第23話 国王は勘違いで元気になる

 余、ダニエル・オロデイルは国王だ。

 この国の絶対権力者だ。

 誰も逆らってはならないし、全て余の思い通りに動くべきだ。


 だというのに、余にとって都合の悪いことが起きた。ゆえに数日前からずっと機嫌が治らない。

 余は国王なのだぞ。それを糾弾? あんな小娘が? ふざけた話だ。


 メルディア神聖教という存在が気にくわない。

 王として承認してやったと、いつも上から目線だ。あんな奴らに承認されなくても、余は国王の子として生まれたのだから、国王なのだ。

 なのに、その自明の理が分からぬ愚か者が、世の中には数多い。

 メルディア神聖教に承認されてこそ真の王と信じている奴らがいるから、この余までもが女神という実在するかも分からぬ相手に祈りを捧げねばならない。馬鹿馬鹿しい。


 あの美しいが生意気なアストリッドをメチャクチャに犯してやりたい。許してくださいと泣き叫ぶ聖女の穴という穴を蹂躙してやりたい。

 妄想すると、愉快な気持ちになれる。

 だが、それが妄想だけで終わってしまうと気づくと、この上なく不機嫌だ。


 この国の女なら、余の命令で誰でも抱くことができる。

 本心から余を愛しているかは関係ない。どんなに嫌でも、余を「愛している」と囁き、股を開かねばならない。

 それが国王の権力だ。


 ところがメルディア神聖教の者に、余の権力は通用しないのだ。

 奴らの教会や大聖堂は国内にあり、数多くの教団関係者がこの国に住んでいるというのに。

 奴らは余が所有する民ではなく、メルディア神聖教の人間だというのだ。

 忌々しい。

 余は国王なのだぞ。国王に従わぬ者どもが国内にいるなど許しがたい。

 なのに余にはどうすることもできないのだ。


 たまに、ふと不安に駆られる。

 実は『国王』というのは、大した存在ではないのでは、と。

 いいや、なにを不安に思っているか。

 余は国王なのだぞ!

 余が不安になってしまう世の中が間違っている。実に腹が立つ。

 気晴らしにメイドでも抱くか――。

 余が執務室で、どのメイドをどう犯すか熟考を重ねていると、宰相が扉をノックした。


「入れ」


「陛下。実に興味深い情報を得ました。ここ数日、王都の裕福層の間で、とあるフルーツが流行っているのをご存じでしょうか?」


「フルーツ? 知らぬな。それがどうかしたのか?」


「では、まずはこれを召し上がってください」


 宰相は皿を執務机の上に置き、フタを外した。中身は切りそろえられたメロンだった。


「ふむ。新鮮で美味そうだ。しかし、余の王都サーディアンは多くの物資が集まる場所。ある程度の金持ちならメロンなど珍しくもあるまい……むっ、これは!?」


 そのメロンをフォークで口に入れると、一瞬で溶けた。そう錯覚するほどの甘みが広がる。砂糖の塊のような下品な甘さではない。濃厚で繊細で、いつまでも口の中に入れていたくなる美味さだ。

 皿には結構な量が乗っていたのに、気がつけば全て余の胃袋に収まってしまった。


「も、もっと持って参れ!」


「承知しました。ですが、その前に、このメロンの出所を知りたくはありませんか?」


「うむ! 確かに、このメロンがなくなっては困る。余に優先して回ってくるようにしなければ……」


「このメロンは、とある旅の商人が持ってきたものです。その者は市場で売るより、裕福層に直接持っていったほうが利益になると考えたようです。交渉が達者なようで、それは成功しました。私が手に入れたのはメロンだけですが、ほかにも様々な種類のフルーツを売ったようです」


「その商人は、どこから買い付けてきたのだ? と、とにかくほかのフルーツも持って参れ!」


「残念ながら、売切れてしまったようです」


「ぐぬぅ……その商人に伝えろ。次からは全て余に売るようにと。いや、仕入れ先を聞き出したほうが早い。拷問でもなんでもしろ!」


「そこまでしなくても、少し脅してから金を握らせたら、素直に教えてくれました」


「ほう。相変わらずアメとムチの使い方が上手い奴め。それで一体どこなんだ?」


「この森です」


 宰相は皿をどかし、テーブルの上に地図を広げ、一つの場所を指さした。


「……薄闇の森? 聞いた覚えがあるな」


「巨大な木々が生い茂り、葉によって日光が遮られ、昼間でも薄暗いことからそう呼ばれている森です。このオロデイル王国を含む三つの国に隣接しており、どの国も自国の領土だと主張していますが、生えている木が太すぎ伐採が難しく、開拓は後回しにされています」


「ああ、そうだった。しかし、そんな場所でフルーツは育たないだろう」


「それが商人は、森の中に集落があったと言うのです」


「その集落でフルーツを育てているのか」


「そのようです。かなり大規模な果樹園があると。また、その集落を治めているのは金髪の少女で、補佐役はエルフの少女。どちらも、この世の者と思えないほど美しいとか」


「ほう。この世の者と思えないほどの美少女が二人」


 実に興味をそそられる。

 二人同時に抱いてもいいし、女同士でやらせてワインを飲みながら眺めるのも悪くない。


「だが、なぜそんなところに集落がある。どこかの国が開拓を始めたのか?」


「だとすれば噂くらいは流れてくるでしょう。人間も物資も大量に動きますから。それに森の外側から開拓していくならともかく、いきなり深い場所に集落を作る理由がありません。その集落をどうしても隠しておきたいならともかく。そして、これからお話しすることは私自身、半信半疑なのですが……」


「申してみよ」


「は。その集落の住人は、美しい少女二人以外、猫耳族だと商人は言っておりました。ノイエ村の生き残りが森を切り開いて作った集落だと」


「猫耳族? ノイエ村の生き残りがいたのか。ふん、野良猫どもめ。しぶとい奴らだ」


「ですが、いくら猫耳族の身体能力が高いとはいえ、この短時間で森の中に集落を作れるとは思えません。そして、ここからは完全に信じがたい話です。なんとその集落の住人は、全員が魔法の使い手だというのです」


「魔法? 魔法とは、大昔に廃れたあの魔法か? 神の奇跡もなしに特別な力を出せるという、あの」


「ええ。商人はゴブリン・ロードに襲われているところを、聖女アストリッドに助けられたそうです。しかしアストリッドだけではロードに勝てず……最早これまでというところに、猫耳族と少女二人が現われ、瞬く間にロードを倒してしまったそうです。そのあとゴブリン・キングも現われ、ロードと同じ運命を辿ったと」


 猫耳族が魔法を? ロードとキングを瞬く間に?

 それはいくらなんでも、なにかの間違いだろう。

 猫耳族にそんな力があるなら、村を捨てずに戦っている。薄闇の森に逃げていく必要がない。


「待て。その商人は聖女アストリッドとも面識があるのだな?」


「はい。本人はそう申していましたが……」


「……そういうことだったか! はははっ! 話が読めたぞ」


「陛下、いかが致しましたか?」


「その商人とアストリッドは結託し、余を欺こうとしている」


「なるほど。しかし、なんのために?」


「決まっておる。あの聖女は、異形の猫耳族にも人権があるとほざく人種だ。まず、ゴブリン・ロードとキングを倒したのが誰なのか秘密にし、余の不安をあおる。その秘密がうっかり商人の口から漏れてしまう。猫耳族にそれほどの力があると知った余は恐れ、その集落に手出ししない――。こういう手の込んだ情報の流し方をすれば信憑性が増し、余が信じると思ったのだろう。浅はかな女だ。聡明な余が騙されるものか!」


「おお! それならば理屈が通りますな。少なくとも、猫耳族が魔法でロードやらキングやらを倒したというのよりは現実的です」


「そうであろう。集落を統治している二人の少女というのは、おそらくアストリッドの協力者だな。もしかしたら、かなり前から猫耳族の逃げ場所として、森の奥に集落を用意していたのかもしれん。そもそも、ゴブリン・ロードとゴブリン・キングが出たという話からして、アストリッドの嘘ではないのか? うむ、そうに決まっている! だいたい美しい少女がそんなに強いはずがないのだ。全ての美しい少女は、余と寝るために存在している」


 全て見破ってやった。

 余は自分の知性に改めて感心した。

 やはり国王の中の国王である。


「宰相。派兵の準備をしろ。千人もいれば十分だろう。その集落を手に入れるぞ」


「ですが薄闇の森は、ほかの国も領土だと主張しています。あとで問題にならないでしょうか?」


「どの国の領土かハッキリしていないということは、今までどの国も本気ではなかったのだ。これからは余のオロデイル王国が本気で開拓する。こちらが本気だと知れば、他国は黙るだろう。黙らなければ武力をチラつかせる」


「まあ、普通はあの森に、戦争してまで手に入れる価値を見いださないでしょうからな。ところで、その集落の猫耳族はいかがなさいますか?」


「無論、皆殺しだ。なにせ魔法を使う邪悪な種族だ。それが余の領土に勝手に集落を作って住んでいる。国家の危機。不安で夜も眠れぬ。根絶やしにして当然だろう」


「承知しました。二人の少女は――」


「無傷で余の前に連れてこい。兵たちに徹底させろ。猫耳族は好きにしていいが、金髪の少女とエルフの少女には決して手を出すなと。果樹園も忘れるな……それと! まだメロンがあるのだろう! 持って参れ!」


「御意」


 宰相は余の命令を実行するため、執務室を出て行った。

 これで汚らわしい猫耳族が地上から数を減らし、あのフルーツが手に入り、そして美しい少女二人が余のところに――。


「くくっ、笑いが止まらん。やはり国王の気分はこうでなければな!」

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