第22話 聖女VS国王
私はメグミさんの集落を出発する前に『ゴブリン・キングの脅威は去った。詳細は帰還して直接報告する』と書いた紙を大聖堂に飛ばした。
ゴブリン・キング討伐のために戦力を集めていたところにそんな報告をされて、きっと混乱しているだろう。
しかし手紙で説明するには、事態が複雑すぎる。
そもそも『途絶えたはずの魔法の使い手が森の中で平和に暮らしていて、その人たちがやっつけてくれました』なんて書いたら、ふざけていると思われかねない。
直接会えば、私が真剣だと枢機卿猊下に伝わるだろう。
とにかく、メグミさんたちに害が及ぶような状況だけは、命がけで回避したい。
私はあの人たちを好きになってしまった。
こうして心の中で呼ぶときにも『さん』をつけるくらいに。
また会いに行きたい。あとスライムたちに埋もれてプニプニされたい――。
さて。
オロデイル王国の王都サーディアンは、大聖堂が建つ街の手前にある。
交通の要所に位置し、国内だけでなく近隣の国からも人と物が集まる、栄えた街だ。
私は商人とその馬をサーディアンまで無事に送り届けた。
私一人の力では、決してこの結果にはならなかった。
なのに商人は、
「あの森でアストリッド様が来てくださらなかったら、俺は死んでいました。本当にありがとうございます」
と、何度も丁寧に礼を言ってくる。
気恥ずかしい。けれど嬉しい。
あのときメグミさんたちが駆けつけてくれると知っていたわけではない。ほかに計算があったのでもない。
だから私の行動で商人が助かったというのは、完全な結果論だ。
とはいえ結果論だろうとなんだろうと、私の時間稼ぎで彼が助かったのは事実で、彼の感謝の気持ちは本物。
なら、その感謝を素直に受け取ろう。
「どういたしまして。あなたこそ、助かってくれてありがとうございます」
そして私たちはサーディアンの城門を通ってから分かれた。
商人はメグミさんから仕入れたフルーツで、これから一儲けを企んでいる。頑張って欲しい。
私は王都の中心にある城に向かい、国王への謁見を要求した。
ノイエ村への派遣要請がなぜあれほど遅れたのか、問いただすためだ。
もちろん本当の理由を言えば、国王が会ってくれない可能性があるので、たんに「ゴブリン討伐完了の報告」とだけ告げる。
しばらく待つと、謁見の間に通された。
「聖女アストリッド殿。ゴブリン討伐、ご苦労であった。我が国の兵士たちを動かそうにも、東方の国々の動向が怪しく、そちらに戦力を集中させねばならなかったのだ」
脂肪の塊のような国王は、高台の玉座に窮屈そうに座り、私を見下ろしてきた。
普通の謁見者なら跪くところだが、私が仕えるのは女神メルディアだ。一国の王に跪く義務はない。尊敬している相手ならともかく、私は目の前の人物をむしろ嫌悪していた。
「ええ、分かっていますよ。よほどのことがない限り、聖女もパラディンもメルディア神聖教を信じる国同士の戦争に参加しません。しかしゴブリン討伐は教団の仕事。なら私たちにやらせたほうが得でしょう」
「損得の話を持ち出されると困るが、実のところそうだな。オロデイル王国はメルディア神聖教に多額の寄付金を送っている。こういうときに国民を守ってもらっても、天罰は下るまい」
「ええ、もちろん。信者を守るのは教団の務め。ですが……なぜもっと早くゴブリン討伐の要請をしてくれなかったのですか? 本来なら村が壊滅する前に間に合ったはずです」
私はそう言うと、国王は鼻で笑った。
「アストリッド殿は博愛主義のようだ。さすがは聖女。しかし余は忙しい。処理しなければならない仕事が山ほどある。異形の者どものために動くのは、どうしても優先順位が下がるのだ」
「それは差別発言では? 猫耳族に対する差別や迫害を、メルディア神聖教は禁止しています」
「おっと、聖女の前で口を滑らせてしまったな。申し訳ない。だが、教団の上層部でさえ、その教義が徹底しているとは言いがたいぞ。余の前に、まず身内に教えを広めてはどうかな?」
国王の言葉は真実だ。
教団の中にも「猫耳族に人権を与える必要はない」と公然と発言する者がいる。しかも、その発言はさほど問題視されず、処分が下されることもない。良識ある人が、やんわりと咎める程度だ。そういう空気が教団に漂っている。
「……なるほど。その忠告には従いましょう。しかしゴブリンの巣を放置すれば、恐るべき速度で繁殖し、被害はどこまでも広がっていく。それを知らないはずはないでしょう? 意図的に放置したのは、賢明な判断とは言いがたいですね」
「ふん。いくら増えようと、たかがゴブリンではないか。現にアストリッド殿は駆除に成功した。派遣要請が遅すぎたとは思えぬが?」
これだ。
利己的でも傲慢でもいい。だが、損得勘定ができない者の相手をするのは実に疲れる。
私が任務を達成できたのは、本当に偶然だった。
この国に壊滅的な被害が出ていたかもしれないのだ。そうなれば国王だって損をする。
「かなり危ないところでしたよ。なにせゴブリン・ロードがいましたからね」
「なに……ロードが出たのか!?」
ようやく国王は顔色を変えた。
ゴブリンが大量繁殖すればロードの出現率が上がる。統治者の基礎知識だろうに。
「だが……ロードも倒したのだろう?」
「ええ。最初に現われた一匹のロードは私が倒しました。しかし、そのあと更に五匹出現しました」
「五匹!」
「その五匹は、一匹のゴブリン・キングが率いていました」
「ゴブリン・キング、だと……? 余をからかっているのではあるまいな?」
「女神メルディアの名に誓って真実です。幸い、協力者たちのおかげで、討伐に成功しました。ご安心を」
「そうか……いや、しかし! それほどの相手を倒すのに協力できるとは何者だ? その口ぶりからすると教団の者ではなさそうだが……危険はないのか?」
「現時点では機密事項です。善意ある強者たち、とだけ」
「まあ……聖女であるそなたがそう言うなら大丈夫なのだろうな」
「なにを安心しているのですか。私はあなたを糾弾しているのですよ、国王陛下」
「糾弾だと? 余にどんな落ち度があるというのだ」
「ロードもキングも、ゴブリンの変異体です。そして変異は、一カ所にいるゴブリンの数が多いほど増します。お分かりですか? あなたがゴブリンの巣を意図的に放置し、教団への報告を怠ったせいで、多数の変異体が生まれたのです」
「い、意図的ではない! これでも忙しい中、可能な限り素早く報告したつもりだ……!」
「なるほど。あれで可能な限り素早く。では、あなたの王としての資質が問われますね。あなたはメルディア神聖教に承認された王です。ご存じの通り、王の器ではないと判断されれば、承認を取り消されることもあります。そうならないよう、気をつけてくださいね、陛下」
私は言いたいだけ言って、謁見の間をあとにした。
国王の真っ赤になった顔が、実に見物だった。
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