第22話 衝撃

 白虎を先頭にして放心状態で牢から出てくると、自然と座り込む。

 目の前で起きたことの衝撃が大きく、一言も話さないし、鳴き声も聞こえなかった。


 どのくらいそうしていたのか見当はつかないけれど、白虎がかすれた声で

「狛(はく)、すまんが、村長(むらおさ)を呼んできてくれないだろうか?」

 狛はぼんやりと白虎を見て、

「わかりました」

 と返す。

 狛は意識を失っている吾子を抱えていることに気付き、白虎に寄りかからせるように地面に座らせた。

 のろのろと立ち上がると、おぼつかない足取りで村長の家に向かった。


 村長の家の入口に立っていた見張り番は狛が呆然とした様子で歩いてくるのを見ると、どうしたのかと、尋ねてくる。

 狛もどう説明したらいいのか考えあぐねていたので、

「村長に会わせてください」

 とだけ伝えた。

 見張り番が頷いたのを確認した狛はその場で座りこんでしまった。

 

 見張り番に呼ばれ、家の中にはいり、囲炉裏の部屋に通された。

 比太(ひた)が狛に座るように促すが、狛は首を振り入口に立ったまま、

「申し訳ありません。以都(いと)様が亡くなりました……」

 と震える声で報告した。

 比太は何を言っているのか理解できず、

「何をおっしゃられているのですか?」

「一緒に牢にきていただけますか?」

 狛は比太を見つめ、頭を下げてそう言うと、入口に向けて歩き出す。

 怪訝に思いながらも、比太は狛の後を追って歩き出した。


「白虎様、戻りました」

 狛は比太を連れてなんとか牢まで歩いてくると、座り込んでしまう。

 白虎は狛の声に反応すると、ゆっくりと上半身を起こすと、

「比太、来てもらって申し訳ない。以都のことなのだが……」

 比太はこの場の様子の異様さを感じながら、狛の言った言葉が気になり白虎が話すより先に質問をする。

「先ほど狛様から、息子が亡くなったと聞きましたが、どういうことなのですか?」

 白虎は頷くと顔を伏せながら、

「話しづらいことなのだが、我らが牢に入り以都と話していた時、突然、地面から炎があがり、驚いている間に以都に炎がうつり、そのまま火に包まれてしまったのだ」

 比太は驚愕の表情になり、急ぎ足で牢の中に入る。

 しばらくの沈黙のあとに

「以都!」

 という声が響き、泣き叫ぶ声が聞こえてきた。


 比太の慟哭が響く中、吾子は目を開けた。

 家が並んでいる風景が目に入ってくるが、見覚えのない風景に吾子は、

「ここはどこ?」

 と呟き、あたりを見回すと狛、小虎が座り込んでいるのが見えだけど、白虎がいない。

「びゃっこさま、どこ?」

 先ほどより少しだけ大きな声を出した吾子に狛と小虎がこちらを向く。

「あこ、目覚めたか?」

 いつもの声と違うけど、頭の方から聞こえてきたので、顔を上げると白虎の顔があった。白虎の顔を見ながらもう一度吾子は、

「ここはどこ?」

 と聞くと白虎は首を傾げ、

「村の牢の前だが……?」

「ろう?」

 吾子が首を傾げるのを見て白虎は、

「悪い人を入れておく家だ」

 と話した途端に吾子は顔色を変え、また空気の揺らぎを微かに感じる。

「わるいむらびと、ゆるさない!」

 その言葉に狛と小虎は驚いた表情で吾子の顔を見る。白虎は慌てて、

「あこ、この中にいた悪い村人は……もういないぞ」

 その言葉に吾子は首を傾げて、

「もういないの?」

 きょとんとした顔で白虎の顔を見る。

「まて、あこ。牢の中で何があったのか、覚えていないのか……?」

 吾子は首を傾げている。

「まさか、衝撃で記憶が一部なくなったのか……!?」

 その言葉に、狛も小虎も固まる。どこから話せばいいのか白虎は迷いながら、

「あこ、ここはかかさまの生まれた村だ」

 吾子の顔色を見ながら説明すると、

「ここがかかさまのうまれた、むら」

 吾子は改めてゆっくりと周りを見回した後、

「いつ、ここにきたの?」

 その言葉に全員が凍り付く。白虎は慌てて、

「いや、あこ。家を出たのは覚えているか?」

 白虎の言葉に吾子は頷く。

「みなでこの村の入口まできただろう?」

 その言葉に吾子は首を傾げる。その様子を見た白虎は驚き、

「どういうことだ?あこ、この村の入口まで歩いてきただろう?」

 吾子は考えながら、言葉にしていく。

「びゃっこさまとはくとことら、いっしょにいえをでた」

「一緒に家を出たな」

「うん。いえをでた。あるいているとちゅうで、ねむくなって、ねむった」

 その言葉に反応したのは小虎だった。白虎は小虎に顔をむけると会話を始める。

『小虎、どういうことだ?』

『たぶん、なのだが、その、眠くなった、というところで、何かに、と言うか、志呂が憑依したのかもしれない』

『志呂が憑依した?』

『うん。志呂が吾子の体を乗っ取ったのかもしれない、ということ。なぜこうなったのか、考えをまとめたいから、落ち着いてから話してもいいだろうか?』

『わかった』

 そこまで話した時に、比太が憔悴しきり、涙でぐちゃぐちゃになった顔で牢から出てきた。

「白虎様、狛様……」

 白虎も狛も何も言えずにただ比太の顔を見る。

 比太はしゃくりあげながら、

「……以都は……裁きを受けたのでしょう……」

 それだけ言うと、声を押し殺したまま泣き崩れる。

 狛は比太の近くに寄り、体を支えると、

「家に戻りましょうか?」

 と声をかけると顔を上げることなく沈んだ声で、

「はい……」

 と返事をした。

 狛は体を支え立ち上がらせると、村長の家に向かって歩きだす。

 白虎は吾子と小虎に向けて、

「狛と一緒に行こう」

 と声を掛けて狛を追いかけるように歩き始めた。


 狛は村長の家の見張り番に比太を預けると、

「また、後日、お伺いさせて頂きます」

 と頭を下げる。

 比太は弱弱しく頭を下げると、白虎達に何も言わず力なく歩いて家の中に入っていく。

 白虎達はそれ以上何も声を掛けることなく、無言のまま村の入口に向かい、吾子が住んでいた家へと向かって歩いていった。


 無言のまま歩き続け、吾子が住んでいた家にたどり着いたのは黄昏時だった。

 吾子が入口の障子を開けると、白虎を先頭に入り、それぞれ土間に座り込む。

 吾子は障子を閉めると、かかさまと一緒に寝ていた布団の上に座り込む。

 その様子を白虎は横目で見ながら今日はここで休もうと伝える。

 牢の中の衝撃的な出来事から時間が経ち、少しずつ落ち着きを取り戻しつつあったが、それでも放心状態だった。

「……後味が悪いな……」

 白虎の言葉に狛も小虎も頷いた。

 その言葉以降、誰も何もしゃべらず、動かずにいた。

『白虎様、今大丈夫だろうか?』

 ふいに小虎に問いかけられた白虎は、

『ああ、大丈夫だ。先ほどの続きだな?』

『そうだ。答えが出た』

『聞かせてもらおう』

 小虎は少し黙り込むと、

『あこは、巫女だ』

 その言葉に白虎は衝撃を受ける。

『巫女なのか……』

『正確に言えば、巫女の素質がある、というか』

『巫女の素質か……わかった。そのことについては明日、屋敷に戻り、狛を交えて話しをしたい』

『僕が人間の言葉で話すよ』

『話せるのか?』

『うん。麒麟の小間使いだから』

 その言葉に白虎は再び、衝撃を受け呆然とした。

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