第11話 白虎の喜び

 狛(はく)と別れた白虎はいつものように水汲み場であこを待っている。


 師走も終わろうとしていたが、ここ数日、雪は降ることなく、水汲み場近くの雪も少しとけ始めている。

 なんの気なしに周りを見てみると、水仙が咲いているのが見えた。

(あこの家に行くから、土産に摘んでいくか)

 水仙に目を奪われていると、

「びゃっこさま、おはよう!」

 元気よく挨拶するあこが歩いてきた。

 白虎はしっぽをゆらり、と動かしてから立ち上がり、

「おはよう、あこ」

 と返しながら、あこの前に座った。

 

 あことここで会うようになって10日は過ぎただろうか?

 最初の頃は暗い顔していて、表情も全くなかったのだが、最近では、少し明るい顔になってきた。

 たぶん、ではあるが、ここ数日、あこへもかかさまにも暴力をふるう者がいなくなったことから、少しは心が軽くなってきたのだろうと思う。


「かかさま、まだねむっていたから、だから、」

 あこは話したいことがあるようだが、うまく表現できないようでもごもごと口を動かしているので白虎が補足する。

「うん?かかさまが眠っていたから、起こさないようにきた、ということか?」

 あこは白虎の顔を見て頷くと、

「うん。まだねむっていたから、おこさないようにきた」

 と白虎に話す。

「そうかそうか。あこはえらいな。かかさまを大事にするんだぞ」

「うん」

「よしよし。では、水を汲んでこようか?」

 あこは頷くと水を汲みに行く。その後ろ姿を白虎は見守っている。

 小さな体で懸命に桶に水をいれ、白虎の元に戻ってくる。

「えらいな。今日もちゃんと水を汲めたな。そうだ、今日はこれからあこの家にいくから、花を摘みたいんだ。手伝ってくれるかな?」

 あこは頷くと、

「はなをつむ?」

 と聞いてきたので、水仙の咲いているところまで一緒に歩くと、桶をおろすように伝えたあとに、

「花は食べることはないのだが、きれいな花を家でも見るために摘むことがあるんだ」

 白虎の説明に耳をかたむけ、静かに聞いていたが、

「はな、きれいです。いえでみるためにつむ。かかさま、よろこぶかな」

「きっと喜んでくれるぞ。さあ、2本ほど摘んで家に帰ろうか?」

 白虎の言葉に頷くと、

「どうやってつむ?」

「そうだな、その白い花の下に緑色の部分があるだろう?」

 あこは水仙の花をさわり、その下にある緑色の部分を触る。

「そうだ、今あこが触っているのが、茎と呼ばれる部分でその茎の真ん中あたりを折るように曲げてみるのだ」

 あこは言われた通りに茎の真ん中のあたりを持つと、曲げてみる。

 ぽき、という音ともに曲げた部分から茎と花がわかれた。

「つめた」

 あこはじっと手折った水仙を見て白虎に話す。

「うまくできたな。では、もう1本、同じように摘んでみてくれ」

 あこは頷くと、今手折ったところの隣の花を同じように茎の真ん中で手折る。

「にほん、つめた」

 と白虎の元に手折った水仙を持ってきて見せる。

「よくできたな。ではそれを持って家に帰ろうか?」

 あこは頷いたあと

「この、はなのなまえは?」

「これは水仙と言って、冬の時期に咲く花なんだ」

「すいせん、ふゆのはな」

 あこは呟くと、地面に伏せた白虎の上に桶をのせ、その近くに水仙を置くと白虎の背にまたがる。

 白虎はゆっくりと立ち上がり、家に向かって歩き始める。


 家に向かう雪道を歩きながら、背に乗せたあこは少しだけ、本当にわずかだが、重くなっている気がした。

(食事を2回とれるようになったことが大きいのかな)

 あこが成長していることを実感し、嬉しくなった白虎はしっぽを左右に振りながら歩いていく。


 間もなく、家が見えてくる頃だな、と思って視線を向けると狛(はく)が慌てて近くの木に隠れているのが見えて、その姿に笑いを堪える。

「今日、あこの家の中に入るのは、かかさまに贈った着物をみたいからなんだ」

「かかさまにきもの?」

「そうだ。我の近くにいる人間が作った着物を贈ったから、その姿を見たいと思ったんだ。あこがきている着物もその人間が作った物なんだ」

 その言葉を聞いたあこは、

「きもの、ありがとう」

 と白虎に話す。

「よいよい。また作っているからな、そのうち持ってくる」

「ありがとう、びゃっこさま」

 あこの家の中に入る目的を話しているうちに、家の障子の前に到着した。

「あこ、障子を開けてくれるか」

 とあこに頼むと、

「うん」

 と頷き、白虎が地面に伏せるのを待って降りる。

 そのまま、障子に向かって歩き、白虎が入れるように大きく開くと白虎の元に戻り、背に乗せた桶と水仙を持って家の中に入る。

 白虎は背が軽くなったことを確認すると、ゆっくりと立ち上がり、あこの後に続いて家へと向かう。


「かかさま、ただいま」

 吾子が布団の上で上半身を起こし座っているかかさまに声を掛けると、

「おかえりなさい」

 と言われた後、かかさまに近づいた吾子は

「びゃっこさまとはなをつんできた」

 と話して、水仙を2本渡すとかかさまは微笑みを浮かべながら、

「これは水仙ね?とても綺麗。摘んできてくれてありがとう」

 と吾子に話した。

「すいせんのはな、きれい」

 と言った後、桶を持って壺のところに行った。

 かかさまは水仙を膝の上に置くと入口にいる白虎を見て、

「白虎様、いつも吾子がお世話になっています」

 と頭を下げる。

「ふむ。気にしないでくれ。狛が作った着物、よく似合うな」

 と白虎は目を細めて見ている。かかさまは顔を少し赤らめると、

「ええ。先ほど、狛様にも、春の姫のようだ、と言われました」

 と伝えると白虎は少し笑って、

「狛のやつめ」

 と呟く。

「あの、白虎様、家の中にお入りください」

 障子の前で座っている白虎に声を掛ける。

「おお、よいのか?それでは、失礼するぞ」

 と言って立ち上がり、家の中に入ろうとした瞬間、

「ん?いや、まて、かかさま?」

「はい、なんでしょうか白虎様?」

「いや、ずいぶんと普通に話しているが、我の姿が見えて、声も聞こえているのか?」

 かかさまはきょとんとした顔を白虎に向けると、

「はい、見えますし、声も聞こえます」

 と微笑みながら白虎に伝えた。

「なんと、親子そろって我が見えるというのか!?」

 白虎は驚きで少し大きな声が出てしまい、吾子が驚いて白虎を見ている。

「あ、いや、すまん、大きな声を出してしまって」

「いえいえ。私も白虎様が見えるなんて、びっくりしています」

 と少し笑いながら、

「でも、姿が見えて、直接お礼を言えてよかったです」

 吾子は不思議そうに、白虎とかかさまの顔を見ていたが、かかさまがいる布団のほうに行き近くに座る。かかさまは居住まいを正すと、

「吾子のこと気にかけて頂き、本当にありがとうございます。今まで、体調が悪いこともあり、吾子と向き合えなかったのですが、きっかけを作ってくれた白虎様に感謝します」

 かかさまは白虎に頭を下げて、

「吾子は水汲み場から帰ってくると、今日は白虎様とどんな話しをしたか聞かせてくれるのです」

 かかさまは嬉しそうに話していて、その姿をみた白虎もまた嬉しかった。

「そうか。あこは我に会うと、かかさまのことばかり話しているぞ」

 その言葉にかかさまは目を見開く。

「今日、水仙を摘もうと我が言ったら、あこは、かかさま喜ぶかな?と言っていたぞ」

 白虎はその時の情景を思い出し、ふっ、と頬をゆるめる。

 かかさまはその言葉に膝の上でに乗せた水仙を見る。

 白虎はその様子を見ながら、真面目な声で、

「今まで、だいぶ苦労してきただろう」

 かかさまは突然の言葉に体が固まる。

「ここまでよく頑張ってきたな」

 その言葉で、かかさまは涙が溢れてしまった。

 吾子は不思議そうにかかさまの顔を見つめている。

「あこや。人間は嬉しい時や悲しい時は涙を流すことがある。今はまだわからないことだろうけど、覚えておけ」

 吾子はこくんと頷いた。白虎はかかさまを見つめ、

「今まで苦労してきた分、これからは少しでもいい思い出をふやしてほしいのだ。これからも食料を差し入れするし、あこについては言葉を覚えさせようと思っている。それを許してくれないだろうか?」

 涙を流していたかかさまは白虎の言葉に驚き、

「ありがたいお言葉です……本当にありがとうございます。吾子のことをどうか、宜しくお願い致します」

 かかさまは頭を下げて、白虎に感謝を伝える。

「よかった。それと、たまにいいので、我もここにきてもいいだろうか?」

 その言葉に女性は固まり、

「あ、あの、なにも、おもてなしできないのですが、それでもよければ……」

「もてなしはいらぬ。ただ、我の姿を見れる人間と話すのが楽しくてな」

 白虎の楽しげな声に、かかさまは緊張を解くと、

「はい、それでは」

 と白虎に笑いかけ、了承したことを伝えた。

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