第23話 三者会議

 以都の衝撃的な最期を目のあたりにし、疲労困憊のまま吾子の家に辿りついた白虎達は浅い眠りのまま朝を迎えた。


 暁が終わる頃には狛と吾子は目覚めていて、かまどに木をくべて火を大きくし、食事の用意を始めているが、昨日は食事をする余裕などなく、すぐに眠りについていた。

 これから屋敷まで帰るのに、少しでも食事をしておいたほうがいいだろう、ということと、吾子の家から荷物を引き上げるため、少しでも軽くしておこう、という判断があった。


 手早く食事を終わらせると、家の荷物をまとめる。

 とは言っても、そんなに多くはなく、かまど近くにある鍋、皿、野菜。吾子の着物は今着ている草色の以外はずっと着ていた丈の合わない着物、布団は白虎の背に乗せたらもう完了になる。


「あこ、今日は背に乗せてやれないから、疲れたら狛に言うんだぞ」

「はい!はく、おねがいします」

「いつでも言うんだぞ」

「きゃーお!」

「……さすがに小虎は抱えられないかな」

 狛の言葉に、しゅん、とする小虎。

 子虎といえど、すでに吾子と同じくらいの大きさがあり、あきらかに吾子よりも重そうなのだから。

 吾子はしょげている小虎の頭を撫でている。

「さあ、では出発するぞ」

 白虎の言葉に狛はもう一度家の中を確認し、障子を閉めた。


 吾子の家から白虎の屋敷まではそう遠くなく、半刻(1時間)もすれば到着する。

 白虎は最初に狛の部屋に寄り布団を降ろした後に一番奥の自分の部屋に入り、そのまま眠りにつく。

 吾子は、小虎と一緒に自分の部屋に戻る。

 狛は鍋などを厨(くりや)に持っていき収納すると、狛もまた、部屋で眠りについた。


 その日の夜、狛と小虎は白虎の部屋にいた。


 夜の食事の時に白虎から呼ばれていたので、白虎だけだと思って部屋に入った狛は小虎を見て首を傾げる。

「狛、あこのことで相談がある。まずは小虎から話しを聞いてくれないか?」

 その言葉に狛は首を傾げながら小虎を見る。

 小虎は狛を真っ直ぐに見ると、

「狛様、よろしくお願いします」

 その言葉に狛は目を丸くした。白虎様以外にしゃべれる獣がいたのか……。

 小虎は狛の驚いた様子を見ながら話しを進める。

「さて、吾子のことですが、昨日の様子をみると、巫女としての素質があることがうかがえます」

「巫女?」

 狛の怪訝な声を聞いた小虎は、

「巫女については、狛様ご存じでしょうか?」

「いや、はっきりと知らないな。久知国(くちこく)ではいないんじゃないか?」

 ちらっと白虎様を見ると、頷いている。

「そうですね。この大陸でも、巫女は数人いるほどで、それぞれがその国を守る神の言葉を伝える役目をしています」

「大陸?」

「はい。この大陸はこの久知国以外にも3つの国があり、白虎様のようにそれぞれの国を守る神がいます」

「そうなのか……」

 狛は驚きの声を上げる。

「申し遅れましたが、私はこの大陸を守る麒麟様に仕えている者になります」

「麒麟?」

「ええ。4つの国の守り神を束ねる元締めの神、というところでしょうか」

「へえー」

 驚くことばかりの狛に小虎は話しを続ける。

「巫女について話しを戻しますと、一番大きな役目は神の言葉を村人に伝えるということがあります。例えば、村人の懲罰を決める時ですとか、国に迫っている危機について話がしたい時、神は巫女に乗り移り巫女の体を借りて言葉を話すのです」

「なるほど、昨日のあこがそれに近い状態だったと?」

「はい。巫女となる方たちに共通する症状として、神が巫女に乗り移ると、それ以降の意識がなくなり、神が離れると意識が戻る、と言っています。吾子の話しでは、村に向かう途中で眠ってしまったと言い、それ以降、牢の前で目覚めるまで記憶がないということは、おそらく志呂が体を乗っ取ったために、眠りという形になったと思うのです」

「志呂か……」

 狛は昨日の牢の中を思い出す。

「牢の中で志呂が見えた気がするのは……?」

「なんと言うか、志呂が吾子の体から出る時だったのではないか、と」

「その瞬間を目撃したのか……」

 狛は腕を組んで、唸ってしまう。

「巫女の役割は神からの言葉を告げる以外にも、占いをしたり、呪術を使うこともあります」

 小虎は話しを続ける。

「けっこう幅広いのだな」

「はい。それだけのことをやるので、神に近い存在だとも言えます」

 狛は腕を組んだまま、感心するしかなかった。

「そして、巫女になるには条件があります」

「誰でもなれるわけじゃないのか?」

「はい。まずは本人に素質があることと神に認められた者だと言うこと」

 小虎は白虎をちらと見る。

「吾子の今の状況は白虎様という神に認められ、素質が表面に出た、ということになります」

「素質か……」

「ただ、今は素質があるだけなので、巫女になれるかどうかは成長してみないとわからないのです」

「どういうこと?」

「はい。このまま成長して、巫女としての素質が消える可能性もあるのです」

「逆を言えば、巫女として成長することもある、というわけか……」

「はい」

「あこが巫女として成長するのはいいことではないのか?」

 その質問に白虎は、

「神を人間の体に乗り移らせるのはお互いに体力のいることでな。今のあこでは体力がなさすぎることと、我が乗り移らなくでも、今回のように復讐したい人間があこの体を使うことも考えられる」

「誰かれ構わず、乗り移れてしまう、ということか?」

「そうだ。ただ、それを抑制する方法としては、心を強くするしかないのだ」

「心を強くする?」

「単純に言えば、神以外、誰も受け付けない、と本人が強く思うことだ」

「なるほど……白虎様はあこが巫女なることは反対なのか?」

「半分反対で、半分賛成、というところか」

「反対というのはあこの体力の事を考えてなのか?」

「それもある。だが、見た目が村人と違い過ぎる。神の言葉を伝える、というのは、村人がたくさんいる中で行うことだ。以都のように、悪意を持つ人間も出てくるだろう。あこにはこれ以上村人に接しないように生きてほしい、と思っているのだ」

「それなら、占いでもいいんじゃない?」

「その占いの結果を誰が人に伝えるのだ?」

 白虎の言葉にぐ、と唸るが、

「それなら、俺が伝えに行けば大丈夫じゃないか?」

「身分のわからない人間の言葉など信じるか?」

 そこまで言われて狛は黙る。

「まあ、あこの近くに我と狛がいれば、あこが我の言葉を伝えたり、占いの結果を伝えるのは問題ないと思っているが」

 白虎様の言葉に狛は考える。

「だがな、これはあこの問題だ。あこが巫女としての自分を受け入れられるなら、巫女として成長させていけばいい。だが、受け入れられない、と思えば、そのままにさせればいい。それは今決めることではなく、まだ先でいいはずだ」

 白虎は少し間を開けて、

「あこは5つにしては、体が小さい。巫女として成長させるのではなく、心身を健康に保つことが先決だろう」

 狛はその言葉に否やはないので、大きく頷く。

 ただ、小虎だけは何か言いたそうに白虎と狛を見つめていた。

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