第29話 吾子の決意
吾子は狛の部屋で号泣したあと、小虎と一緒に部屋に戻ってきた。
「今日は……衝撃の大きな話しばかりで疲れたでしょう?」
小虎が吾子の顔を見ながら声を掛けてくる。
吾子はしゃくりあげながら、
「うん」
とだけ返すと、寝間着に着替える。
この寝間着は狛が作ってくれたもので、背が伸びて足が見える丈になっても使っている。
着替え終わると布団に入り、
「小虎」
と呼ぶ。小虎もいつものように吾子の近くにより、布団の近くに座る。
「……小虎、大きくなったね……」
ここにきた時は小虎と吾子の目線は同じくらいだったと思う。
今は少し見上げる感じになる。
「……吾子も大きくなりましたね……」
小虎もしみじみと呟く。お互いに顔を見合わせて、ふふ、と笑うと、
「もう眠るね。おやすみ、小虎」
小虎の頭を撫でながら寝る前の挨拶をする。
「おやすみなさい」
小虎も挨拶を返して、吾子の横に敷いている布団の上に横たわった。
小虎に挨拶をしたあと、吾子は眠れずに目を瞑りながら今までのことを考え始める。
(白虎様と出会って、話しをして、食料も、着物も与えてくれた。一緒に暮らしている女性をかかさまと認識できたのも白虎様のおかげ。もし、白虎様と会わなかったら早くに死んでいたかもしれない)
食料を得る手段などわからなかった吾子は、かかさまが死んだあと、暴力か食料不足で早くに死を迎えていたのかもしれない。
そんな生活を変えてくれたのが、白虎様と狛、小虎なのだ。
かかさまが死んでから、この家に部屋を用意してもらい、毎日、暴力に怯えることなく生活することができるようになった。
食事も、それまでに比べてたくさん食べられるようになったし、みんなで揃って話しながら食事をするのが楽しいことだと知った。
ここにきてからはそれが当たり前のことのように思っていたけれど、それは当たり前のことではなく、みんなが私の過去を知っているから、毎日笑って過ごしてほしい、と気を配ってくれていたからなのだ。
(私はここで、みんなに見守られて支えられて生きている)
そう思うと、自然と涙が溢れてくる。
小虎に気付かれたくなくて、小虎が寝ている方とは逆向きに寝がえりを打つとそのまま声を殺して泣いた。
小虎は吾子が泣いていることに気付いていた。けど、吾子が反対方向を向いて泣いているので起こさずにそのままにしておく。
(今日は吾子にとって、衝撃の話しが多かったよな……)
3年前、以都への恨みを晴らすためにかかさまが吾子に乗り移った話しから、巫女の素質の話しまで……。
(吾子は起伏の多い人生を歩んできた。白虎様の言う通りこれからは穏やかな人生を歩んでほしい)
小虎は今ほど自分の立場が憎いと思ったことはない。
麒麟様からは巫女の誕生をせっつかれ、その素質がある吾子は容姿の違いで村人から暴力を受け、白虎様は人前に出したくない、と言っている。
吾子と一緒に過ごすうちに、巫女になどならなくてもよいから、今までの苦労を忘れるほどの穏やかな人生を歩んでほしい、と思っている自分がいる。
(でも、吾子が巫女になりたいと言ったなら、僕はどうしたらいいのだろうか?)
小虎は悩みながらも、眠りについた。
翌日東雲の始まる少し前。
吾子はいつもの時間に起きる。寝間着から作業着に着替え、小虎に声を掛けて厨(くりや)に行くと、かまどの火を起こす。
朝の野菜掘りは狛の仕事になったので、吾子はここで狛が野菜を持ってくるのを待つ。
待っている間にも、昨日の夜に考えたことをまとめる。
「あこ、おはよう」
急に声を掛けられ、びくっとしてしまったのを狛は見逃さなかった。
「驚かせてごめん。大丈夫か?」
吾子の近くにきて、背中を撫でてくれる。
「大丈夫です!少し考え事をしていたので、急に声を掛けられて驚いたのです」
吾子は驚いた理由を狛に話す。
「珍しいな、考え事なんて。何かあったのか?」
狛の問いかけに吾子は少し迷う。
「うん。その……」
狛はためらう吾子を見るのが初めてで、戸惑ってしまう。
「あっ、言いにくいのなら後でもいいですよ?食事の準備を始めましょうか?」
「はい」
そのまま2人は一言も話すことなく食事の準備をすすめる。
(なにか、思いつめているのかな?)
狛は吾子の様子が気になりながらも、手を動かしていく。
(辛いことでなければいいのだが……)
狛はそう願いながら、できた料理を大きな茶碗に盛ると、3人でいつものように白虎様の部屋へと向かった。
「あこ、おはよう」
白虎は真っ先に吾子に声を掛ける。
「白虎様、おはようございます」
白虎はいつもと違う吾子の声に少し戸惑っている。
「あこ、何かあったのか?」
吾子は黙ってしまう。
(狛にも気づかれたけど態度に出ているのかな?)
吾子は不思議に思いながらも、
「少し考え事をしていたので……」
と白虎様に話す。白虎はじっと吾子の顔をみて、
「何かあったら、すぐに話せ」
とだけ吾子に言う。その言葉に吾子は頷くと、大きな茶碗からかゆをみんなの皿に取り分けて、白虎を中心にして車座になり食事を始めた。
食事中、白虎と狛は吾子の様子を確認しながら話しをする。
いつものように相槌をうったりしているが、時折、上の空のようで、反応が遅い時がある。
白虎と狛はちら、とお互いに視線を交わして吾子に気付かれないように頷いた。
食事が終わり、皿を片付けながら吾子は決心を固める。
「あの、白虎様、狛、小虎」
と少し上ずった声で3人の名を呼ぶ。
「どうしたのだ、あこ?」
白虎は吾子を見ると優しく声を掛ける。
「あの」
吾子は深呼吸をして気持ちを落ち着けてから、
「あの、巫女になりたいのです!」
吾子の精一杯の声は、白虎の低い声でかき消される。
「それは、許さない!」
白虎は吾子を睨んだまましっぽを高く持ち上げると、大きな音を出しながら床に叩きつける。
その音に吾子は驚き、身を竦める。
その場をとりなすように狛は、
「白虎様、そう頭ごなしに言わなくても……」
と言うが、白虎は狛に向き直ると低い声で、
「あこが巫女になるなど、我は許さない!」
とまたも、しっぽを大きな音を立てて床に叩きつける。
吾子は見たことのない白虎の姿に驚き、しっぽを叩きつける音に怯え、泣き始めてしまった。
「白虎様、せめて理由くらいは聞きましょう」
狛は何とかしようと思うのだが、白虎は視線を逸らすと何も言わず、ただしっぽを床に叩きつけるばかりで取り合ってくれそうにない。
吾子の背中を撫でながら狛は、
「あこ、皿を片付けましょう」
泣きじゃくる吾子に指示を出して、一緒に皿と茶碗を片付ける。
(白虎様の気持ちもわかるけど、理由くらい聞いてから反対すればいいのに……)
狛はため息をつきながら、泣きじゃくる吾子と心配そうに吾子を見ている小虎と一緒に厨に向かった。
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