第9話 以都の正義
比太(ひた)は村の入口だけではなく、家の周りの警戒も始めた。
これは、息子の以都(いと)が志呂(しろ)と娘に暴力をふるうために家を抜け出さないようにするためだ。
(この件は、村長(むらおさ)の息子が起こした重大な事件だ)
比太は責任の重さを痛いほど感じ、どのように自身を処分すればいいのか考え始めていた。
獣の唸り声を聞いた翌日の東雲が始まる前、以都は白女の子に暴力をふるうために家を出た。
途中でいつもの仲間の家に行ったが、白虎様に殺されてしまう、と言って誰も家から出てこなかった。
仕方なしに以都1人で水汲み場に行ったら、白女の子が1人水を汲んでいるところを見つけた。
すきを見て、殴ってやろうと思い、木に隠れて様子を探っていたが、不思議な光景を目の当たりにする。
子と桶が浮いているように見えたのだ。子は歩いておらず、何かにまたがっているような姿で上下に微かに揺れながら雪道の上を進んでいるように見える。
なおも目を凝らしてみているが、何度見ても子と桶が空中に浮いているようにしか見えず、時折吹く風に乗って、子の話し声も聞こえてきたような気がする。
(なんなんだあれは)
以都は気味の悪さを感じ、家に戻った。
その日の夜は朝の光景を思い出して、同衾する気になれなかったので、夜がくると共に眠った。
次の日の朝、東雲が始まる前に1人で水汲み場に行ってみたところ、昨日の光景が目の前で繰り広げられている。
(呪(まじな)いを使って、化け物に魂を売ったのか?)
とその光景をみて以都は思い始める。
(ならば、村に危害をくわえないためにも殺さないといけないな)
以都は実行方法を考えるために家に戻ることにした。
だが、その日、日中を過ぎたころ、ととから呼び出された。
「話がある」
ととは躊躇いながら、以都をまっすぐに見て話しを続ける。
「朝のうちに村に用事があって出かけたら、お前が白女と呼ぶ、志呂に暴力をふるっていると聞かされた」
以都は白女に名前があることに驚いたが、
「ととは白女は呪われた娘だと言っていましたよね?それなら排除して殺さないとこの村が呪われてしまうじゃないですか?」
ととは頭を抱えると、
「やっぱりか……」
と大きなため息をつくと、
「たとえ呪われた娘だとしても、殺してもいい、なんてことにはならないのだぞ」
「では、呪われた娘がここにいて、村が滅びてもいい、というのですか?」
「では、その女性がいた、13年間、村に何かあったか?」
「13年の間に何もなくても、これから起きるかもしれないのに?現に、あの白女の子は化け物と手を組んで村を滅ぼそうとしてるんですよ?」
「どういうことだ、それは?」
以都は昨日と今日の朝、村の共同の水汲み場で見てきた光景を説明すると、ととは呆れた声で、
「お前は、まだ暴力をふるおうとしているのだな」
と話す。
「呪われた娘と子を殺すことはこの村を守るためであり、村長(むらおさ)として当然だと思います」
村を守るととがなぜ、そんなに呆れた顔をしているのか、以都は不思議で仕方なかった。
「お前の言い分は、この村を守るために呪われた親子は理由を聞くこともなく殺す、というのだな?」
以都は大きく頷く。
「では、村長(むらおさ)として以都に命令をくだす。今後一切、この家から出るな。禁を破った場合、この村から出て行くことを命じる。話しは以上だ」
ととはそれからは一切、何も話さなかった。
以都は釈然としない思いを抱えて自分が使っている部屋に戻ると、敷きっぱなしになっていた布団の上に寝転ぶ。
村を守るために、呪われた親子を殺すことはこの村を守ることになるのに、なぜ、呪われた親子をととは庇うのだろうか?
このまま放置したら、いつ化け物と手を組んだあの娘の子がこの村を襲うかもしれないのに、なぜだ?
ぐるぐると考えているうちに、眠り込んでしまった。
次に目を覚ますと、夕方近くになっていた。
そろそろ食事の時間だと思うので、部屋を出て、いつも食事をする部屋に行こうとした時に、かか、が部屋に顔を出した。
挨拶をしようとしたが、何も言わず、俺の顔を見ることもなく食事を置いてさっさと出て行ってしまった。
その様子をぽかーんと見送ったあと、
(村のことを思って行動しているのになんでこんな仕打ちを受けなきゃいけないんだ?)
食事をしながらも、怒りがこみあげてくる。そして、その怒りは志呂親子へと向かう。
(あの白女と子が生きているのが悪いのだ。早く殺さないと)
食事を終えたあと、以都はどのようにしてこの部屋から出られるか考え始めた。
今日、とと、と話したあと、家の出入り口だけではなく部屋にも見張り番が立つようになったため、厠(かわや)に行く途中で抜けだすことができないか、と考えた。
だが、部屋を出た瞬間から、見張り番が後をついてくる。
「厠に行くだけだが」
と見張り番に声を掛けても、
「村長の指示ですので」
と言うだけで後をつけるのをやめなかった。
部屋から厠までの往復で、抜け出すことはできなそうだった。
(暗くなってからだとわからないのかもしれない。朝の明るい時間であれば何か見つかるかもしれない)
と思った以都は早めに寝ることにした。
翌朝、空が白み始める東雲の頃に、厠に行こうと部屋を出る。
見張りが後をついてくるが、悟られないように、周りを確認しながら抜け出すための経路を探す。
だが、見張り番はあちこちに立っており、抜け出すことが難しい、という状況がわかっただけだった。
落胆して部屋に戻ると、
(そうか、見張り番を殴ればいいんだな)
と突然閃いた。
先ほどみてきた番人達はそんなに強そうな者はいないように思えた。
それなら、暴力をふるえば外に出られる。
以都は朝の食事後に実行することを考え、布団の中に入った。
ひと眠りしたあと、目を覚ますと、食事が部屋に運ばれていた。
静かに食事をしながら、どのような手順で見張り番を殴るか考え始めた。
食事を終えて、しばらく経った後に厠に向かうため部屋を出ると、番人がついてくるのを確認した。
家を出たところであたりを見回し、他の見張り番がいないことを確認したあと、後ろについていた見張り番に向き直ると、殴りかかる。
だが、やすやすと躱され、逆に以都のお腹のあたりを殴られる。
その反撃に以都は膝をおり、うずくまったところで駆け付けた他の番人たちの手によって縄を掛けられた。
そしてそのまま村の中にある、牢屋の中へと運び込まれた。
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