第9話 殺す価値のない少年たちの話 中編

「ガハハハハ!この程度で俺様が負けるわけねぇだろ!!」


 高らかに笑い声を上げながらも口から血を吐き出します。先程『凶殺の道化師』に腹を蹴られた線織せんりという名の青少年は口元の血を拭いながら廃ビルの外へと駆け出した『凶殺の道化師』殺人鬼を追いかけました。


線織せんり無事か?」

「弱虫に心配されるほど俺様は弱くねぇ!」


 短刀を帯刀し代わりに腰から黒く手の甲がナックルのようにゴツくなっている手袋をはめると両手の拳を突き合わせてやる気を表します。


「そうか、頼りになるな」


 合流した青少年は帯刀している剣を抜き構えながら『凶殺の道化師』の背を見据えます。

 おそらくこの青少年が電気を纏わせる青少年の言っていた孝太こうたという名の者でしょう。


「俺様だからな!」


 自信たっぷりに笑う線織せんりは褒められたことが嬉しいのかさらにスピードを上げて『凶殺の道化師』を追いかけます。


「待ちやがれぇええ殺人鬼ぃいいい!!」


 その言葉にピタッと『凶殺の道化師』は立ち止まります。そして進行方向を変えて線織せんり孝太こうたの目の前まで近づきました。

 立ち尽くす殺人鬼を目の前にすると圧倒的な恐怖感と隙のなさ、そして自分の死を錯覚させるほどの殺気に二人して身体が膠着しました。


「……うごっ…けねぇ……し…ぬ…?」

「……っ!!」


 喉から搾り出すように声を出す線織せんり

 声すらも出ずに喉を詰まらせる孝太こうた


「……うん、学生アルバイト素人は普通そうなる」


 『凶殺の道化師』は満足したかのように独りごちります。


「やっぱりあの電気男はおかしい」


 震えてはいたものの平然と動き普通に対峙していた電気を纏わせる青少年が『凶殺の道化師』の脳内に浮かぶ上がります。


「殺す意味はない。けど、これからも邪魔するなら手に負えなくなる前にそう」


 先程『凶殺の道化師』が電気を纏わせる青少年と戦っていた廃ビルににんまりとした笑顔の道化師の仮面を向けて物騒な一言を溢しました。

 その言葉と同時に殺気の圧が強くなり、恐怖感が増していきながらも孝太こうたはその恐怖に抗おうと身体に力を込めて無理矢理動かさんとしていました。殺させてたまるかっという強い意志を込めて身体を鼓舞させます。

 『凶殺の道化師』はざりっと足音を立てながら足を前に踏み締めます。

 その些細な何の意味もない行動にすらも翻弄されて、まるで『凶殺の道化師』が電気を纏わせる青少年の元へと向かったかのような目線の動かし方をしました。

 その錯乱具合に『凶殺の道化師』は面白そうに仮面の下で笑みを浮かべます。


「っていったら、どうする?」

「……っえ?」


 急に解かれる殺気と試すような物言いに、孝太こうたは一瞬で体の力が抜けきり間抜けな呆け面を晒します。


「やっと動けるぜっ!俺様が殺してやる殺人鬼!!」


 自由に動けるようになった途端、嬉々として襲いかかる線織せんりはナックルのようにゴツい手袋に魔力を込め、手の甲のあたりから鋭い爪を三本生やし鉤爪の形へと変えます。魔導武器と呼ばれる武器の一つです。

 魔導武器とは魔力を流すことによって変動する武器のことです。例えば継ぎ接ぎの見た目をした剣に魔力を注ぐことで蛇腹剣に変わったり、メイス型の武器に魔力を注ぐことで無尽蔵に鎖が伸びるフレイル型の武器に変わったりする武器のことです。

 単純で真っ直ぐな駆け引きを知らない戦い方をする線織せんりの攻撃を全て交わした後、線織せんりの背後に回り込み首根っこ捕まえます。

 呆けていた孝太こうた線織せんりの首根っこが捕まれた瞬間『凶殺の道化師』の腕を躊躇なく斬り付けます。躱わされ当たることのない攻撃何度も何度も繰り返し剣筋が線織せんりの腕にを掠めると慌てて攻撃をやめました。


「俺様を斬んじゃねぇ!下手くそ!!」

「す、すまない」


 手足をばたつかせながら叫ぶ線織せんりに肩をすくめて謝る孝太こうた。そんな二人のやり取りを『凶殺の道化師』は鼻で笑います。


「安心して、ほしい。殺す価値ないから見逃してあげる」

「…どういう、意味だ?」

「そのままの意味」


 『凶殺の道化師』の言葉に孝太こうた怒りました。それでもその怒りを隠そうと柄を強く強く握り締めて、歯を食いしばって堪えます。

「それに殺す価値ない人を殺すほど暇じゃない」

 瞳孔が開き、悔しそうに顔を顰めて、下唇を噛み締めます。額には青筋が浮かび、冷静さを欠いていました。


「……るなっ」


 孝太こうたの呟きは誰の耳にも届くことはありませんでした。


「それに、まだ、死にたくない……よね?」

「ふざけるなぁっ!!」


 怒号をあげながら『凶殺の道化師』に向かって斬り掛かる孝太こうたは憎まし気に声を荒げました。


「殺す価値がないだと?俺を中途半端に生かして地獄に叩き落としておいて!!一生もののトラウマを植え付けておいて!!」


 『凶殺の道化師』はまるで何のことを言っているかわからないと言いた気に首を傾げます。


「死にたいなら今殺してあげるけど……?」


 その人の気持ちを何一つ理解しようとしない態度が気に食わないようです。


『凶殺の道化師』おまえは俺を嘲り蔑んでどこまでもバカにする!!」

「……?」


 孝太こうたの言っている言葉の意味を『凶殺の道化師』は一ミリも理解できませんでした。

 ただ荒々しく振るわれる剣撃を避けながら、なぜそんなに辛そうな苦悶の表情を浮かべているのかを疑問に思うばかりです。


「初対面のはず、だけど?」


 口籠もりながら呟かれた一言は孝太こうたの耳にも届いてしまいました。

 その言葉を聞き、孝太こうたは目を大きく見開かせて悔しそうに吼えました。


「くっそぉおおおおおっ!!!」


 力任せにぞんざいに振られ続ける剣を『凶殺の道化師』は軽くナイフで払いました。するとキーンという激しく金属がぶつかる音が暗闇の中響き渡ります。孝太こうたが手にしていた剣の刀は二つに割れ柄から離された刀身は近くの壁に突き刺さりました。

 ツーっと生暖かい液体首から垂れると共にチクリとした微かな痛みを感じました。視線をゆっくり下げれば、『凶殺の道化師』が持つナイフの先が孝太こうた喉元に触れています。

 いつでも殺せるぞという『凶殺の道化師』の意思表示にも取れる行動に頭に上っていた血の気が一気に引きました。

 一歩二歩とゆっくり足を後ろに動かし、ドサっとその場に座り込みます。

 そこでようやく正気と冷静さを取り戻したところで初めて気づきました。線織せんりがいつの間にやら『凶殺の道化師』の手元から離れていることに。恐る恐る後ろを向けばドクドクと血を流しながら倒れ伏し、浅い呼吸を繰り返していました。


線織せんりっ!!」


 『凶殺の道化師』殺人鬼に背を向けて仲間の元へと駆け出します。

 うつ伏せの状態で倒れていた線織せんりは背中が大きく斬り裂かれていました。傷口を手当てしようと懐に手を入れたところで、孝太こうたの意識はプツリと途切れます。

 静かに、そして呆気なく近くにいた気配すら感じ取れずに意識を刈り取られてしまいました。

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堕ちゆく少女のモノガタリ 雪川美冬 @mifuyu3614

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