなったことがあっただろう?」
吾子は頷く。それは確か、3年程前に悪い村人をかかさまと同じ目に合わせようとした時のこと。
「牢の前で気が付いた時のことですよね?」
白虎は頷く。狛も小虎もただ黙って俯いている。
「そういえば、あの時、なぜ眠くなったのかな?」
吾子はその時のことを少しずつ思い出している。
「……その時、かかさまがあこの体に乗り移ったのだ」
白虎の言葉に吾子は戸惑い、
「白虎様、意味がわからないです……」
と話すと、白虎はため息をつき、
「あこ、これから話すことはかなりの衝撃を受けると思う。だが、少しだけ話そうと思う」
そう聞いて、吾子は居住まいを正すと、
「あの日、あこは眠くなった時にかかさまに乗っ取られた。そしてそのまま村に入り、以都(いと)がいる牢にみなで行ったのだが……その時に、かかさまの声で以都に話しかけると、地面から炎が上がり、あっという間に以都は炎に包まれ、助けることもできずに死んでしまったのだ」
吾子は驚きで言葉が出ない。ただ、目を見開き、白虎を見つめることしかできない。
「今日、かかさまの墓参りに行った時、以都の仲間の男性達がいたな?」
吾子は目を丸くしたまま頷く。
「あの家の近くには、かかさまの墓があり、もしかしたら、またあこにかかさまがのりうつるのではないかと思い、狛はとっさに怒りを“抑えろ”と言ったのだ」
「なぜ、私が怒ると、かかさまが乗り移るの?」
白虎はちらと小虎を見ると、
「小虎と話した結果なのだが……」
白虎は呼吸を整えると、
「あこの感情が大きくなると、あこの周りだけ、空気が揺らぐようでな。それが隙となり……誰かに乗り移られることが容易になる」
吾子は白虎の話している言葉が半分理解できずに首を傾げる。
「あこにとっては難しい話しだな。うーん、そうだな、あこが、怒ったり泣いたりした時に無意識のうちに心の中に隙間がうまれて、その隙間に悪意を持った亡霊があこの心の中に入り込み、その亡霊たちがあこの体を使って生きているときにできなかったことをやろうとする」
白虎はここで一息つくと、
「これでも難しいな。うーん……かかさまが生きている時に、以都達に暴力を受けていたのは知っているな?」
吾子はその時を思い出しながら頷く。
「かかさまは、その時から、以都達を憎く思い、そのまま亡くなってしまう。恨み、憎しみをもったまま亡くなったかかさまは、あこが村人への怒りを持っているのを感じると、以都に仕返しをする機会だと思い、あこの体を使って復讐をしたのだ」
その時、ふいに誰かの手が背中を撫でているのに気づく。
「あこ、深呼吸をしてください」
と狛が話しかけてくる。吾子は衝撃のあまり、息が止まったままのようだった。
何度か深呼吸をしたあとに白虎に、
「その、体を乗っ取られる、というのは誰でもなるの?」
「誰にでもできることではない」
「私はできるの?なぜ?」
その言葉に白虎は俯くとためらいがちに口を開くと、
「……最初にかかさまに乗り移られた時に、小虎に確認したところ、巫女としての素質があると」
聞きなれない言葉が聞こえたので、白虎に
「あの、巫女とは……?」
「ああ、そうだな。説明をしないとな」
白虎はしっかりと吾子を見つめると、
「簡潔な言葉で表すのなら、神の使い、だな」
「神の使い?」
「そうだ。我はこの久知国(くちこく)の守り神だと知っているな?」
それは白虎様と会ってから、かかさまに何度も聞かされていることなので頷くと、
「村人に言葉を伝えたい時に神は巫女の体に乗り移り、言葉を伝えるのだ」
「……白虎様は吾子に乗り移れるの?」
白虎は頷く。
「そうだ。村人に話したいことをあこの体を使って、話してもらうのだ」
「乗り移られた時、復讐しないこともあるの?」
「そうだ。ただそれは修行をした人間のみが行えることなのだ。それに、巫女は呪術も使える。あこが小さい時、狛の傷を治したことがあっただろう?」
吾子は頷く。小虎に教えてもらった言葉を唱えると、傷が治るのは今でも変わらない。
「それも巫女としての力なのだ」
「巫女としての、力……」
吾子は呆然としながら、白虎の言葉を反芻している。
そんな様子の吾子を見た白虎は、
「話が長くなったな。あこ、今話したことはすべて忘れてくれ。明日からも普段通りに笑って1日を過ごそう」
そういうと白虎は布団の敷いてある場所に行くと、横たわり、目を瞑ってしまう。
吾子は白虎の言葉を反芻しながら、狛の手助けを受けながら皿を片付け、1人厨に向かっていった。
厨で皿を片付けながら吾子は、白虎との会話を思い出している。
もう少し話しを聞きたかったが、白虎様は話したがらなかった。
(狛なら教えてくれるかな?)
そう思った吾子は急いで片付けると小虎と一緒に狛の部屋に向かった。
狛の部屋の前に行くと灯りがついているのが見えたので、一息つくと、
「狛、起きていますか?」
と障子越しに話しかけると部屋の中から狛の声が聞こえ、障子を開けてくれた。
「あこ、どうしました?」
狛の声はいつもと同じ、優しい声で吾子に用件を尋ねてくる。
吾子は思い切って、
「白虎様と話していたことで、その、もう少し聞きたいことがあって……」
その言葉に狛は緊張感を漂わせ、しばしの沈黙のあと小虎を見ると、
「寒いでしょうから、中に入ってください」
と伝えた。
狛の部屋の真ん中あたりに狛と向かい合うように座ると、
「あの、白虎様が言っていた、巫女のことなのですが……」
狛はちらと小虎をみる。
「吾子、それは私から答えよう」
吾子は不思議に思い、
「なぜ、小虎が知っているの?」
その答えは狛が伝える。
「小虎もまた、神の仲間だからだ」
吾子は驚き、小虎を見ると、
「どういうことなの?」
小虎は吾子を正面から見える位置に座りなおすと、
「私は大陸をお守りになっている麒麟様の使いでございます」
「大陸、麒麟様……?」
聞きなれない言葉に吾子が戸惑っていると、
「久知国(くちこく)以外に3つの国があります。この4つの国がある大地を大陸と呼び、それぞれの国に白虎様のように国を守る神がいます。麒麟様は4つの国を守る神です」
「白虎様とは別の神……」
吾子が呆然と呟く言葉を聞きながら小虎は話しを続ける。
「巫女とは、神の言葉を伝える人間のことです。神が守っている大地に異変が起きそうだと思った時に巫女の体を使ってその国の村人に伝えるのです」
「どうして異変が起きるのがわかるの?」
「神は少し先のことが見えています。それによって、異変が起きるだろうと伝えるのです」
吾子が頷いたのを見て、小虎は話しをすすめる。
「久知国以外の3つの国には巫女がいますが、この国には長らく巫女はいません」
「久知国に異変があった場合、誰にも伝わらないの?」
「はい。ただ、偶然なのか、これまで久知国は大きな異変はなく穏やかなまま時をすごしています」
吾子は考え込む。
「麒麟様としては、巫女の誕生を心待ちにしています。それは国の異変を伝えることで国が荒れることがなくなるからです」
小虎の話すことに納得できる吾子は頷く。
「ただ、白虎様は吾子が巫女になることを反対しています」
「なぜ?」
「神の言葉を告げる時に、吾子が神から託されたと言っても誰も信じないでしょう。一度は白虎様を祀る祠に村人を集め、白虎様を乗り移らせ、白虎様の言葉を伝えることをしないといけません。それを白虎様は拒否しておられます」
白虎の考えがわからず吾子は首を傾げる。
「吾子は容姿の違いで村人から暴力を受けていたので、神の言葉を伝える時に村人の前に立つことなんてさせたくない、と拒否しているのです」
国の異変よりも、私のことを考えてくれている白虎様の言葉に涙が零れてくる。
「白虎様は吾子を巫女にしたくないのは、それが一番の大きな理由なのです。だから、巫女としての素質が開花しないでほしい、と白虎様は願っていて、狛様も私も、辛いことがないように、日々を幸せに過ごしてほしいと思っているのです」
みんなの優しい気持ちに触れて、吾子は号泣した。
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