第8話 村長(むらおさ)の心配
村長(むらおさ)の比太(ひた)は息子の以都について頭を抱えた。
先ほど村長の元を訪れてきていた男性がいた。
その男性は波里(はり)といい、息子といつも一緒にいて、よく行動を共にしていたので比太もよく顔を合わせていた。
「突然お伺いしてすみません」
波里は青い顔をしていて、よく見ると小刻みに震えているようだった。
「何かありましたか?」
波里は少し怯えた表情を見せて、
「あの、以都(いと)は?」
聞かれたので、
「部屋にいますよ。呼びますか?」
と呼びに行こうとしたら、波里は慌てて、
「大丈夫です、今日は村長様に話が合ってきたんです」
真剣な表情になると、声をひそめて話し始める。
「実は2日前の朝なのですが……以都と他の仲間で白虎様に怒られまして……」
話しの内容がよくわからなかったので、
「朝からなぜ、白虎様に怒られたのですか?」
質問すると、びくっと体を震わせ、
「ああ、そうですね、その前に説明をしないといけないですね」
と下を向くと、しばらくしてから顔を上げて
「以都が、白女と呼んでいる女性の娘をですね、その、殴るために、その、共同の水汲み場にいたのですが」
その言葉に衝撃を受ける。
「娘を殴るため?どういうことですか?」
波里は、口を開いては閉じてを繰り返していたが、やっと話しを始めた。
「あの、白女と子は呪われているから、何をしても大丈夫だと、以都が言い初めたので」
比太はさらに衝撃を受ける。
白女と呼ばれている女性について比太は心当たりがあった。
5年程前に亡くなった夫婦の子供の頃だろう。
名前は確か、志呂(しろ)と言っていたと思う。
両親を相次いで流行り病で亡くし、村で弔ったが、そのあとしばらくすると娘がいなくなっていた。
当時、行方を捜したがどうにも見当たらずに諦めていた。
その娘が生きていて、子もいると言っているのか?
「待ってくれ。以都が主体となりその女性の子を殴っていたと?」
波里は青い顔のまま頷くと、
「女性の子だけではなく、女性にも暴力をふるっていまして、その、無理やり4人で同衾することもありまして、女性の子は以都と僕たちの4人の中の誰かの子です」
比太はあまりの衝撃に言葉が出なくなっていた。
波里は罪を告発するかのように、後悔を滲ませながら話しを続ける。
「その女性が産んだ子もまた白くて、以都は白蛇を殺したの呪いだと言い、この村で住んでいた家に石を投げ入れ、村から追い出したのです。その後、以都は女性の居場所を探しあて、呪われた親子だから何をしてもいいのだと、容赦なく、子にも手を挙げたのです」
波里は涙をこぼしながら話しを続ける。
「女性の子が早くに水汲み場に行くことを知った以都は僕らを早く起こし、水汲み場に連れていき、子に暴力をふるっていたのです。ところが2日前の朝、いつものように水汲み場に行ったところ、子が1人いたので、いつものように暴力をふるっていたのですが、その時に獣の唸り声が聞こえてきたのです」
波里は思い出したのか、体をふる、と震わせると、
「最初はどこに獣がいるのか、探したのです。でもあたりは雪が積もっているだけでそれらしい獣の姿が見えなくて、でも、ずっと唸り声は聞こえているのです。怖くなった僕は、仲間に白虎様が怒っているのでは、と言って、以都を引きずるようにして、その場を後にしたのです」
波里はいまだ青い顔をしていて、涙を流しながら、
「白虎様に怒られてしまえば、僕は死ぬしかありません」
白虎様は久知国を守ってくれる尊い存在で、白虎様の怒りにふれたものは死が待ち受けるだろう、と久知国に住む人は幼少の頃から聞かされている。
「それなら、村長様に真相を話したいと思い、ここに参りました」
波里は泣き崩れた。
「以都以外の僕たち3人は誰も女性にも子にも暴力を止めることができませんでした。やめよう、と言えば、以都に殴られるのは僕たちになるからです。僕たちも痛い思いをしたくなくて、ずるずると暴力を止めなかったのです」
波里は声を押し殺して泣いている。
比太は事実を受け止めきれず、呆然としてしまう。
波里はしゃくりあげながら最後に、
「僕が話したことを以都に伝えないでください。僕が殴られてしまいます」
お願いします、と頭を下げて、波里は家を出て行った。
比太は座り込んで見送るだけしかできなかった。
比太と知加(ちか)はなかなか子に恵まれず、あきらめていた時に授かったのが以都だった。
遅くにできた子だったので、病気やケガをさせないように大切に大事に育ててきた。
2人の思いが通じたのか、7つになるまで、病気せずに元気よく育ってくれた。
7つになり、3人で国の中央にある白虎様を祀るところに行き、子が無事に育っていること、これからも無事に大きくなってほしい、とお願いした。
ただ、あまりにも大事にしずきて、あれが欲しいと言えば、与え、あの人間は気に入らない、と言えば以都から遠ざけた。
それがいけなかったのかもしれない。
以都は要求したことが通らないとわかると癇癪を起すようになった。
比太と知加は周りに相談し、大きくなるための過程で、癇癪を起しても受け入れられないことに対しては拒否すればいい、と言われてから、癇癪を起しても内容を聞いて、放置しても問題ないなら放置をしていた。
それからの以都は癇癪をおこしても要求が通らない、とわかると少しずつ大人しくなっていき、親の言うことも聞くようになっていったので聞き分けの言い息子に育ったと思っていたのだが……。
今波里の話しを聞いて、それが大きな勘違いだと悟った。
(そうだ、志呂)
生きていたのは嬉しいことだったが、自分の息子が暴力をふるっていたなんて……。
ふと、志呂が生まれて、両親が挨拶にきた時のこと思い出した。
須波(すは)と志之(しの)は娘が生まれて比太に挨拶にきて、白虎様の加護を受けた子が生まれたと言っていた。
その言葉どおりで、真っ白な肌をしていたが、時折目を開けると、赤い目をしていた。
(まるで白蛇みたいだ)
と思ったが、口には出さなかった。
帰った後に何気なく以都に、
「須波と志之の娘は呪われているのかもしれないな」
と呟いてしまった。
以都は黙って聞いていたが、その言葉を信じて暴力を振るうきっかけになったかもしれない。
そして、段々と暴力行為が高じて同衾をして、子を孕ませ、生まれた娘に暴力をふるっているとは。
(死んでしまった2人になんと言ってお詫びすればいいのか)
はっと気づき、
(あの親子に以都が近づかないようにしないと)
比太は家から出て、村を守る番人に会いに行くと、入口から以都が出て行くことがないように伝えるとともに、時折でいいので、村の共同の水汲み場まで見回りをしてほしいと伝えた。
(これで少しは親子への暴力回数は減るだろう)
白虎様に志呂親子の加護があるように願って、家に戻った。
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