第28話 春朝:南国忌、明けし02

 帰宅した花の両手に抱えられた荷物を見て、龍一や菊池、訪ねてきて一休みしていた斎藤も目が点になった。

 まあそれも致し方ないことで、買い物袋やエコバックにこれでもかと惣菜やら食料やら甘味やらをがっつり、買い込んできたのである。

「花ちゃん、こんなにどうしたの」

「え? だって今日は南国忌じゃないですか」

 即答で返す。

 南国忌というものがあるというのを、調べて初めて知った。一体どういうことをやるかと更に調べれば、法要にしては随分と賑やかで楽しいものらしい。

「今日はここで色んな話をしたいなあって思ったんで! 宗一さんの話とか宗一さんの話とか、宗一さんの話とか!」

「まあ今日はそういう日だからそうなるんだけどね?」

 和座卓に惣菜をパックのまま置いていく。後で皿を持参して盛り直すつもりだ。折角なので奮発してちょっと高級なスーパーでの惣菜なども買ったし、ついでに酒なども買った。下戸やら呑みつけないやらで恐らく量はいらないだろうと思って甘口のスパークリングワインを選んでみた。どうせなら、賑やかにしてやろうと思ったのだ。大々的に行う法要よりはこじんまりしたものだけど、決して寂しい思いはさせないようにと。

「花ちゃん、お皿持ってくるね。あとグラス?」

「あ、はい! お願いします!」

 龍一がお盆に皿とグラスを乗せてくる。そこに小さなお猪口を見つけて首を傾げると、ぽよん、と真横で丸いものが跳ねた。

「菊池も呑むでしょ。下戸だけど」

「勿論だよ!」

「え、あれ、でも菊池さん今現在生後六ヶ月のベイビーって言ってませんでしたっけ……?」

「魂はまだ成人しているから問題はないよ!」

 そ、そういうものなのか。そんなことを思いながら、皿を手に取り、惣菜を乗せる。ふっくらハンバーグにローストビーフ。魚のマリネに、フルーツサラダに、面倒なので人数分のオムライスも買ってきた。普段は、そこで寝ている彼が作ってくれるし、まあ寝ていても花が作れば良いのだが、今日は作っている時間が勿体ない。

 語るのだ。出会ってから、今まで、知った宗一のことを。そして聞くのだ。彼等の友である宗一の話を。


 今日は、そういう日なのだ。

 彼を想う日なのだ。

 だから、存分に、楽しく過ごそうと決める。


「じゃあ、乾杯しましょう!」

 なみなみと注がれたグラスを手に、花はにっこり、笑みを咲かせる。

 かんぱぁい! という音頭が、部屋の中でぱちりと、跳ねた。

                               

 今晩は眠れる気が、しない。


***          


 いい夢を、見ていた気がする。


――なんや、ぬっくい……。


 重い瞼をこじ開けると薄暗い、見覚えのある天井が宗一の視界を占めた。身体はひどく、怠い。まあ、それはそうだろうと思い返す。随分と心身に負荷がかかっていたのだ。まずはここに帰ってこれた幸運に感謝すべきだろう。本当に記憶が分断され下手をすれば本当に失われたかもしれないのだ。

 ……悔しいが、あのお守りとやらの効果は絶大だったらしい。

――ほんま、あいつは俺のことわかりすぎてて嫌になるわ。

 それは逆を返せば宗一もまた、龍一のことを理解しているということになる。お互い、似ているようで似ていなくて、でもやっぱり何か通じるものがある。決して常に傍にあったわけではないが、それでも自然体で向き合えた相手なのは昔も、そして今も変わらないのだろう。

 ふう、とそこでようやっと自分が動けない、という事実に気がついた。倦怠感に支配されているだけではなかったらしい。両脇をがっちりと固められていた。

 右側には布団にくるまった花がすうすう眠っている。正直、少しは身の安全を考えて欲しいとは、思う。まあ当然襲う気など欠片もないのだが、やはり警戒心というものは多少は備えて貰わないと、心配する側としては大変困るのだ。

 そして左側はぺっとりくっつくように龍一がぴすぴす鼻を鳴らしながら眠っていた。犬か、犬だな。こいつがどんなに苦手だったとしても犬としか例えようがないので、まあ諦めろというしかない。


「なおき」


 小さな声が、耳元で跳ねる。

 相変わらず丸い、鞠のような姿の菊池がころんころんと宗一の耳元を転がっている。

「……まだおったんかい」

「そりゃあ、そうだよ」

 さも当たり前のように言う。全くこの男も人のことばかりで、少しは自分の新しい人生も謳歌することを考えるべきなのではないか。

「君が目覚めるまで、この目で確かめないと。おちおちベビーライフに専念できないからね」

「べびーらいふ、て」

 掠れた声でも突っ込んでしまうのは、もう関西人の性というべきか。

「僕も、ふたりの傍にいつまでもいられるわけじゃあないからね。でも、居られる限りは居たいとは思うよ」

「阿呆ゥ、ほんまに世話焼きも大概にせえよ」

 嫌だね、と笑う声がぽよん、と跳ねた。

 外で、鳥の鳴き声が聞こえてくる。うっすらと天井の色が明るくなるのを、宗一は眩しそうに目を細めながら見つめていた。朝の、音だ。そう思うと、胸の奥にふんわりと熱が灯ったように感じられる。

「もう少し、眠るが良いよ」

 横で甲高い声が、笑う。

「せやな、もう少し寝よか」

 両脇の温もりに包まれながら、宗一は再び瞼を閉じた。


 自分に訪れた、夜明けの淡い光の中で。すうすう、と寝息を紡ぐ。

 繋ぎ止めてくれる、ふたつのあたたかい重みを感じながら。

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