第16話 母から子へ

 以都が家にきた翌日の朝。

 いつもなら私が目を覚ます前に水汲み場に行っている吾子が、私にしがみついたまま眠っている。

 そのまま背中をとんとん、と軽く叩きながら、

(私の子なんだ)

 という気持ちが突然に沸き上がる。

 以都たちの無理やりの同衾の末に生まれた子で、最初は戸惑いしかなく、どうしたらいいのかわからなかった。

 白虎様と吾子が出会い、かかになったという事実を突きつけられ、やっと受け入れたような気がする。

 もう、一緒に居られる時間はあまりないかもしれないけど、これからは、昔かかさまが私にしてくれたことを思い出しながら、吾子にも同じようにしてあげよう。

 いつか、吾子が子を産んだ時に、私とのことを思い出しながら子を育ててくれますようにーー

 

「ぐ……」

 吾子が布団の中で身じろぎをしている。

 小虎は吾子の足元のあたりの布団の上に乗って眠っているけど、身じろぎしたのがわかると、小虎は寝ぼけ眼で吾子の近くに寄ってきた。

 吾子の体越しに手を伸ばし、小虎の頭を撫でながら、

「おはよう」

 と小さな声で話すと、

「きゃ」

 と小さな声で返してきた。

 小虎はそのまま吾子の背中にぴったりとくっつくと眠り始める。

 その様子が微笑ましくて、起きたら吾子に教えようと思った。


「かかさま、おはようございます」

 狛(はく)様の声が聞こえてくるけど、少し焦りを感じているような気がする。

「おはようございます、狛様。吾子はまだ眠っております」

 と伝えれば、少し安心したような声で、

「そうでしたか。水を汲んできてから、また伺います」

 と言って、離れていく足音が聞こえてくる。

 静寂が訪れると私はまた眠りに落ちていった。


「かかさま、いいか?」

 その声に目を覚ます。

 ああ、白虎様がお越しになられたのね。

 私は入口の障子を開けようと起き上がろうとした時、吾子が着物をぎゅっと握っていて起き上がることができないことに気が付く。

「あの、白虎様、障子を開けることができないので、どうぞお入りください」

 吾子を起こさないように小さな声で白虎様に話しかけると、

「わかった。あこはまだ眠っているか?」

「はい。まだ眠っています」

「そうか。狛と一緒にはいるから、狛を見せないように抱いていてくれるか?」

「はい、わかりました」

 私は横になると、吾子の頭まで布団を掛けたあと抱きしめた。

 小虎は白虎様の気配を感じて、入口の近くまで歩いて行くとそこに座って障子が開くのを待っているのが見えた。


 少しの間があり、入口の障子が開くと白虎様の顔が見える。

 そのまま障子を開き、白虎様と手桶を抱えた狛様が入ってくるのを横になりながら見ている。

 小虎は白虎様を見かけると、じっと顔をみつめ、白虎様もまた、小虎の顔を見ている。

 その間に狛様が桶に入った水を壺に入れてくれている

「狛様、ありがとうございます」

 声を出さずに、笑顔を見せ、頭を振って応答してくれる。

 ふと、白虎様の顔を見ると、険しい顔をしているのが目に入ってくる。

 小虎が昨日のことを報告しているのかしら?

 

「かかさま。昨日は大変だったな。今、小虎から聞いた」

 狛様はきょとんとした顔で白虎様と私の顔を見ていて、

「狛、屋敷に帰ってから話す」

 と伝えると、

「あこの様子はどうだ?」

 と不安げな顔をして問いかけてくる。

「はい。昨日は1日、ずっと私の着物を握っていました」

「怖かったのだろうな。かかさま、今日は帰るから、あこに明日は待っている、と伝えてくれるか?」

 白虎様が落ち込んだ声で伝えてきたので、私は頷くと布団の中にいる吾子に、

「白虎様がきてくれているわよ」

 と話しかけてみる。

 白虎様、という言葉に反応したのか、びくっとして、吾子は目を覚ました。

「びゃっこさま、どこ?」

 私の顔をみて聞いたので、答えようとしたら白虎様が、

「おお、あこ、おはよう。元気か?」

 と吾子に話しかけてきた。

 吾子は布団から出て起き上がると、

「びゃっこさま、おはよう!」

 と眼をこすりながら挨拶をしている。

 吾子が起きたので私は布団をよけてから体を起こし、白虎様に向き直る

「明日、またいつものところで待っているからな。約束だぞ?」

「うん、やくそく。きょうのみず、これからくみにいく」

「今日の分は汲んできているから大丈夫だ」

「そうなの?」

 吾子が首を傾げているから、

「白虎様についている方が水を汲んできてくださったのよ。お礼をいいましょうね」

 と優しく話すと、

「うん。ありがとうございました!」

 その声にかぶせるように小虎も、

「きゃーお!」

 と鳴くから、おかしくて笑ってしまう。

 吾子と小虎の様子を白虎様も口元をほころばせている様子をみると温かな気持ちになる。

「さて、我はそろそろ家に戻ることにしよう。小虎、またよろしくな」

 小虎は頷くと、白虎様に頭を下げて吾子の元に歩いてくる。

「びゃっこさま、またあした!」

「また明日」

 と言って白虎様はくるりと体を翻し、帰っていった。


 入口の障子が閉まった途端、強いめまいを感じて布団に倒れこんでしまう。

「かかさま!」

 吾子が驚いた顔をして、私の顔を覗き込む。

「ごめんね、吾子。大丈夫だからね」

 吾子の背中を撫でながら伝える。

「ちょっと疲れちゃったから、少し眠るね」

「わかった。おやすみなさい」

 吾子は布団を体にかけてくれる。

(やさしい子に育ってほしいな)

 ふいにそんな言葉が浮かんできたが、そのまま眠りについた。


 ひさしぶりに見た夢は亡くなったかかさまが出てきて、わらべ歌を歌ったり、石でできたお手玉やおはじきで遊んだり、食事の準備をしたり、といった、何気ない日常だった。

 

 目を覚ましてから、教えることはたくさんあるのね、とちょっと苦笑いしてしまう。

 そのまま体を起こし、吾子はどこにいるのかと、探してみると、布団の端で丸くなり眠っていて、近くにいる小虎も同じように丸くなって眠っていたので、思わず笑いが零れてしまう。

 私の笑い声に気付いたのか、吾子が目を覚ますと、小虎も目を覚ます。

 同時にあくびをしていて、兄弟のようだな、と思った。

 吾子は私を見ると、

「かかさま、げんきになった?」

 と心配そうな表情で話しかけてきたので、

「はい、元気になりましたよ」

 と笑って答えると、吾子は、

「しょくじ、これからつくる」

 と言っていたので、

「吾子、一緒に食事を作ろうか?」

 首を傾げたので、

「板と包丁と塩と野菜を持ってきてくれるかな?」

 とお願いした。

 吾子は頷くと、かまどの近くに置いてある包みから、板と包丁と大根とねぎを持ってきた。

 私はそれを受け取ると、

「大根の葉っぱは少しの塩でもむとおいしく食べられるのよ」

 と話して大根のはっぱの部分を指の長さほどの大きさに切り揃えると、板のうえそのまま少しの塩をふりかけ、もみこんでいく。

「少ししんなりしたら、できあがりよ。口をあけて」

 口を開けた吾子に大根の葉をいれてみる。

「どうかな?」

 みるみる目を輝かせると、

「おいしい!もっとたべる」

 といって板の上にあるのをつまんで食べている。

「気に入った?今度は吾子が作ってね」

「うん、つくる!」

「大根のはっぱだけじゃなくて、かぶのはっぱでもできるのよ。今度はかぶのはっぱで作ろうか?」

「うん!」

 吾子の嬉しそうな声を聞きながら、温かいものが胸にひろがるのを感じていた。

 

 大根とねぎを一口大に切り終えると、板を持って吾子と一緒にかまどにいく。

「きょうはかかさまがひさしぶりに作るね」

 と吾子に話して、なべに米と野菜を入れて煮込み始めた。

「吾子、これからは、小虎のお世話もちゃんとしてね」

「おせわ?」

「はい。小虎の食事や水を準備したりしてね。吾子の役割よ」

「やくわり?」

「小虎のお世話をすることよ」

「うん、わかった!ことらのおせわする!」

「よろしくね。さぁ食事ができたから、食べましょうね」

 手近にある二人分のお皿と小虎用の小さなお皿にもよそうと吾子に小虎用の皿を持たせ土間に向かう。

 土間に3枚のお皿を並べ、私の横に吾子がきて、その隣に小虎が座る。

「では、食べましょう」

「はい」

「きゃーお!」

 小虎の返事に笑いをかみ殺しながら、一緒に食事を始める。


 いつか、吾子にこの日のことを思い出してもらえたらいいな、と願って。

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