第17話 睦月

 以都がかかさまの家に襲撃して以降、大きな騒動もなく師走は終わり、睦月になった。

 しばらく雪が降っていなかったが、睦月が始まると連日のように雪が降り始めたが、雪が降っていても、吾子が水汲み場に行くことは変わらず、白虎との交流も続いている。


 暁が終わり空が白み始める頃、水汲み場で白虎の姿を確認した吾子は、雪がちらつく中、小走りで近寄っていく。

 吾子は白虎と狛(はく)が贈った草色の着物の上に若草色で作った上着を羽織っていて、足元の草履も新しく作ったのを渡しているので、雪の上でもしっかりと歩けている。

 その姿に目を細め、しっぽを揺らしながら立ち上がり吾子を待つ。

「びゃっこさま、おはよう!」

 吾子が元気よく挨拶すると、

「おはよう、あこ。きょうも雪が降っていて寒いな」

「うん、さむい!」

 吾子の返事を聞きながら、一緒に水場に近づく。

 寒い日は水汲み場の水が凍っていることもあるので水場を見て氷がはっていないか確認する。

 今日は薄氷があったので、白虎は右足を上げると氷を割る。

「びゃっこさま、ありがとう!」

 吾子はお礼を言うと、氷が割れた隙間から水を汲み始めた。

 水を汲み終わるのを確認すると、白虎は氷が割れた隙間から水を飲み始めた。

 吾子はその様子をじっと見ている。

 しばらくしてから、吾子の方を向いて、

「さて帰ろうか?」

「うん!かえる!」

 白虎は地面に伏せると、吾子は水の入った桶をのせ背にまたがる。

 背中に乗ったことを確認すると、ゆっくりと立ち上がり、歩き始めた。


 吾子の家が見えてくると、狛の気配を感じる。

 今日も無事にかかさまに食料の差し入れができたのだろう。

 そのまま家に向かい、入口近くで吾子を降ろすと、

「びゃっこさま、ありがとう!おれいをもってくる!」

 と桶を抱え家の中に戻るとのを確認した白虎は

「かかさま、体調はどうだ?」

 と家の中を見ながらかかさまに話しかける。

「白虎様、おはようございます。はい。今日もだいぶよいです」

 と返ってくるが、気持ち、弱弱しい声のような気がする。

 小虎に話しかけようとした時に、吾子が家の中から小さな包みを持ってくる。


 この小さな包みは師走も終わる頃から、かかさまからのお礼、といって吾子が持たせてくれるようになった。

 包みの中には一口大の俵型をしたおむすびが4つと野菜の葉を塩もみにした物が入っていて、どうやら、かかさまがあこに食事の準備を手伝わせているらしく、米を炊いたり、野菜の葉を塩もみしたのを作ることは吾子の仕事になっているようだ。

 今日の中身も吾子が作ってくれているのだろう、と思うと、嬉しくなる。


(かかさまの様子は狛から聞けばいいか)

 と思い直した白虎は吾子から包みを受け取る前に、

「あこ、ありがとう。いつも美味しく食べているからな」

 と伝えた後にその包みを口にくわえると、しっぽをゆらりと揺らすと家の中に入ることなく屋敷に向けて歩き始める。

「びゃっこさま、またあした!」

 吾子の言葉にしっぽを左右に振ってこたえた。


 途中で狛に合流し、吾子の包みを持たせると、かかさまの様子を確認する。

「白虎様も感じましたか……」

 狛は少し黙り込んでから、口を開く。

「いつも、大丈夫、と言っているのですが、顔が細くなっていて、起き上がるのも辛そうで」

 白虎はその言葉に頷くと、

「先は長くないかもしれん。辛いが、かかさまの死に装束を作ってくれるか?」

 狛は沈痛な面持ちで、力なく頷いた。


 白虎の言葉はそれから数日して本当のことになる。


 白虎はその日も雪がちらつく中、狛と一緒に水汲み場に向かっていたが、途中で立ち止まると、

「狛、少し待て」

 と言ってあたりの気配を探るような仕草を見せる。

 狛はそのまま立っていると、

「狛、小虎からの伝言だ。かかさまの様子がおかしいらしい」

 その言葉に白虎も狛も新しい雪の上を限りなく早く走った。


 念のため、水汲み場を経由してから吾子の家に向かうが、吾子の姿はなかった。

 通いなれた道とはいえ、気持ちが急いているためか、吾子の家が遠くに感じる。


 到着した時に白虎が小虎に語り掛けると、まだ様子がおかしい、という。

 狛に入口の障子を開けるように伝え、開けてもらうと中の様子を伺う。

 ただ、狛は一応外で待っている。


「あこ、かかさま」

 白虎は入口の外から落ち着いた声で中に話しかける。

 吾子は、はっとして、

「びゃっこさま!かかさまが……」

 と伝えてくる。その言葉に頷くと、

「失礼する」

 と一声掛けてから家の中に入る。

 布団の上に横たわるかかさまの呼吸音がいつもより大きく響いている。

「かかさま」

 白虎が話しかけても返答がない。小虎が白虎に向かって語り掛けてくる。


 暁が始まった頃から、少しずつ呼吸がおかしくなり、意識が薄れていったようで、かかさまは意識がなくなる前に、眠っている吾子に向けて、元気に優しい子に育ってほしい、と、また、小虎に向けて、白虎と狛に対して、今までの助けについて感謝を述べて、吾子のことを託したい、と呟いたあとに意識がなくなったそうだ。

 白虎はそこまで聞くと、かかさまに向かって、

「かかさま、いま小虎から話しを聞いた。我はかかさまに会えて話せてよかったと思っているし、あこのことは我と狛が責任を持って預かる」

 その言葉が聞こえたのか、かかさまは目を開けることなく少し微笑んだあと、大きく息をすると、だんだんと呼吸音が小さくなっていき……完全に止まった。

 白虎は俯くと、

「あこ」

 と何がおきているのかわからず、呆然としている吾子を呼ぶ。

「かかさまのそばに行って、手を握ってくれるか」

 吾子に言うと頷いて、

「かかさま」

 と手を触ったが、

「かかさまのて、つめたい……」

 吾子は呆然と呟く。

「そうか……あこ、かかさまと話があるから、小虎と少し外に行ってくれるか?」

 吾子は頷くと、小虎と一緒に外に出た。

 それを見送ると、

「狛」

 と呼んだ。

 狛は静かに家の中にはいると白虎の近くに寄る。

「かかさまが亡くなった」

 と聞くと、狛はかかさまに近寄り、呼吸をしているか確認をしてみたが、呼吸音は聞こえなかった。

「かかさまが最後に、あこには元気に優しく育てと、我々には感謝の言葉とあこを託すことを小虎に伝えてくれた」

 狛は涙をこぼしながら聞いている。

「あこにどうやって説明したらいいのか……狛、とりあえず、かかさまの死に装束を持ってきてくれるか?」

「はい……」

 狛は涙声で答えると、立ち上がり、家を出て行く。

 白虎は小虎に家に戻るように伝えた。


 少ししてから、あこと小虎が戻ってきた。

 白虎は吾子に向き直ると、

「かかさまが死んだ」

 と伝える。5つの子にどうやって伝えたらいいのかわからず、事実をそのまま告げる。

 吾子は意味が分からず、首を傾げている。

「死んだ、というのは、動けなくなり、話すこともできなくなることだ」

「かかさま、もう、うごかないの?はなせないの?」

 問いかけに頷くと、吾子はふらふらとかかさまの近くに寄って、

「かかさま、おはなし、しよう?あたたかくなったら、そとにいっしょにいこう?」

 と話しかけている。

「かかさま?もうあさになった。ごはんいっしょにつくろう」

 とかかさまの体をゆらし始めるが、反応が返ってくることはない。

「かかさま?」

 何をしても起きないことを吾子は察したのか、突然、涙がぽろぽろとこぼれ始めた。

 その様子に白虎と小虎は吾子に寄り添うことしかできない。

「かかさま!」

 静かな家の中、吾子は泣きながらかかさま、と呼びかけ続ける声だけが響いていたが、呼び続けても起きないかかさまの横に行き、そのまま眠ってしまった。


 しばらくそうしているうちに、狛が戻ってきたようで、入口から、

「白虎様、戻りました」

 と告げる。

「入れ」

 狛は、失礼します、と声を掛けて家の中に入る。

「あこはかかさまの近くで眠っているが、着替えさせられるか?」

 白虎の言葉に、2人が眠っている布団に近づき、吾子をそっと抱き上げる。少し身じろぎしたが、そのまま眠っているようなので、白虎の近くにあこを横たえた。

 狛は風呂敷をもち、かかさまに手を合わせたあと、風呂敷のなかから真っ白な死に装束を出すと、かかさまがきている着物を脱がせ始め、死に装束を着せた。

 狛は布団の上でかかさまを仰向けにしてから、もう一度手を合わせ、白虎の元に戻る。

「終わりました」

 吾子を抱き上げ、再び、かかさまの近くに横たわらせる。

「あこが起きたら、土葬をしよう」

 狛は頷くと、

「この家の近くでいいですか?」

 白虎は少し考え、

「そうだな、この家の近くでいい。穴を掘っておいてくれ」

 狛は頷くと、家を出て行った。

 残された白虎と小虎は静かに吾子とかかさまを見守っていた。

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