第21話 ふたりの復讐

 狛(はく)は歩きながらも村の入り口の見張り番達の異変を感じていた。

 前に狛が来た時にいた若い男と、以都(いと)の仲間の男性が見張り番として立っていたのだが、2人とも青い顔をして、遠目でもわかるくらいに全身が震えている。

 近づいていくと狛の後ろ、白虎達を指さしている。

(あこを見るのは……若い方は初めてだが、もう1人は前に会っているのに、なぜこんなに怯えているのだ?)

 疑問に思いながら狛は見張り番達に声を掛けようとしたが、以都の仲間が歯の根が合わないほどがちがちと音を立てながら小さな声で

「白虎様だ……本当にいたんだ……もうおしまいだ……」

 狛はその言葉に疑問を抱く。

「見張り番、白虎様が見えるのか?」

 狛の言葉に見張り番達は青い顔のまま、頷いている。

(なぜ、白虎様が見えるのだ?)

 見張り番達は手に持っている槍を支えに立っていたが、いよいよ腰が抜けたらしく、べた、と地面に座り込んだ。

「今日も村長(むらおさ)に会いに来たのだが、入ってもかまわないだろうか?」

 見張り番達は狛の言葉に頷くこと以外できないようで、立ち上がることもなく座り込んで、ただ狛の後ろ見て震えている。

(不本意だが、入村許可は出たな)

 そう思って狛は白虎様の方に向き直ると、大きく頷いた。

 狛の合図をみた白虎は、

「行こう」

 とだけ話すと、歩きだした。

 

 見張り番達は白虎が迫ってくるのに立てずにいる。

「ほお」

 白虎はにやっと、笑うと低い声で、

「我を見れるとは珍しい者達だな」

 見張り番達はかろうじて意識があるが、いつ意識を失ってもおかしくない状況になりつつある。

 これ以上、白虎様の餌食にならないように狛は、

「白虎様」

 と静かに声を掛けると心底楽し気な声になり、

「すまんな。なかなか我を見れる人などいないから、ついつい遊びたくなる」

 そう聞いた見張り番達は限界を超えたらしく、意識を失って倒れてしまった。

 白虎は見張り番のうち、偶然なのか、以都の仲間の男性に左手を出し、体をつついたり、転がしたりし始める。

「つまらんな。狛、村に入る許可は得ているのか?」

「こんな状況ですから、きっちりと取れていませんが、見張り番2人は頷いていました」

「では、参ろうか」

 白虎は前足を器用に使い、見張り番達を左に右に転がして歩く道を作る。

 

 この時、白虎は気づいていなかったが、小虎は村に入ると吾子の様子に微かに異変を感じていた。

(微か過ぎて、何が起きるかわからないな)

 小虎は険しい表情のまま、注意深く吾子をみながら白虎の後に続き村の中を歩いていった。


 昼過ぎの村の中は少しざわついていた。

 畑は村の外にあるので、畑仕事をする人は村にいないのだが、たまたま村の中を歩いていた村人は白虎が見えるのか、口々に、白虎様……と呼び、崇拝をする者もいた。

「狛、どうやらこの村では我の姿が見えるようだな」

 白虎は村長の家に向けて歩きながら狛に尋ねる。

「ええ、不思議なことにみなさん見えているようですね」

 狛も不思議に思っていたが、この後どう始末をするのかということに気をとられていて、深く考えられなかった。


 村の北側にある村長の家の見張り番達は目を見開き驚いていたが、入口の見張り番達よりは意識をしっかりと保ったまま、家の中を案内してくれた。

 狛が村長と話した囲炉裏のある部屋に案内されると、すぐに村長はやってきた。

 そして、部屋の入口で固まり、動けなくなっていた。


「白虎様、入口に立っているのが、村長の比太(ひた)です」

 狛の言葉に比太ははっとして、部屋の中にはいり、白虎の対面に座ると、こほ、と一つ咳払いをし、狛と白虎を見つめ、

「申し遅れました。狛様にご紹介いただいた、村長の比太といいます。今日は何用でしょうか?」

 白虎は狛を見て頷くと、

「白虎様のかわりにお話しをさせて頂きます」

 狛は断りを入れたあと、

「昨日ですが、志呂が亡くなりました」

 その言葉に比太は目を見開き、がく、と肩を落とすと、

「そうでしたか……正式なお詫びは間に合わなかったのですね……」

 比太は俯くと、涙をこぼした。

「志呂の娘のあこを連れてきました」

 狛の言葉に、涙で濡れた顔を上げると、白虎の近くに座っている子を見る。

「その子が、志呂の娘ですか……」

 比太の声には驚きと後悔、申し訳なさ、そう言った感情が込められているように感じられた。

 いきなり、知らない人に見られた吾子は、怖くなり、白虎にしがみつく。

「志呂の残した言葉により、あこは白虎様が保護されました」

 吾子を見ていた比太は白虎に視線をやると、白虎は頷く。

「これからはこの村を離れ、遠いところで暮らすことになります。最後に志呂が生まれ育った村を見せたく、本日伺わせていただきました」

 狛は頭を下げて、 偽りの来村目的を話す。

「そうでしたか……。その子の名前はなんと?」

「志呂は、あこ、と呼んでいました」

「そうですか……あこ」

 突然呼びかけられ、吾子は体を震わせる。

 その様子に比太ははっとして、

「すまない、驚かせてしまって。今日はきてくれてありがとう。会えて嬉しく思う。あこはここに住んていないから、郷里だと思えないかもしれない。だけど、あこのかかさまの家はまだあり、いつでも住めるようになっている。いつでも帰ってくればいい。それまでにこの村人の意識を変えていこう」

 吾子は話の内容が理解できなくて、白虎にしがみついたまま困惑していた。

 白虎は吾子の顔をひとなめすると、

「あとで意味を教える」

 と話す姿をみて、比太は驚き、固まってしまう。

 狛は慌てて、

「白虎様は話すことはできますが、驚かれてしまうので、私がお話しさせていただきました」

 と比太に伝える。

 比太は固まったままだったが、何とか頷いた。

「それと、相談なのですが……」

「はい、なんでしょうか?」

 固まったままの比太は怪訝そうな声で返答する。

「以都様がけがをしたと聞いておりますので、見舞いをさせて頂けないでしょうか?」

 狛の突然の言葉に、比太は三度固まる。

 しばらく考えたあとに、

「以都はけがをしてから、ふさぎ込むことが多くなりましたが……そうですね、罰を受けさせるということで、白虎様に会って頂きましょうか」

 比太は悩みながらも決意をすると、狛の提案を受け入れる。

 狛は複雑な心境になりながらも、

「ありがとうございます。村の牢はどちらになりますか?」

「ご案内しましょう」

 比太はそう言って立ち上がろうとしたが、

「いえいえ、場所を教えて頂ければ私たちだけで行きます。ただでさえ、白虎様が歩いて村の皆さんを驚かせているのに、村長まで一緒にとなったら、もっと騒がしくなりますから」

 狛は比太の提案を断り、牢の場所を聞いていとまを告げる。


 準備は整えた。あとは、白虎様と吾子に任せるしかない。

 どのような結果になるのか、狛は重いため息を吐きながら、牢に向かって歩いていった。


 小虎は村長の家を出た時から吾子の様子がだいぶ変わってきたのを感じていた。

(まさかと思うが……その力を制御するために、麒麟は私を吾子の近くに置いたのか?)

 胸騒ぎを覚え、落ち着かない気持ちのまま吾子を見て、前を向く。

 間もなく牢に到着する。

(見届けなくては……)

 小虎もまた、決意を固めると、牢の中に入っていった。


「誰だ!」

 以都の荒々しい声が聞こえる。

「我は久知国(くちこく)の守り神、白虎だ」

 白虎は名乗ったが、以都は声を上げて笑い、

「白虎だと?そんなもの、いるはずない!」

 吐き捨てるように言う。

 

 牢の中は暗いのだが、白虎の体だけは白くぼんやりと浮かび上がって見える。

 だが、以都は見えていないのかのようだ。

「ほう、そうか。それでは貴様の目の前に行こう」

 白虎は低い声で告げるとゆっくりと以都の元に近づく。

 どんどん近くなってくる、白虎の姿に以都は息をのんだ。

「まさか、そんな。どんなまじないを使って、幻を見せているのだ!」

 以都は怯えながらも、強気な姿勢は崩さずに白虎を見据える。

「ここまで見えても信じないのか。愚かなやつだ。今日は貴様に我から贈り物があってきた」

 白虎は後ろの吾子を見たが、瞬時に起きていることが理解できなかった。

「あこ!」

 吾子は白虎の叫び声など耳に入っていないようで、怒りを滲ませながら牢に近づく。

「私の人生を壊した貴方へ」

 吾子が冷ややかな声でそう言った瞬間、大きな炎が立ち上がり、以都の身を包む。

「うわぁぁぁぁ!!!!!」

 以都は叫び声をあげながら牢の中でのたうち回るが、一向に火は消えることがない。

 白虎も狛も小虎も目の前で起きていることが理解できずに、呆然と立ち尽くしている。

 ただ1人、吾子は、恨みのこもった目を以都に向けている。

 いや、吾子ではない。

 そこに立っていたのは……。


――志呂だった。


 白虎達が呆然と立ち尽くしているうちに以都の声が聞こえなくなり、あたりに漂うのは人間の焼けた臭いと静寂だけだった。


 先に我に返ったのは白虎で、

「あこ!」

 と叫び吾子の元に近づくがなぜか倒れている。

「狛!」

 白虎に呼びかけられ、狛も我に返ると急いで吾子の元に向かう。

 小虎も狛の後を追いかけ、吾子の近くに走り寄る。

 狛は吾子の様子を確認すると、

「白虎様、あこはしっかりと呼吸をしていますので意識を失っているだけです」

 と伝える。その言葉に安堵した白虎は、

「……村長に報告しよう」

 その言葉に狛は頷いた。


 誰がこんな結末になることを予想していたのだ?

 狛は混乱しながらも、吾子を抱きかかえ、牢の外に出た。

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