第8話 ウーナ・ノクス

「こりゃ、例の『凶殺の道化師』の仕業か?」


 壊された実験器具

 破り裂かれた書類

 破壊された電子機器

 折られたUSBメモリ

 痛ぶるように殺されている人間


「物の見事に壊されてやがる」


 血だらけで色んなものが散乱している荒らされた部屋を見て男性は困り果てていました。


「どうしたもんかねぇ」


 落ちている紙を一枚拾いあげて目を通しますが、ため息を零しならが捨てました。

 ただでさえ破れているのにも関わらず、暗号で書かれた文字はインクが滲み、血が付着し、読めそうにありません。

 スマホもパソコンも鈍器で殴られたような跡があり、おまけに水がポタポタと垂れています。携帯電話スマートフォンも水と洗剤の入ったバケツの中に沈み使えそうにありません。


「なんかスッゲェ無駄足。これで魔組合に存在バレたりなんかしたらデメリットしかねぇな」


 適当に歩き回り違う部屋も見に行きますが、同じように壊された形跡しかありません。


「それにしても全員急所ドンピシャだな。『凶殺の道化師』こいつぜってぇA型だ」


 端から端までムラなく壊されている物々、急所に一発ときれいに仕留められている死体たちを見て、場違いな感想を漏らす男性。

 ブーツの底面で死体の傷口を踏みながらつまらなそうにしています。


「……今頃黒猫はお楽しみ中かー、オレが先に見つけたってのになぁ」


 グリグリと強めに傷口を抉りながら黒猫という人物の愚痴を言い始めました

「一人で暴れられると思ってなのにこの有様だし」


 血のついたブーツで死体の顔を蹴飛ばします。


「つまんねぇ!くっそつまんねぇ!!」


 死体の顔面を踏みギリギリと力を入れていきます。


「大体!いっつも!!昔っから!!!いいとこ取りばっかしやがって!!!!」


 何度も何度も死体の顔や傷口を踏みつけ、蹴飛ばし、ストレス発散をしている男性。爛々とした瞳をして嬉々として死体を嬲っています。


「ふっざけんなっ!ジャイアニズムの泥棒猫め!!」


 最後に頭部を力いっぱい蹴飛ばし、頭はボールのように吹っ飛び壁にグシャリと打ち付けられていました。


「うわー」


 ぐちゃぐちゃになっている目の前にあった死体を見下して、男性は自分でやっておきながらドン引きます。

 さらに視線を下げると、血まみれになった自身の靴が目に入りました。

 血が付いたブーツを見て、冷静になった男は呟きます。


「……きったね」


 後頭部を掻きながら溜息をこぼした後、その部屋から出て行きました。

 出た後は適当に建物の中をぶらつきながら、今まで溜まっていた黒猫という女性に対する鬱憤を同じ方法で時折晴らしていました。

 しかし、なんの反応もしない死体を痛ぶるのも片手の指で数えられなくなった辺りから飽いてきています。

 無意味にブーツを汚しただけです。


「はぁー……戻るか」


 死体を痛ぶる行為に飽き飽きし、面倒臭いと思い出した頃ようやく、男性は元の部屋へと戻ります。

 気怠げな態度で歩き、ドアを壊して中に入ろうとすれば、中に人の気配がすることに気づきました。

 その気配の人物が誰だかがわかると、一気に青褪めます。

 内心で(やばいやばいやばいやばい……)と同じ言葉を何度も繰り返しています。

 額からは大量の汗が流れ、目は男性の焦りを象徴するように泳ぎまくっています。


(聞かれてるか?ない!ないよな!?)


 己に言い聞かせてなんとか平静を保とうしていました。

 早鐘を打つ心臓を収め、汗は袖で拭い、深く深呼吸をし始めます。


「いつまでそんなところに突っ立ているつもり?」


 そんな声がドアの向こうから聞こえ、意を決したように手汗まみれの手でドアノブを握ります。

 心臓は再びドクンドクンと鼓動を打ち、汗は際限なく流れていますが、男性は平静を装いながらドアを開けました。


「それで、どうだったの?何か使えそうなものはあったかしら?」


 女性は注射器に入っている液体を灯りに空かせながら問いかけました。


「……い、や?」

「どうしたの?そんなに怯えて。まるでか弱い小型犬見たいね」


 怒った様子もなく一瞬視線を寄越すだけで、すぐに興味なさそうに視線を注射器に戻しています。いつも通りの女性、黒猫を見て、男性はほっと胸を撫で下ろしました。


「んーにゃ、なんもねぇよ?」

「あら、そう?」


 ニコリと微笑む黒猫に男性は顔を引き攣らせながらも笑顔で返しました。


「わたしはてっきり」

「てっきり……?」


 男性は同じ言葉を鸚鵡返ししながら目を逸らします。


「横取りばかりするジャイアニズムの泥棒猫に対する悪態を本来できるはずのなかった証拠として残していることが知られないか恐れているのかと思ったわ」


 男性は一時の間だけ収まっていた多量の汗を全身からブワッと吹き出しました。

 全力ダッシュで廊下を走り、すぐにその場から黒猫から逃げ出します。しかし、数秒もしないうちに襟首を掴まれてしまいました。


「っぅぐ」


 首を絞められ呻き声を上げたる男性。諦めずに前へ前へと力一杯足を動かしました。


「……あっ」


 黒猫は掴んだ襟首を直ぐに離しました。

 離された瞬間男性は再び全力ダッシュで逃げ出します。

 男性が一瞬だけ後ろを見れば、黒猫は自身の左腕に軽く触れて手を開いたり閉じたりしていました。


(なにしてんだ?あいつ)


 疑問に思いながらも何度もいいかと片付け前を見て走ります。

 曲がり角に差し迫った時、バァンという銃声音が聞こえてきました。聞こえた刹那、男性は体を低くし、まるでスライディングでもするかのように足を滑らせて避けます。

 頭がもう少し高ければ直撃しそうな距離を銃弾が通り過ぎました。


(あっぶねっ)


 避けなければ太ももに直撃していたであろう銃弾は壁に赤い花を咲かせています。

 黒猫が使った銃弾は人を傷つけることのないゴム製のペイント弾です。当たれば死ぬほど痛くとも、死にはしません。

 男性は立ち上がり再び全力で走ります。数メートル走り後ろを見やればそこには誰も居ず、逃げ切れたとばかりにニヤけていました。

 これ以上何もないと注意を疎かにして。

 その注意力散漫な隙を黒猫は突きました。

 あえて男性をこれ以上追わず、窓の外から逃げるのを見届けるとニコリと不敵に微笑みます。

 男性は窓を突き破って外に出て行きました。

 逃げ切れたことの喜びを噛み締めながら地面に足を付けます。すぐにその場から立ち去ろうと足を前に出そうとしますが、まるで地面と足が一体化したかの如く、足は動きません。

 そして、夥しい量の魔力が男性から地面に吸収されていることを気づいた時にはもう手遅れでした。


「……はぁ?悪趣味すぎんだろっ」


 地面が僅かに光り出したその瞬間、一気に外が昼間と同じくらいに明るくなり、耳ん劈くような爆発音が轟きます。


「こんのクソ猫がぁぁああああああああああっっ!!」


 爆発音に混じって聞こえる男性の絶叫を聞いてか聞かずか、黒猫は窓から外を見下ろしながら微笑んでいました。


「逃げなければもっと穏便に済んだのに、愚かな駄犬」

 

 



「くっそ痛え」


 男性の服は所々焼け焦げ足首から太ももにかけては至る所に火傷をしていました。靴は底が抜けて使い物にならず足裏は全体的に火傷しているせいで地面に足をつけるだけで苦悶の表情を浮かべています。


「よかったじゃない、足が吹っ飛ばなくて」


 恨みがましく黒猫を見つめる男性に、黒猫はニヒルな笑みを浮かべて答えました。


「でも咄嗟に魔力障壁を張るなんて成長したのね。感慨深いわ」

「吹っ飛んだらどうすんだよクソ女」


 男は舌打ち混じりに悪態を吐き苛立ちを覚えていました。


「大丈夫よ。駄犬の回復力なら足くらい生えるでしょ?」

「生えねぇわ。人のことなんだと思ってやがる」

「いつも言ってるでしょ?駄犬って」


 ニコニコとした笑み浮かべ口遊びに興じる黒猫。真面目に取り合わずに遊んでることがひしひしと伝わっている男は更なる怒りを覚えていました。


「人のこと小馬鹿にしやがって、こんの性悪女」

「またやられたいようね」


 黒猫は目を細めながら男性に銃口を向けると男性は観念したように両手を上げます。

 怒りを向けていてもこれ以上はなんでもありの肉体言語に発展します。そうなればしばらくまともな生活ができなくなるまで体を甚振られかねないのは駄犬の方です。


「それより腕平気か?珍しく怪我したんだろ?」


 なので怒りを収め、あからさまに話を変えました。


「あら?気づいていたのね」

「まぁな、じゃなきゃ初手でオレを逃がさねぇだろ?」


 左手を軽く撫でる黒猫はとても楽しそうな笑みを浮かべています。

 男性はそんな黒猫の姿を見てため息を溢しながら見なかったことにしました。


「駄犬が相手ならあの娘の圧勝ね。わたし、あの娘欲しいわ」

「その言葉を撤回させてやりたいけど、お前に手傷を負わせるような奴だし否定できねー。自分で折ったわけじゃ……」

「そんな無駄なことはしない」


 黒猫は言い終える前に言葉を発しました。男性は「だよなぁ」と深いため息を吐いて小さく舌打ちを零します。


「あー、でも……」


 楽し気に微笑んでいだ黒猫は、一気に冷めたような表情に変えました。


「あの娘わたしのこと追ってこなかったの。索敵能力が低すぎるのか簡単に獲物を諦める甘ちゃんか、どっちかわからないけれどね」


 ガッカリしたと言いた気に冷めた瞳と冷めた声で言い放つ黒猫。

 期待値が高かった分許せなかったようです。

 別れの挨拶を言い放ったとはいえ、黒猫はあの少女ともっと長く遊んでいたかったのでしょう。だからこそ、追えるように痕跡を残してここまで来たにも関わらず、先程あんなに大きな爆発音が轟いていたのにも関わらず、一向に現れない少女に憤りを感じていました。

 黒猫にとっては期待外れもいいところです。


「まぁ、まだ幼い小娘だもの。わたし好みに鍛え上げればいい」


 楽しそうな口調とは裏腹に怒り心頭中の黒猫は、黒く禍々しいオーラを放っています。よっぽど気に食わないようです。


「なんでもいいけど、オレたち組織の本意を見失うなよ?」

「駄犬に言われずともわかってるわよ」


 黒猫は顔から感情をスンっと省き真顔で呟きます。


「『凶殺の道化師』は必ず殺す。それが本部からわたしたちウーナ・ノクスに下された命令だもの」

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