第24話 魔王は剣の修行をする
人気のない、森の奥。
私とパクラ老はそれぞれ木剣を持ち、向かい合っている。
観戦者はセシリーとアオヴェスタのみ。
ファレンたちがここにいないのは、それぞれの仕事があるからという理由もある。だが一番の理由は、私とパクラ老が戦ったら巻き込んでしまうから。
「メグミ様。どこからでもかかってきなさい。それともワシから行きましょうかな?」
「待って。今、どう攻めるか考えてるんだから!」
私がパクラ老に試合を申し込んだのは、自分の剣技がどの程度なのか確かめるため。
エルダー・ゴッド・ウォーリア3の一周目の私は、接近武器スキルと魔法のスキルを両方習得していた。いわゆる魔法剣士スタイル。たんにメインシナリオを攻略するだけならそれが最も効率がいいし、なにより魔法剣士は格好いい!
魔法スキルをこの世界でも使えるのは確認済みだ。ゲームシステムから外れたアレンジも可能だった。
では接近武器スキルはどうだろうか? これを検証するのは難しい。
なにせあのゲーム、魔法はド派手な技が沢山あるのに、接近武器は通常攻撃と、ボタンを押しっぱなしにしてから放つ強攻撃の二種類しか出せないのだ。
では接近武器スキルとはなんなのかといえば、例えば『クリティカルヒットの確立が10%上がる』『斧によるダメージが20%増加する』『二刀流の攻撃モーションが15%速くなる』『強攻撃で消費するスタミナが30%減る』などがある。
私は剣を好んで使っていたのでスキルポイントをそこに振り『剣によるダメージが100%増加する』という強力なスキルを習得していた。ゲームの終盤になると強力な剣が手に入り、更にそれが二倍の威力になるのだ。素晴らしい。
ゲームでは攻撃力が数値化されるので、二倍になったとすぐ分かる。敵のHPゲージの減り方も明らかに違った。
しかし、この世界にそんな便利な機能はない。ステータスオープンとか叫んでも、なにも出てこない。
ゲーム的な動作を、感覚だけでやるのだ。
魔法にかんしてはかなり慣れた。
だから次は剣だ。
そして私の集落には、パクラ老というソードマスターがいる。練習相手には最適……と思って頼んだのだが、威圧感が凄すぎる。向こうは片手で木剣を持ち、何気なく立っているだけなのに、距離を詰めるのが怖い。
「メグミ様、がんばってくださーい」
生粋の魔法師であるセシリーは、完全に傍観者を決め込んでいる。
頑張りたいけど怖いんだよ!
見て、パクラ老の眼光を。普段は優しいおじいさんなのに、剣を持つといきなり鋭くなる。
とはいえ、ビビッていても始まらないのは事実。
身体強化魔法のおかげで、私の体はその辺の岩よりも頑丈になっている。木剣が直撃しても怪我はしない……よね? パクラ老なら『木剣でダイヤモンドを斬る技』とか出してきても不思議ではないけど、私にそんな酷いことはしないはずだ。
ここは失敗を恐れず、立ち向かうのみ!
「ハァッ!」
私は気合いの声とともに飛び出し、パクラ老に木剣を振り下ろした。
お互い身体強化魔法を使っているが、私のほうが圧倒的に強い。だというのに、パクラ老は私の剣を容易く受け止めた。それどころか私の剣は、パクラ老の剣に沿ってスルスルと滑り、地面に落ちた。
私があれほど激しく振り下ろしたのに、どちらの木剣にもヒビ一つない。完全に力を受け流されてしまったのだ。
「ふむ。基本はしっかりしているご様子。ですが、ただ正面から攻撃するだけではイノシシと同じ。相手が達人であれば、簡単に動きを読まれてしまいますぞ」
パクラ老はそう言って軽く当て身をしてきた。バランスを崩していた私は、簡単に尻餅をついてしまう。
「強っ! パクラ老、強すぎ! でも私の剣、基本ができてるの?」
「はい。握り方、踏み込み方、振り下ろし方。まあ、一流と言えましょう」
そうか。基本動作はパクラ老から見ても合格か。
私は現実で剣術なんて習っていない。今のは、ただ体が動くままに任せただけ。
なのに、それが剣術と呼べるものなっていた。ゲームのスキルが反映されている証拠だろう。
あとは駆け引きか。
エルダー・ゴッド・ウォーリアは素晴らしいゲームだけど、接近戦が大味なのは否めない。ゲームでの経験は活かせそうにない。
だからここでパキラ老に稽古をつけてもらい勘を養う。もちろん当てずっぽうの勘ではなく、経験に裏打ちされた勘だ。百戦錬磨の男と剣を交えれば、きっと技術を盗めるはず。
「超一流になりたいから手伝って!」
「ほほっ。どこからでもかかってきなさいと、すでに申しましたぞ」
私は起き上がりざまに木剣を振り上げる。パクラ老は軽いステップで後ろに回避。踏み込んで追撃すると、パクラ老の木剣が私の木剣を絡め取った。
手首が捻り上げられる。木剣を放せばその力は消えるけど、それでは武器を失ってしまう。私の負けだ。だから放さない。力で強引に捻り返す。
「ほう。凄まじい力じゃ。しかし、それでは――」
ミシリと音を立て、私の木剣が歪む。
いけない。折れてしまう。
慌てて手を放そうとしたが、その前にパクラ老が指先をわずかに動かし力を加える。
「ぬんっ」
私の木剣は真ん中からへし折れてしまった。
一方、パクラ老のは無事。
な、なぜだぁぁ。
「ぷににぃ!?」
「どちらもこの森の木で作った木剣なのにメグミ様のだけ……どういう理屈でしょうか?」
アオヴェスタとセシリーも不思議そうな顔をしている。
打ち合っていた私に分からないんだから、横から見ていただけの二人にはもっと分からないだろう。
「理屈、というほどのものではありません。ただ指の微妙な加減、手首の捻り方で自分の剣への負担を消し、逆に相手側に力を流しているだけですじゃ」
「ほら簡単でしょ、みたいな言い方してるけど! 奥義じゃん。神業じゃん。澄まし顔で言ってるけど、本当はメッチャ自慢げなんでしょ!」
「ほっほっほっほ。それほどでもありますなぁ」
パクラ老はヒゲを撫でながらドヤ顔になった。愉快なおじいさんだよ、まったく。
「メグミ様。私にはついていけない世界ですが、ここで見守っています。頑張ってください」
セシリーは新しい木剣を放り投げた。木剣はまだ十本以上ある。全て折れるまで頑張ろう。
「せめて、もうちょっとまともな戦いができるようになってやる!」
「かつて『フードの黒剣士』と呼ばれたワシとまともに戦えるようになりたいと。さすがはメグミ様。志が高いですじゃ」
「ぬわっ、自慢か!」
私は何度も挑み、何度も木剣をへし折られた。
それが十本を超えた頃、ようやく木剣が長持ちするようになってきた。
「……志だけでなく、実力もついてきましたなぁ」
「そりゃ、魔法を組み合わせれば、ねっ!」
私は地を蹴り、風魔法を使って浮遊。パクラ老の遙か頭上で半回転し、遠心力と位置エネルギーを乗せた一撃を振り下ろす。
剣と剣の試合なのに、こうまで積極的に魔法を使うのは反則だと自分でも思う。しかし、ここまでやって互角以下。いまだパクラ老は私を子供扱いしている。
今の攻撃だって、簡単に弾かれた。
空中で爆発を起こして一気に後退。
土を盛り上げて斜面を作り、それを駆け下りて加速し、パクラ老に突進。横一文字斬り――の途中で、真下から木剣をぶつけられた。こちらの一文字斬りは垂直に軌道を変えられ、私はバンザイするように両腕を上げてしまう。それでも私の手は木剣を放さない。勢いを利用してムーンサルトキック。
私の靴先がパクラ老のヒゲに触れた。
「ぬぅっ」
彼は驚いて後ずさる。
隙あり!
「たりゃぁっ!」
左肩を目がけて打ち下ろす。
これでようやく勝った――私がそう安堵した次の瞬間。
手にしていた木剣から重みが消えた。
「あれ?」
柄から先がなかった。木剣の先は地面に転がっていた。折れたというより、とても鋭利な刃物で切断されたような断面。
「し、真空斬かぁ……」
私はへなへなと力なく座り込む。
「申し訳ありません、メグミ様。つい咄嗟にやってしまいました。大人げなかったと思います」
「いや、いいよ。私だって魔法使いまくったし、真空斬は駄目ってルールはなかったし。いやぁ、参考になった。ありがとうパクラ老。疲れたぁ……もう木剣がないから今日はここまでにしよ」
「うむ。ジジイのワシはもっと疲れておりますからな。美味いものを食べて、ぐっすり寝たいですじゃ」
パクラ老も座り込む。
戦ってる間は平然としていたのに、本当にお疲れの様子だ。
かなり負担をかけてしまったらしい。次からは気を遣おう。
「二人とも、お疲れさまでした。メグミ様がどんどん強くなっていくのはさすがですね。そして、そのメグミ様相手に一歩も譲らなかったパキラ老も素晴らしかったです。まさかここまでとは」
「なぁに。身体強化の魔法のおかげですじゃ。若い頃は、思い描いた動きに、体がついてきてくれずもどかしかった。今はその理想の動きができている。メグミ様とセシリー様にはいくら感謝してもしたりないと思っています」
「身体強化だけでメグミ様をあしらってしまうから凄いんですよ」
「ほっほっほ、それほどでもありますがな。もっとも、それは剣の戦いに限定しての話。なんでもありの戦いであれば、ワシはメグミ様やセシリー様には、手も足も出せぬでしょうなぁ」
「それは無論です。メグミ様は唯一にして絶対の魔王。そして、私はその従者ですから」
「無論、ときましたか。いやはや、頼もしい限りです」
パクラ老はヒゲを撫でる。しかし私のサマーソルトキックのせいで、いつもよりちょっと短くなっていた。その感触の違いが悲しかったのか、パクラ老は「ハァ……」とため息をついた。
……ヒゲはまた生えてくるから!
栄養を取れば大丈夫!
「ほ、ほら、集落に戻ろうよ。狩りに出たファレンたちが、きっと大物を捕まえてるよ」
「そうですな。ハァ……」
「おヒゲ短くしちゃって、ごめんね……?」
「戦いの中での出来事。悪いのは回避できなかったワシ。お気になさらないでください。ハァ……」
こりゃ重傷だ。
そんなに大切なヒゲだったか……いや、実際、渋くて格好いいんだけど。ヒゲがちょっと短くなっただけで暗くなるのは恰好悪い。
「ねえ、セシリー。どうやったらパクラ老の機嫌が直るかなぁ」
集落に帰る途中、セシリーにソッと耳打ちする。
「……難しいのでは? おヒゲ、とってもダンディでしたから。お気に入りだったのでしょう」
「あ。セシリーから見てもそうなんだ」
「はい。私、殿方に興味ありませんが、あのヒゲだけは別枠です」
「うんうん。渋くて格好いいよね。あんなに渋いのに、猫耳はかわいくて、そのギャップがいい」
「分かります」
と、ヒソヒソ話をしていたら、パクラ老の猫耳がピクピクッと動いた。
そして愉快そうに、隣にいたアオヴェスタの頭を撫でる。
「ほほっ。ワシもまだまだ捨てたものではないようじゃぞ、アオヴェスタ」
「ぷにぃ?」
私たちの声、聞こえていたみたい。
機嫌を直してくれたのはいいけど、女の子に褒められて鼻の下を伸ばすのは、あんまり渋くないね……。
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