第9話 殺す価値のない少年たちの話 前編

「くそっ!学生アルバイト素人如きに見つかるなんて」


——油断した。あまりに快適だったから油断してた


 季節は秋。黒猫という名の女性から揶揄われ遊ばれてから約一月後の11月。『凶殺の道化師』は舌打ち混じりに機械音声の混じる声で悪態を吐きながら裏路地を走っていました。フードを目深に被り、懐から道化師の仮面を探しています。


——落とした?どこに?


 ことの発端は十二時間ほど前、壊滅させたとある悪徳研究者の集う人道的組織、通称悪徳組織。そんな悪徳組織の連中が使っていた研究所で思いの外充実した時間を過ごしていました。

 女性研究員も居たおかげで変えの真新しい下着を手に入れた『凶殺の道化師』は3日ぶりのお風呂を堪能。その後、大量の保存食を見つけ持てるだけ服に仕込み、落ちてた新聞で最近の情報を手に入れ、そのまま血に染まったソファの上で寝落ちました。

 お風呂で芯まで温まり、お腹も満たされ、細かい字で記載された新聞の内容を熟読。しばらく野宿で食事もまともに取っていなかった『凶殺の道化師』にとって久方ぶりと言えるほどの暖かくて心地のいい時間を過ごしたことにより、寝てしまったのは致し方がありません。

 ただ、『凶殺の道化師』の眠っているソファは血まみれで、その部屋にはたくさんの死体が転がってはいましたが。

 『凶殺の道化師』が目覚めたのは日の落ちきる前の夕方頃でした。魔組合の管理下にある学校に通っている人たちがアルバイトととして組合の為に働いている隊員もしくは準隊員と呼ばれる素人集団が建物に入ってきた物音で目を覚ましました。

 寝起きで正しく回っていない頭で驚き焦った『凶殺の道化師』は頭で考えるより先に窓から飛び降り、気早にその場から離れます。

 魔組合の学生アルバイト達の中に索敵系統の能力を持つ者がいた事ですぐに見つかり追いかけられているのが現状です。

 『凶殺の道化師』は体の至る所を弄り道化師の仮面を探しました。コートのポケットも裾もスカートの裏もセーラー服の中も後ろ襟もフードの中ですら探しました。けれど仮面は何処にもなく、己の迂闊さに呆れ恥じて下唇を強く噛み締めました。

 走っている最中もフードが取れないように細心の注意を払いました。監視カメラに映らないように俯きになりながら、ナイフを投げてカメラを破壊します。

 どうにか顔を見られないように必死です。

 視界の隅でチカっと何かが閃きました。

 視線を移せば電光のようなものが猛スピードで横を通り過ぎ前方に黄色い髪の青少年が短機関銃を持って現れます。


「……っ!」


——悪いけど、顔を見られた以上殺す


 『凶殺の道化師』はいきなり現れた電気を纏う青少年に驚きながらも直ぐ臨戦体制に移ります。


「ごめん」


 青少年は一言謝罪の言葉を発すると手に持っている短機関銃サブマシンガンの引き金を引きました。

 目の前でぶっ放される毎分五〇〇発の銃弾が躊躇なく『凶殺の道化師』に降り注ぎ、コートやセーラー服を時には『凶殺の道化師』の肌さえ打ち掠めます。

 『凶殺の道化師』は身を屈め、一瞬にして間合いを詰めました。左目に魔力を注ぎ込み目を強化すると最低限の動きで躱したり、二振りの刃で急所に当たるでおろう銃弾を弾き斬ったりしながら青少年に近づきました。

 獲物が青少年に届くほどの距離に近づくと、二振りの刃で手足や急所を切り裂かんとしています。


「……うっそぉ」


 青少年は刃が頬にを掠ると驚きと恐怖でビリビリと電気を纏い光のように素早い速度で一気に距離を離しました。


「っち、殺し……ん?」

「えっなに??」


 『凶殺の道化師』は殺気を放ち青少年を殺そうとしてから一転して、殺気を収めて首を捻りました。

 急に戦意喪失した『凶殺の道化師』を見て、青少年も引き金から手を離し同じように首を傾げています。


「あーあー、アメンボ赤いなあいうえお……」

「え、どうしたの急に!怖い!!大丈夫!?」


 突然行われた発声練習に使われるあめんぼの歌の一節をそこそこの声量で声を出す『凶殺の道化師』の奇行に青少年は素で引き、わけがわからない行動に一歩後退ります。『凶殺の道化師』の精神状態を本気で心配し出します。

 青少年を無視してしばらく無機質な機械のような声で発声した後、『凶殺の道化師』は青少年に問いかけました。


「……ねぇ道化師の仮面ついてる?」

「つ、付いてます」

「……ほんと?」

「この状態で嘘つけないよぉ!!そんな豪胆じゃないよぉ!!さっきから何?怖いよぉ!!」

「……ほんとだ」


 『凶殺の道化師』は自分の顔をペタペタと触りながら道化師の仮面があることを確かめました。


——そういえば昨日、付けたまま寝たんだっけ?


 昨日、というより明朝に明るくなってきた空が眩しく、少しでも暗くなるようにと仮面をつけたまま眠りについたことを思い出すと、舌打ちをこぼします。


——寝起きの頭ってほんと使えない


 青少年から距離を取り背後を見せずに廃ビルの壁にある足のかけられそうな場所へと飛び上がります。


「殺す理由が無くなった」


 無機質な機械のような声、いや、機会と『凶殺の道化師』の肉声が入り混じった合成音声で青少年に一言告げるとそのまま廃ビルの中へと姿を晦ませようとしました。


「ちょ、ちょっと待ってちょっと待って!!」


 ビリビリと電気を纏い追ってくる青少年は短機関銃サブマシンガンではなくて帯刀している剣を抜いて『凶殺の道化師』に斬りかかります。


「……?」


 難なくナイフで受け止めました。


「追ってるのこっち!追われてるのがそっち!!」


 青少年は手に持つ剣の刃に電気を纏わせてからもう一度斬りかかります。


「何で追われてる立場で見逃そうとしてるの?」


 短機関銃サブマシンガンをぶっ放した時から今に至るまで青少年の足は震えて今にも逃げ出しそうなほどの弱腰なのにも関わらず、殺人鬼である『凶殺の道化師』を逃す気はないようです。


「いくらぼくが弱っちくって取るに足らない存在でも、簡単に殺人鬼を逃してはあげられない」


 青少年は電気を纏わせた剣を何度も振い『凶殺の道化師』は二本のナイフで受け止めることなく、攻撃を躱します。『凶殺の道化師』から攻撃しようとすれば電撃の纏った剣で受け止められるため下手に手出しができません。

 ただの電気ならばまだしも、魔力より編み出された電気を食らうことは『凶殺の道化師』にとって自殺行為にも等しい行為です。


「……弱い?学生アルバイト素人とは思えない動きなのに」


 『凶殺の道化師』が本気ではないとはいえここまで粘れる学生アルバイト素人はそうにいません。ここまでの力を持っているのならもっと驕り昂り調子づいてもおかしくありません。それなのに青少年の自己評価は驚く程に低く嫌味なほどの謙遜を見せています。


「何故そこまで自分を卑下する?」

「死ねぇええええええっ殺人鬼ぃいいいいい!!」


 青少年へと投げかけた問いは別の青少年の雄叫びという形で返されました。

 雄叫びを上げながら『凶殺の道化師』の背後から切り掛かる青少年の手には

が握られています。片方は刃こぼれが激しく、片方が刃こぼれ一つない両刀の短刀です。


「……邪魔」


 『凶殺の道化師』は短刀を大きく振り上げることで無防備になっている青少年の腹に重たい蹴りをお見舞いします。もろに喰らった青年はそのまま廃ビルの外へと吹き飛び向かいの建物に体を沈めました。


線織せんり!!」


 電気を纏わせた剣を持つ青少年はいきなり現れた仲間を案じて名を叫びます。

 その隙を狙って『凶殺の道化師』は低い体制で走り出し容赦なく青少年の急所を狙いナイフを翳します。ギリギリのところで急所は交わしますが青少年の脇腹に数センチナイフが沈み込みました。


「……ぐっ」


 痛みで顔を顰めながらも青少年はビリビリっと電気を纏わせ近くにいる『凶殺の道化師』へと剣を振り下ろしました。


——仕方ない


 『凶殺の道化師』は足に魔力を込めその場から瞬時に離れた後刹那の間を開けて青少年が虚空を斬りました。勢いづいた剣はコンクリートに刃を打ち付けめり込ませます。


「…にげっ!」


 逃げられたことに気づいた頃には剣の刃はコンクリートにめり込み、『凶殺の道化師』が廃ビルの外へと出て行った頃でした。


「もう外には線織せんり孝太こうたが居るしいいよね!僕なんかが言っても邪魔になるだけ。脇腹痛いしね!もういいよね!!」


 コンクリートにハマった剣を引き抜きながら言い訳の言葉を早口に述べる青少年。


「うん、そうだよ!それにぼく結構頑張ったもん!!」


 自分を正当化させこれ以上殺人鬼なんかと『凶殺の道化師』なんかと対峙しなくてもいいように都合のいい言葉を並べます。誰も聞いてない青少年の泣き言は廃ビルの外から二人分の気配が弱まるまで続きました。

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