第27話 墓参り

 かかさまが亡くなり、吾子が白虎の家にきてから3年が経とうとしていた。

 

 暖かな弥生月の日差しの中で狛は吾子と小虎が遊ぶ様子を見ながら、吾子がこの家にきた時のことをぼんやりと思い出していた。

 初めて会った時、3年前は背丈が3尺(約90センチ)もなかったように思うが、今は4尺(約120センチ)ほどになり、骨が見えて痛々しかった体も、今は骨が浮き上がらない程度には肉がついてきており、村人から受けていた暴力の痕も見えなくなってきている。

 暗かった表情もどんどん明るくなり、幼いしゃべりをしていたのがしっかりとしゃべり始め、白虎、小虎、狛を笑わせることも多くなった。

(今の状態は白虎様が願っていたことだ。このまま巫女としての素質が開花しなければよいのだが……)

 ぼんやりと考えている狛に吾子が突然、

「狛が今度は鬼の番です!」

 と言い出した。

「いや、何を言っているかわからないのだが……」

「足元みて!鬼の小虎が狛を触ってるでしょ?」

 言われて足元を見ると、地面に伏せた小虎が狛の顔を笑いながら見上げ足元を触っていた。

「まて、俺は鬼ごっごに加わっていないのだが!」

 狛は顔を上げ吾子に抗議するが、

「2人だけだとつまらないです!みんな仲良く遊ぶのです!」

 と言って広い庭を走り出していく。

「いや、ほんと、ちょっと待って」

 狛は仕方なしに吾子と小虎を追いかけ始めた。

 

 吾子と小虎を捕まえると鬼ごっごが終わる。狛は

「今日はかかさまの墓参りに行く日ですから、準備をしましょう」

 その言葉に吾子は頷くと、

「準備します!小虎行こう!」

 と吾子と小虎が走りながら部屋に戻る姿を見送ると、狛もゆっくりと家の中に入っていった。


 吾子は部屋に戻ると、布団の枕元に置いている風呂敷の包みをほどく。

 その中には白虎と狛が、かかさまに贈った梅と桜の刺繍が入った着物が入っている。

 吾子は毎月の恒例となっている、志呂の墓参りに行く日だけこの着物を着る。

 着物はまだ大きいけど、腰のあたりの布を重ねて紐で結わいてしまえば何とか裾を引きずることなく歩ける。あとは、吾子が自分で作った反物に梅と桜の刺繍を入れた紐で髪をくくれば吾子の支度は終わる。

「小虎!」

 その声に吾子の近くに寄ると、吾子が髪をくくったのと同じ反物に同じ刺繍をいれた幅広の紐を首に緩く結ぶ。

「準備完了です!」

 その瞬間に障子の向こうから狛の声が聞こえる。

「あこ、支度は終わりましたか?」

「はい、終わりました!今いきます!小虎、行こう!」

 小虎に声を掛けて部屋を出るために障子を開ける。

「お待たせしました!」

 狛はあこの着物を見て目を細める。

「よく似合っていますね。かかさまも喜ぶでしょう」

 狛の目にはうっすらと涙が見える。それにつられて吾子も泣きそうになる。

「では、行きましょうか。白虎様がお待ちになっています」

 狛の言葉に頷くと、3人は真剣な顔になり玄関に向かって走っていった。


「やった!今回も1番です!」

 いつの日からか、誰の発案なのかは忘れたが墓参りに行く日、玄関まで誰が1番早く着くか競争する日になった。

 負けた人の罰は勝った人の仕事を1つ請け負うことだ。

「あこは早いな」

 玄関に悠然とたたずむ白虎の言葉に吾子は得意げな顔になる。

 もちろん、狛も小虎も負けるようにわざとゆっくりと走っているのだが、それは吾子が知らなくてもいいこと。

「今日の仕事は……行きながら考えます!」

 いたずらっ子のような笑顔を浮かべる吾子に白虎も小虎も狛も暖かく見守っている。


 外は青空で、寒さが和らいでいて、道の雪も半分以上はとけてぬかるんでいる。

「着物、あとでちゃんと洗わないと」

 吾子はぬかるんだ道の泥に気をつけながら歩く。

「白虎様と小虎は家に入る前に布で足を拭かないと家にいれませんからね!」

 その言葉に白虎と小虎は顔を見合わせ、笑う。

 狛は遠い目をしながら、

「あこ、俺の着物の心配はしてくれないの?」

 その言葉に吾子は狛を見ると一言、

「自分で洗ってください!」

 とだけ言う。狛はがっくりと肩を落とし、その様子を見て白虎と小虎は笑う。

 笑顔の絶えない4人の日常の光景だった。


 和やかな雰囲気のまま、かかさまの墓が見える所まできたが、なぜか3人の男性が座り、お参りをしているような光景が見える。

 狛はそのうちの2人に覚えがあり、とっさに吾子を背に庇う。

 いきなり狛が目の前にきて、吾子は不思議に思い、

「狛、どうしたの?」

 その声が聞こえたのか、3人の男性は驚いた顔をしてこちらを向く。

 小虎は何かを感じたのか、低く唸り声をあげ、威嚇をしている。

 白虎も狛にどうしたのか、と視線向けてくるので狛は極力小さな声で

「以都(いと)の仲間です」

 と告げると白虎は忌々しい気持ちで男性達を睨みつけた。

「あこは小虎とここにいてください」

 狛は背中にいる吾子に声を掛け、頷いたのを確認すると、

「白虎様、一緒に行きましょう」

 白虎は頷くと狛と一緒に男性達のもとに向かって歩いて行った。


「うわぁ、白虎様だ……」

 3人とも白虎が見えているらしく、そのまま腰を抜かして地面に座り込んでいる。

「ほお、我が見えるとは嬉しいことだな。そういえば、お主は前に会っているな?」

 白虎は獰猛な笑顔を浮かべて1人の男性を見る。

 見られた男性は、歯の根があわないほどにがたがたと震え、

「は、は、はい……!」

「おお。今回は話せるようになったか?では、目的を聞かせてもらおうか?」

 白虎の雰囲気が変わり始めたのを見た狛は、これ以上やると、気を失うよな、と思い、

「白虎様、落ち着いてください。あとは俺が話しを聞きますから」

 その言葉に白虎はふん、と言ったあと、

「しかたないな。気を失われても困るしな」

 と言うと一歩引いて場を狛に預ける。

「とりあえず、吾子の住んでいた家に行きましょうか?立てますか?」

 その言葉に白虎は男性達を睨みながら低い声で、

「立てなかったら、我と小虎で体をくわえてやるから大丈夫だ」

 その一言に、3人ともびくとも動かなくなった。

「めんどうな奴らだ」

 白虎はぶつぶつ言うと、男性の首元を噛むとそのまま引きずり家に放り投げる。

 小虎もそれを見て吾子の元を離れると、白虎の真似をして、男性を引きずり家に放り投げる。

 狛も仕方なしに、襟元を掴むとそのまま引きずり、家にいれた。

 ぽつんと残った吾子はどうしたらいいのかわからず、その光景を見ながら突っ立っていた。

「白虎様、あこ、どうしましょうか?」

 白虎は、うむ、と唸ると、

「小虎と外で待っていてもらうか」

「それがいいですよね」

 狛は頷くと、小虎の近くに行き、

「この男性達はあこのかかさまに暴力をふるっていた人間なので、あこと一緒に外にいてくれますか?」

 小虎は男性達を一瞥すると頷き、吾子の待っているところまで走っていく。

 その様子を見て、入口の障子を閉めると、男性達に向き直った。


「まず、名前を聞かせてもらってもいいでしょうか?」

 狛は男性達を落ち着かせるように、静かな声で質問した。

「あ、あの、俺は、村の見張り番をしている、須流(する)といいます……」

 狛は頷くと、

「須流はなぜ、ここにいるのですか?」

 須流をよく見ると顔色が悪いような気がする。

「はい、あの、その、以都(いと)としたことの償いを、と思いまして……」

 2人の男性も頷いている。

「今更ですか?」

 狛の怒気のこもった声に須流はびくっとすると、

「いえ、あの、ですね、その、以都が死んだと、聞いてですね、俺たちは悪いことをしていたのだから、何か、しないと、と思いまして……」

 白虎はその言葉を否定する。

「嘘を言うな。以都が死んだのは3年も前の話しだ。なぜ3年前に墓参りをせずに今日きたのだ?」

 白虎の言葉を聞いた3人は黙り込んでしまう。

 狛はため息をつくと、

「以都は志呂の怒りにふれ、牢の中で炎に焼かれました」

 3人はその瞬間を想像しているのだろう、体の震えが大きくなる。

「あなたたちにも、いずれ、志呂の怒りによって炎に包まれることでしょう」

 狛のその言葉に3人は、悲鳴とも言えない声を上げる。

「まだ、死にたくないんだよ!どうしたらいいんだ!」

 1人が悲痛な叫び声をあげると白虎は冷たい声で、

「ほう。それが本音か?」

 男性達はひぃぃぃ、と悲鳴を上げる。白虎は楽し気に男性達を見ると、

「狛、志呂を蘇らせるか?」

 白虎はちらと狛を見ると、狛もちらと白虎を見ると、

「白虎様に従います」

 狛は家を出ようとすると、

「ま、まってくれ!赤子がいるんだ!まだ死にたくないんだよ!」

 男性の1人が泣きながら叫んでいる。

「ほう。お主の名前は?」

「は、波里(はり)、と言います……」

「そうか。波里よ、お前が殺した志呂にも子がいたのは知っているだろう?」

 その言葉に波里は頷く。

「志呂は子を残して死んだのだ。それなのに、お主は生きたいと言うのか?」

 波里はそのまま、声を上げて泣き出す。

「あれから3年も経てば、子ができた者もいるだろう。子が大きくなるのを見たくてまだ死にたくないから、今更の墓参りなのか?」

 白虎は男性達を睨みつける。その迫力に3人とも恐怖で大きな声を上げて泣き始めた。


 泣き叫ぶ男性達を見回すと、白虎は1人名前の知らない男性がいるのに気づく。

「はじに座っている者、名を何という?」

 男性はびく、と体を震わせると、

「あ、あの、由岐(ゆき)と、言います……」

 狛はこの男はいつかこの家に侵入しようとした時に会っていることを思い出す。

「そうか、由岐というのか」

 白虎が言葉を紡ごうとした瞬間、がた、という音が聞こえる。

 2人は音のした方を確認すると、家にいれないように小虎が吾子の着物を引いているのが見えた。

「あこ!」

 白虎の叫び声に吾子は、

「許せない!かかさまを殺した悪い村人……!」

 吾子の周りの空気が揺らいだ気がした。

「あこ、だめだ!抑えろ!」

 狛はとっさに吾子に叫び、近くに行くと抱きかかえ、

「小虎、吾子を噛め!」

 小虎は着物を離すと足にかみつき、鎮静成分入りの唾液を注入する。

 狛は吾子の体から徐々に力が抜けるのを感じる。

 吾子が膝をついたのを確認した狛は、そのまま土間に横にした。


「お主らの話しはすべて、志呂の娘も知ることになった」

 男性達は吾子の迫りくる気配を思い出し、恐怖のあまり涙を流している。

「こうなってしまっては、国の守り神である我でも手出しできぬ。覚悟して生きるのだな」

 白虎の低く冷たい声に男性達は次々と気を失っていく。

「狛、こいつらを外に出そう。そのあと、屋敷に帰るぞ」

 白虎の言葉に狛と小虎は男性達を村へと戻る道まで引きずると放置したままにして家に戻る。

 そして、気を失った吾子を白虎の背に乗せると、小虎の首に巻いている紐と吾子の髪を結わいている紐を使い、白虎の背に固定してそのまま屋敷へと向かって歩き始めた。

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