第18話 弔い

 狛(はく)は家の近くに穴を掘り終えると、入口から声をかけ、中に入る。


「白虎様」

 狛に声をかけながら、2人が眠っている布団に目をやる。

 吾子は目を覚ますことなく、かかさまの横でなにもなかったように眠っている。

 その姿に狛は涙が込み上げてくる。

「まだ眠っておるな。小虎、あこの近くに寄り添っていてくれないか?」

 小虎は、白虎の顔を見て頷くと、吾子の近くに寄り、そのまま背中にぴたりと張り付くように丸くなった。

「狛、志呂を弔ったら、あこを屋敷に連れて帰るから」

 白虎は、かかさま、ではなく、名前を呼んだ。

「はい。準備はできていますので、大丈夫です。小虎とあこは一緒の部屋でいいですよね?」

「そうだな。その方があこのためになるだろう」

 これからのことを小さな声で話す。

「……あこは、1人で眠れるかの?」

 白虎はふと呟く。

「いままで志呂と一緒に眠っていたからな、狛を早めに紹介しておこう」

 白虎の呟きに耳を傾けていると、吾子が目覚めたようだ。

「かかさま?」

 声を掛けるが、起きることはない。

「あこ」

 白虎の優しい声で振り返る。

「こちらにおいで」

 吾子は首をふり、そばを離れない。白虎はその様子を見ながら、

「紹介したい人間がいるんだ。あこにとって人間は怖い人ばかりだが、我が信用している人間だ」

 吾子は顔だけを白虎に向けているが、隣の狛を見て怯えた表情を見せている。

「狛、という名前だ」

「狛です。よろしく」

 と話すと、吾子は

「あこです」

 と一言だけ返す。

「あこ、聞いてくれ。かかさまはもう動かず、話すこともできない」

 吾子は白虎の声に耳を傾けている。

「人間がその状態になったら、早く神様の元に返さないといけないのだ」

 吾子はじっとかかさまを見ている。

「神様の元に返すために土に埋めるのだ」

 白虎は躊躇いながら話しているが、吾子は動かない。

「かかさまは、もうおきないの?」

「ああ。かかさまはもう起きることはないのだ」

 狛は白虎の心中を察する。あこはまだ5つで、たった1人の頼れる人間が突然いなくなった事実をどうやって受け入れさせるか、はたからみれば小さな子に対して無遠慮な言葉に聞こえるかもしれないけど、受け入れさせるためにあえてきつい言葉を掛けているのだと思う。

「もうおきないの、かかさま」

 吾子は涙をこぼしながら、立ち上がると白虎の元に近づく。

「……かかさま、かみさまのもとにかえす」

 と話すと、白虎の近くに座り込み、涙をこぼした。

 狛は思わずあこを抱きしめて、背中を撫でる。

 吾子はびくっと体を震わせたが、そのまま受け入れ、静かに涙を流していた。


 吾子が泣き止んだところで、狛は白虎に視線を向けて吾子を解放する。

「あこ、これから、かかさまを神様の元に返すために土に埋めるが、ここで待っているか?」

 吾子は少し考えて、

「いっしょにいく」

 と答えたので、

「わかった。ではみなで送ろう」

 白虎はそう答えると、小虎を呼び、吾子のそばについているように伝える。

 狛は志呂の元にいき、手を合わせると抱きかかえた。

「狛、行こう」

 と言って立ち上がり外に出る。

 吾子は狛の横に立つと一緒に外に出た。


 外は雪がやんで、少し青空が見えていた。

 狛を先頭にして、吾子、小虎、白虎と続いて歩くがあっという間に埋葬場所に到着する。

 狛は膝をつくと、志呂を穴の中に静かに横たわらせると、足元から土を掛けていき、最後は顔に土を掛けて完全に埋めた。

 狛はその場で目を閉じて両手を合わせていると、後ろで小虎が静かに唸る声が聞こえた。

 その声に目を開けると、志呂を埋めたあたりが光輝いている。

 狛は驚いた表情でその光を見つめているが、白虎は静かにその光を見つめている。

「あこ、かかさまは神のもとに帰ったぞ」

 と落ち着いた声で話すと、吾子は頷いた。

「では、家に帰ろうか?」


 家に戻ると白虎はこれからのことを吾子に話し始める。

「かかさまは、我らにあこを預かってほしい、と言っていた」

 吾子は涙の残る顔を白虎に向けて話しを聞いている。

「今日から、我と狛、小虎と一緒の家に住むことになる」

 吾子は小虎の顔を見てから白虎の顔を見ると、

「ここでいっしょにくらすの?」

「ちがう。これからあこは村人に暴力を振るわれることのない場所に行き、みなと一緒に暮らすのだ」

 吾子はその言葉を聞いて、しばらく考えたあとに

「みなといっしょにくらす」

 と伝える。その言葉に白虎も狛もほっとする。

「ことらもいっしょ。これからもおせわをする」

「そうだな。これからも小虎の世話を宜しく頼む」

 白虎の言葉に吾子は頷く。

「では、我の家に向かって出発しようか」

 白虎の言葉に狛は志呂の残した風呂敷を探す。

 残った荷物は後で取りに戻ろう。

「あこ、途中疲れたら、僕がおんぶしていくから声を掛けてください」

「狛、それなら、我の背のほうが慣れているから、ここから乗せて帰るぞ」

 その言葉に吾子は白虎の元に近づく。狛は肩を落としながらも志呂の残した着物が入っている風呂敷を抱えると外に出る。

 吾子は外に出ると地面に伏せた白虎の背にまたがる。準備が整ったところで白虎は立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。

 狛はもう一度、家の中を見回したあと、小虎と一緒に屋敷に向けて歩き出した。


 初めての屋敷に吾子は驚いていた。

「おおきい……」

 と呟きながら白虎の背に乗ったまま、屋敷の一番奥にある白虎の部屋に行く。

 先に白虎が部屋に入り、続いて狛と小虎も部屋に入ってきた。

 白虎は吾子を背からおろしたあとに、

「ここが我の部屋だ。あこと小虎は隣の部屋を使うんだぞ」

 吾子は頷くと、

「ことらといっしょ」

 と言って、小虎を見る。白虎はいつもの位置に座り込むと、

「あこ、今日はいろいろとあっただろう。疲れていないか?」

 吾子は首を傾げたあとに、

「すこし、つかれた」

「わかった。少し眠るか?」

 その言葉に吾子は頷くとその場で横になり眠ってしまった。

 狛は慌てて隣の部屋からかけ布団だけ持ってきて、吾子にかぶせるとすぐに小虎が寄ってきて、吾子の体に寄りそった。


「そういえば、白虎様?」

「ああ、先ほどの光のことだろう」

 狛は頷く。

「少し前に、小虎が以都の腕を噛んだことを覚えているか?」

「ああ、師走の頃の話しですね」

「そうだ。小虎は特殊な体質で、唾液に鎮静効果があるらしくてな、噛むと見せかけて唾液を腕に注入したと言っている」

 狛は小虎の顔を見ると、胸を張り、ものすごく自慢げな顔をしている。

「なので、あの場ではそんなに血が流れていないと言っている」

 狛は思い返してみると、獣に噛まれたにしては血が多く流れていなかった気がした。

「たしかに小虎の言う通り、致命的なほどの血は流れていなかったですね」

 白虎は頷くと、

「小虎とその時に話したのだが、幻術を使えると言っていてな。それなら、とあの時、光を出してもらい、神の元に返るような演出をしてもらったのだ」

 ほぉーと狛は唸ってしまった。


「狛、相談なのだが」

 白虎の改まった声に居住まいを正すと、

「あこには、いずれ、志呂の過去を話そうと思う」

「そうですね。でも、もう少し、大きくなってからでいいのではないでしょうか?」

「やはりそう思うか」

「ええ。今は志呂をなくしたばかりで心の整理もついていないでしょうし、なぜ、暴力を受け、死に追いやられてしまったのか、という話しも理解し難いでしょう……」

「そうだな。たった1人の執念で志呂を追い込み、殺したということだからな」

「ええ」

「しろ、だれ?」

 白虎と狛はその声に驚き、吾子を見る。

 吾子は上半身を起こし、白虎と狛の顔を見ている。白虎は吾子に向けて、

「あこ、起きたのか?」

「しろ、だれ?かかさま?」

 白虎と狛は顔を見合わせたあと、白虎は観念して、

「そうだ、あこのかかさまは志呂という名前だ」

「かかさまは、ぼうりょくをうけていた。だからしんだ?」

 白虎は隠すことはできない、と悟った。

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