第19話 憎しみ
「あこ、かかさまについて知っていることを話そう」
白虎は呼吸を整えたあと切り出す。
「かかさまの名前は志呂(しろ)と言ってな。近くの村に住んでいた」
吾子は白虎をじっと見つめ話しを聞いている。狛(はく)は少し身を引き小虎と一緒に白虎と吾子の会話を見守る。
「志呂には両親がいてな。ああ、両親というのは、志呂を育てた2人の人間のことだ。その両親に大切に育てられたのだが、ある日、2人とも病気で亡くなった。そのあとから、志呂は村の人から暴力を受け始めた」
「なぜ、ぼうりょくをうけたの?」
「志呂はあこと同じ、白い髪に白い肌、目は赤かったな?」
白虎に聞かれて吾子は頷く。
「村の人は、黒い髪と目の色は黒い。狛も同じだろ?」
吾子は狛を見る。
「この久知国(くちこく)の人間は、全員が黒い髪と黒い目を持っているのだ。だが、志呂は違かった。村の人から気味悪がられ、呪われた子だと言われ始めた」
白虎に視線を戻した吾子は黙って聞いている。
「それを言い出したのは、村長(むらおさ)という、村で一番偉い人間の子供で、名前を以都(いと)と言う。先月、突然あこの家に現れた人間だ」
白虎が吾子の顔を見ると、やはり恐怖の色が浮かび上がっている。
「その以都を中心にして、4人の村人が志呂に暴力をふるっていた」
吾子は目の前で志呂に暴力をふるう人間を見ている。その時を思い出しているのか、小刻みに体が震えている。狛は吾子に近寄ると、背中を撫で始める。
「あこ、怖いことを思い出させてすまん。大丈夫か?」
白虎は心配そうに吾子の顔を見ている。
吾子は震えながらも頷くと、
「みんなとかみとめのいろがちがうだけで、かかさまはうごかなくなったの?」
「そうだ」
「あこがぼうりょくをうけたのも、かみとめのいろがちがうからなの?」
「そうだ」
吾子のまわりの空気が揺らめいたような気がして、白虎はじっと見る。
「ひどい!」
その瞬間に吾子の周りの空気が大きく揺らぐ。
白虎は驚きを浮かべて様子を見ているが、小虎は空気の揺らぎをじっと見ている。
「かかさまと、あたたかくなったら、ことらとでかける、やくそくしたの!」
吾子は泣きながら、志呂との約束を話した。
「かかさま、ぼうりょくをうけなければ、もっといれたのに!」
吾子はそれがなんというのかわからなかったが、胸の中に抱えていたものが弾けたのを感じた。
「あこ、怒っていいのだ。もっと怒れ」
白虎に言われて、これが怒ることなのだと吾子は知る。
「志呂もあこも何も悪くないのだ。受け入れられない村人が悪いのだ」
その言葉に吾子は涙を零れ落とす。狛は静かに背中を撫で続ける。
「むらびと、わるいひとたち」
「そうだ。志呂とあこに暴力をふるった人たちは悪い人たちなのだ」
白虎様のその言葉に、吾子はさらに怒りがこみ上げてくる。
「悪い人間は許してはならないのだ」
吾子は頷くと、
「むらびと、ゆるさない!」
その言葉を発したとたん、さらに吾子の周りの空気が大きく揺らぐ。
「あこ、村人を懲らしめてやろう。志呂と同じ目に合わせよう」
その言葉に慌てたのは狛だった。
「白虎様!何を言っているのですか!」
だが白虎は、冷たく低い声で、
「我は正気だ、狛」
「白虎様!」
白虎は狛をひと睨みすると、吾子に向かい、
「あこ、村人を許すな。かかさまを死なせた村人を懲らしめてやろう」
吾子はその言葉に頷くと、
「むらびと、ゆるさない!」
吾子の周りの空気さらに大きく揺らぐ。
その揺らぎを小虎はじっと見ていた。
その日の夜。
吾子と小虎は割り当てられた部屋で眠ったのを確認した狛は、白虎の部屋に向かう。
「白虎様」
静かに障子越しに声を掛けると、
「入れ」
と聞こえたので、中に入る。白虎はいつもの場所で伏せている。
障子を閉めて、白虎の近くに寄ると、狛は小さな声で、
「白虎様、先ほどの件はどういうことですか?」
白虎は狛を見据えると、
「どうもこうもない。村人を懲らしめる、それだけだ」
「しかし、白虎様。それは国を守る神としてやってはいけないことではないのですか?」
「そうだ。だが、物分かりの悪い人間に咎を与えるのもまた我の役目だ」
「……それでも、俺は反対です。あこはやっと感情というものを出し始めてきました。怒りを覚えた、それを静める方法を教えるのは俺たちの役割ではないのですか?」
「……村人に復讐した狛らしからぬ言葉だな」
白虎は少し笑いながら狛を見る。
狛は苦い顔をして白虎を見る。
「だからこそ、ですよ」
狛は白虎をまっすぐに見つめる。
「だからこそ、村人を懲らしめるのだ」
蝋燭の灯りだけのうす暗い部屋で白虎と狛はお互いの顔を見る。
「俺は、あこに辛い思いをさせたくありません」
狛は白虎から顔を背け、悲し気な声で話す。
「村人に復讐して、すっきりしました。だけど、その後は空虚感を抱えることになりました」
白虎は狛を見ながら聞いている。
「意味もなく生きている今になんの価値があるのか、疑問を感じていました」
だから、と狛は白虎の顔を見ると、
「あこに同じ思いをさせたくはありません」
白虎は頷くと、
「狛、もし、お前が復讐をしなかった場合、どうなっていた?」
その言葉に狛は考える。
復讐をしなかったら……人を憎む気持ちだけが心に残り……いつかは解消されるのだろうか?
他の人に話せば、人を憎む気持ちは薄れていったのだろうか?
長い沈黙の後に狛は呻くように声を出す。
「憎しみを抱えたまま、解消されないまま、人生を歩んでいると思います」
白虎はまた頷くと、
「人間の歩む人生なんて、我からしたら、とても短いものだ。嬉しいことも悲しいことも何も感じずにただひたすら憎しみを抱えたまま人生を終わらせるのか?」
白虎様の言葉に納得している自分と納得できない自分がいる。
「狛、納得できないな。だが、吾子はいつまでここにいるのだろうか?」
狛は考える。
「今の感情を抱えたまま、表面上は納得していたとしても、悪意のある人間が言葉巧みに感情を刺激してしまったら?」
間違いなく、止める人間がいなければ村人に向かうだろう。
「我の手元から離れてしまえば、庇うことはできない。だが、今ならこれはやってはいけないことなのだ、と諭し、教えられる人間がいる」
白虎は狛を見る。
「あえて、復讐させると……?」
白虎は頷く。
「しかし……」
狛は戸惑う。
「狛は今のままでよい。あこの味方をしてほしい。我が責任を負うから」
白虎様の覚悟があるなら、俺が何を言っても仕方がない。
「わかりました」
狛はしぶしぶと頷く。
白虎は頷くと、それに、と話しを続ける。
「あこが怒りを見せた時の空気の揺らぎが気になる」
その言葉に首を傾げる。
「空気の揺らぎですか?」
「狛は感じなかったか。怒りが大きくなるにつれて、空気の揺らぎも大きくなっていってな。あの正体を知りたいのだ」
白虎は戸惑いを含んだ表情をしていた。
「小虎は何か知っていそうなのだが……」
白虎はそのまま考えこんでしまったので、狛は声をかけず、一礼だけして部屋に戻ろうとしたが、
「明日、あこが起きたら一緒に畑仕事をしてくれ」
「わかりました。おやすみなさい」
「ゆっくりとやすめ」
白虎にいとまを告げ、自分の部屋に戻った。
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