第12話 親子の真実を知る狛

「では、あこ。また明日な」

 白虎はあことかかさまに挨拶をして家を出る。

 本当はもう少し話していたかったが、かかさまの体調を考えて早めに家を出た。


 入口の障子を閉める音が聞こえたことを確認し、少し歩いたところで狛(はく)を呼ぶ。

「聞いてくれ、狛。我の姿はかかさまにも見えることがわかったぞ」

 狛はその言葉に目を丸くした。

「これから、たまに家に行ってかかさまと話すことを許してもらった」

 白虎はご機嫌に歩きながら狛に話す。

「いや、そうですか。あまり気を使わせないようにしてくださいね。はぁ、俺はいつになったらあこの前に出られることやら……」

 狛は肩を落とし、ため息を吐きながら呟くと、

「そうだ、白虎様。これからあこ親子がいたと思われる村に行って話しを聞いてきます」

 白虎は立ち止まると、

「わかった。宜しく頼む」

 白虎の言葉に頷いた狛は、ここで白虎と別れ村へと進み始めた。


 村の入口に到着すると2人の見張り番がいたので、来村の目的を告げる。

 その言葉に片方の見張り番はなぜか青い顔をしながら、

「村長(むらおさ)に確認してきますので、ここでお待ち頂けますか?」

 と狛に伝える。その言葉に頷くと見張り番は村の中に入っていった。

 見張り番を見送りつつ、残っている見張り番にこの村の出身なのか、聞いてみる。

「はい。見張り番はすべてこの村の出身者が交代で行っています。それでないと、村の人なのか見分けがつきませんからね」

 15歳位だろうか?幼い感じがする男性が朗らかに説明してくれる。

「そうなると、白い女性のことは知っていますか?」

 見張り番は少し俯くと、

「僕が小さな時に、そのような女性がいたと聞いたことがありますが、見たことはないのです」

「そうですか……知っている方はいますかね?」

「そうですね、たぶん20を超えている大人の村人なら、わかるかもしれません」

「ありがとうございます」

 見張り番に礼を伝えたところで、村長のところに行っていた見張り番が戻ってきた。

「お待たせして申し訳ありません。村長がそれなら我が家にということでしたので、これから案内させていただきます」

 狛に向かって言ったあと、残っていた見張り番に、

「見張りを頼んだぞ」

 と言ったあと、狛を村長の家へと案内した。


 狛はこの村について、そんなに大きくない村で、畑がないな、と思った。

 普通の村なら家の近くに畑があるはずなので、疑問に思い見張り番に確認したところ、

「畑は村の外に共同で作っているところがあるので、村の中にはないのです」

「共同の畑ですか?」

「はい。村の若い人達が中心に作業をしていまして、収穫物は村の人全員に均等にわたるようにしています」

「珍しいことをしているのですね」

 狛が感心していると、見張り番は立ち止まると、

「実は、5年ほど前に……この村で事件がありまして……そこから村長がこういった形に変えたのです」

 狛はその話に興味を惹かれ、

「どんな事件があったのですか?」

 遠慮なしに見張り番に聞いてみるが、

「それが……」

 言葉を濁したと思うと、顔色が再び青くなってきた。

「大丈夫ですか?」

 見張り番に声を掛けたが、はっと息をのむと、

「そのことは……村長に聞いてください……」

 と言ったきり、黙り込んでしまう。

 気まずい沈黙の中、見張り番が立っている家の前に到着した。

「こちらが村長の家になります。では、失礼致します」

 ここまで一緒にきた見張り番は足早に去って行ってしまった。

 その姿を見送ったあとに、家の前にいる見張り番に声を掛けようとしたが、

「先ほどの者から話しを聞いております。中にどうぞ」

 と入口を開け、家の中に入る。

 村長と見張り番は打ち合わせしていたのだろう、囲炉裏のある部屋に案内される。

「失礼します」

 と声を掛けると、囲炉裏の前に座っている40代くらいの男性が、

「そこにどうぞ」

 と対面の場所に座るように促した。

「では、失礼します」

 と断りをいれてから、指示された場所に座る。

「私はこの村で長をしています、比太(ひた)と言います」

 対面にいる40代の男性が名乗る。

「私は山伏として修業している、狛と言います」

 狛は頭を下げる。

「さきほど、見張り番から話しを聞かせてもらいましたが……」

 比太は少し困惑した声色で狛に訪問の意図を探る。

「突然、お伺いし申し訳ありません。私がこの近くの山で修行をしている時に突然、白虎様があらわれ、この地に白い髪と肌をした女がいる。それは我の依代となる存在なのだから、早く見つけ出せ、とお話しになられまして」

 比太の顔色が少し悪くなるが、気づかないふりをしてそのまま話しを続ける。

「そのお話しを伺い、白虎様がお守りになっている久知国(くちこく)の中でそういった人間に心当たりがないか、あちこちの村を尋ね歩いていたところ、こちらの村で白い髪と肌をしている女性がいると聞き、この村にお伺いした次第です」

 比太はその話しを聞き、少し俯いたが、すぐに顔を上げると、

「そういうことでしたか。確かにこの村に白い髪と肌の女性がいましたが、5年程前でしょうか?突然、消えてしまったのです」

 狛は怪訝な表情で比太を見ると、

「消えた、ということはどういうことでしょうか?」

 比太は迷いの表情を浮かべているように思えた。

「その女性は死んでしまった、ということでしょうか?」

 比太はびくっと、体を震わせると、

「いえ、そういうわけではありません」

「では、生存しているのですね?居場所はどこでしょうか?」

「それが、その……」

 比太の言葉にも迷いがあらわれてくる。狛は黙ったまま比太の言葉を待つ。


 どのくらいの時間が経ったのか?比太は決意を固めて狛の顔を見る。

「5年前のことなのですが……私の息子がその女性をむりやり同衾したあげく、子を孕ませ、そのあと、この村から追い出してしまったのです。突然消えてしまった女性を探したのですが、その時は見つかりませんでした。居場所は息子の仲間達しか知りません」

 比太の話しに狛は衝撃を受けていた。

「比太様、その、お話ししづらいことだと思うのですが、なぜ、そんな事が起きたのでしょうか?」

 狛の言葉に迷いながらも話し始める。

「事の真相を聞いたのは最近のことなのですが……」

 比太はため息をつき、後悔の念をにじませながら、

「白い髪と肌の女性は、志呂(しろ)と言いまして、この村に住んでいた須波(すは)と志之(しの)の間にできた子でした。子が生まれてしばらくした後に志呂を抱いて挨拶にきたのですが、帰った後に息子の以都(いと)にぽろっと、呪われた子だと言ってしまいましてね。須波と志之が生きている間は何もなかったのですが、流行り病で2人が亡くなると、直後に以都と仲間達は志呂に同衾するようになったそうです。その時、志呂はまだ13でしたが、子を孕ませてしまい、生まれた子も白い肌だと言っていました。5年前の長月の頃、日付は覚えていないのですが、この村の南側、須波が住んでいた家で騒ぎがありました。見張り番に頼んで騒動を確認してもらったのですが、カラスが騒いでいただけだと……。多分、その少し前に子が生まれ、以都達が志呂を村から追い出したのだと思います」

 狛は演技ではなく、素で驚いていた。

 あこはあんなに小さな体で、5歳になるというのか?

 かかさまは18なのか?

 狛は混乱しながらもやっと絞り出した声で

「なぜ、そのようなことが起きたのでしょうか?」

 その言葉に比太は遠い目をして、

「私がぽろ、と言ってしまった、呪われた子という言葉が原因でした。以都は呪われた子なのだから、何をしてもいい、と思い始めたようで志呂を同衾するばかりではなく、生まれた子にも暴力をふるっていると、話していました。ところが最近では、志呂の子は化け物と手を組んで村を滅ぼそうとしている、と言い出し、早く殺さないといけない、と考えているようです」

 比太は俯いたまま、

「志呂と子にこれ以上の暴力を許すことはできませんので、以都は牢屋に入れました」

 比太の重いため息が零れる。

「……息子さんを牢屋に入れるという決断は難しいことでしたでしょう?」

「ええ。20を超えた息子にどうして牢屋に入ることになったか、反省をしてほしかったのですが……牢屋に入れた日から全く話してくれなくなり、食事を差し入れに行きましても、私たちを罵るばかりです」

 比太は涙をこぼしながらぽつりぽつりと話している。

「辛いですね」

 狛の言葉に比太は涙声になりながら、

「ええ。私たちも、あの子も……」

 狛も辛い気持ちになってしまうので話しを戻そうと、

「すみません、辛いことを聞いてしまいました。その、他の仲間の方は、志呂と子に暴力をふるうことはないのでしょうか?」

 比太はしゃくりあげながら、

「はい。仲間の1人、波里(はり)が先日この家にきまして、志呂親子の事を話してくれました。その時に以都の暴力が怖くて3人の仲間は志呂に暴力をふるっていたと言っていました。波里はまた、以都にこの話しをしたのがばれると暴力を振るわれるからと村から出て行きました」

 と話す。狛は頷き、

「わかりました。それでは、あと2人の仲間をご紹介いただけますでしょうか?」

 比太は涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げると、

「1人は先ほど、狛様を連れてきた見張り番で、あと1人は村の南側に住んでいる者です」

 と伝えた。

 狛は頷くと、ふと、

「そういえば、この村には共同で畑を作っていると聞きましたが、それはなぜですか?」

 と質問すると、

「それは志呂の事がきっかけです。志呂の両親が生きていた頃は村人の付き合いがありましたが、2人が亡くなった途端、村人は志呂と関わりを持たなくなったのです」

「それは見た目からでしょうか?」

「はい、おそらく。子が1人、村人から関わりを拒否されてしまったら生きていくことはできません。こういったことを2度起こさないように、畑を共同にし、村人全員が交代制で畑を管理し、収穫した作物は平等に行渡るようにしたのです」

 比太がしゃくりあげながら説明をしてくれる。

「素晴らしい長ですね」

 狛は素直な気持ちで称えたが、比太は寂しく笑うと、

「自分の息子は導くことはできませんでしたけど」

 比太の葛藤があらわれているような言葉だった。


「比太様、ありがとうございました。これから2人の仲間に会って、親子のいる場所に行きたいと思います」

 比太は真剣な顔で狛を見ると、

「狛様、お願いがあります」

 と切り出した。

「何でしょうか?」

 狛の言葉に少し息を吐いて、

「これから志呂に会われるのでしたら、今まで助けてやれなくて申し訳ない、息子がやったことはこれから償わせる、と伝えて頂けないでしょうか?本来は私がお詫びに行かないといけないことだと思っておりますが、その、顔を合わせ辛くて……」

 比太は涙を浮かべながら、狛に謝罪を伝えてほしいと話す。

 狛は少し考え、

「比太様、わかりました。伝えておきます。女性はずっと暴力を受けていたので、人に会うのは怖いことだと思っているはずです。その恐怖心が消えたころに一度謝罪に訪れてはいかがでしょうか?」

「はい。必ず伺います。そして、これから手助けしていきたいと思います」

 比太は力強く狛に伝えるが、

(直接の謝罪が間に合えばいいのだけど……)

 と心の中で呟く。

「それでは失礼致します」

 狛は比太にいとまごいをし、家を出た。

 

 狛は村の入口まで戻り、志呂親子の居場所について見張り番に聞くと、青い顔をしながらも教えてくれた。

 その場所はあこ親子が住んでいるところなので、あこのかかさまは志呂という名前でこの村の出身者だと断定できた。

 

 そこまで確認したあと、村を出て、屋敷へと向かって歩き始めた。

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