第21話 スライムが女神像の前で結婚した

 数時間後。

 猫耳族は、木製の像を担いでやって来た。


「わ、私がバナナやパイナップルを食べている間に、もう完成させたんですか!?」


「猫耳族の木工技術は凄いんだよ。この女神像のクオリティには私も驚いたけど」


 その木像は、優しそうな微笑みを浮かべる美女の像だった。薄い布のドレスは体のスタイルを浮かび上がらせ、腰の細さや胸の豊満さを表現している。両手の指を絡めて祈りのポーズを取る女神の背中には、天使のような翼が生えていた。


 見れば見るほど造形が細かい。

 今にも動き出しそうだ。


「提案ですが。いっそ、メグミ様の像も作っては?」


「え、やだよ、恥ずかしい。なにを真顔で変な提案してるの、セシリー」


「そうですか……」


 セシリーは残念そうにする。

 そんなにガッカリさせること私言ったかな?


「では洗礼を始めましょう。女神像を水に浸します。村はずれに池がありましたよね? そこに運びましょう」


「待って。いちいち運ばなくても、魔法の水を使えばいいじゃん」


 私は女神像を包み込めるくらいの水の球体を作り出した。


「便利ですね……羨ましくさえありますよ」


 アストリッドは恨めしそうに呟く。

猫耳族は女神像を地面に設置した。私はそこに水の球体をゆっくり降ろす。

 水に被われた女神像の前でアストリッドは跪き、目を閉じる。私には彼女が呟いた祈りの言葉を聞き取れなかった。

 パクラ老にソッと耳打ちして聞いてみると、彼も聞き取れないらしい。


「あれは神聖言語ですじゃ。おそらく女神メルディア様に、この像へ力をお与えくださいと祈っておるのでしょう」


「なるほどー」


 地球でも真言密教のお経とか、なに言ってるのか全然分かんなかったし、そういう感じかな。オン・ウンタラ・カンタラ・ナントカ・ソワカ! みたいな。


「これで、この女神像はメルディア様の依代としての力を得ました」


 アストリッドは立ち上がり、そう宣言した。

 私は水の球体を浮かび上がらせ、果樹園の上で弾けさせる。

 しかし今更だけど、魔王の水魔法で洗礼しても本当に御利益あるのかなぁ?


「さあ。祈りたい人はさっそく祈ってください。なんなら結婚式を挙げてもいいですよ。御利益は私が保証します!」


 聖女が保証するなら、きっと確かなのだろう。

 その聖女がアストリッドというのが気になるところではあるけれど。


「おお、丁度いい。そろそろガッツリと肉を食べたかったんだ。明日、森でデカい動物を狩れるよう祈っておくか」

「新しい女神像に最初に祈るのがそれって微妙じゃね? もっとマシな祈りはないのかよ」

「いっそ、誰か結婚する人いないの?」


 などと猫耳族はわいわい騒ぐ。


「結婚……あの女神像の前で誓えば、この世界で正式に結婚したことになる……」


 セシリーはブツブツ呟きながら私をチラチラ見てくる。

 ま、まさか結婚したい相手がいるのか!?

 でもセシリーには男性と付き合ってる暇なんてなかったよね。

 もしかして私の心配かな?


「私は結婚するつもりないよ。ずっとセシリーと一緒に暮らすんだから」


「そ、そうですか……! ずっと一緒って、まるで私たち結婚しているみたいですねっ!?」


「あははー、そうかもー」


「なら、いっそ、女神像の前で誓いましょうか!」


「考えておくー」


 セシリーってたまに面白い冗談を言うんだから。

 私たちが結婚したら百合になっちゃうじゃん。

 照れくさいですわ、お姉様。うふふふ。


「ぷにー」

「ぷににー」


 最初の祈りをなんにするか悩んでいる私たちの前に、スライムが二匹、プニプニーとやってきた。


「アオヴェスタ。この子たち、なんて言ってるの?」


 いつものようにアオヴェスタは枝を持ち、地面に走らせる。

 ――結婚したいんだって。

 そう書いてあった。


「え! あなたたち結婚するの!?」


「「ぷにー」」


 二匹は恥ずかしそうに頬を赤らめ、身を寄り添い合った。


「スライムってオスとメスがいるの……?」


 ――いないよ。でも恋愛するスライムはいるよ。

 と、アオヴェスタが地面に書いて教えてくれた。


「そっかー、ジェンダーフリーなんだぁ。よし、みんなでスライムの結婚をお祝いしよう! いいよねアストリッド。教義に反するとかないよね?」


「大丈夫です! 経典は何度も読みましたが、スライム同士の結婚を認めないなんてどこにも書いてませんでした。ああ、それにしてもスライムって恋愛するんですか……その結婚式に立ち会えるなんて……ふふ、幸せです……」


 アストリッドはとろーんとした顔をする。

 気持ちはもの凄く分かる。

 スライムはただそこにいるだけでプニプニかわいいのに、結婚式を挙げるなんて反則だ。

 勝手に頬が緩んでしまう。

 セシリーや猫耳族たちもとろーんとしている。


「では……不肖この私、アストリッドが挙式を取り仕切らせていただきます」


 アストリッドは真面目な表情になり、女神像の前に立つ。


「富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、ともに歩み、寄り添い、愛し合うことを、女神メルディアの前で誓いますか?」


「「ぷにぷに!」」


 二匹のスライムは仲良く誓い合った。かわいい!


「それでは、女神像の前で誓いのキスをしてください」


「「ぷににっ!?」」


 赤くなって焦ってる。照れてるんだ。かわいいっ!


「軽くチュってするだけでいいですよ。ほら、恥ずかしがらずに」


 アストリッドの説得を聞き、二匹のスライムは見つめ合いモジモジする。

 やがて意を決してチュッとキスをした。


「これでお二人の結婚は成立しました。おめでとうございます!」


「ぷに!」「ぷにーん!」


 それからみんなで結婚したスライムを胴上げした。

 プニンプニンと嬉しそうに飛び跳ねている。

 いやぁ、めでたい。

 その日はもう誰も仕事をせず、女神像の周りで宴会が始まった。

 猫耳族たちは「宴会なのに酒がない! 商人さん、次に来るときは酒を持ってきてくれ」「安いのでいいから、どっさりとな!」と商人に絡んでいた。

 いつの間にか、ほかのスライムも集まってきて、プニプニ大騒ぎだ。

 百匹を超えるスライムがいても、結婚した二匹はずっとくっついているからすぐ分かる。お幸せにねー。




 そして次の日の朝。

 アストリッドと、商人とその馬が、村を出発することになった。

 二人とも、行き先は王都。

 私とセシリー、アオヴェスタ、結婚した二匹のスライムでお見送りする。


「メグミさん、セシリーさん。私は立場上、この場所をメルディア神聖教に報告しなければいけません。いずれ調査団が来ると思います」


「そっか。別に秘密にしたいわけじゃないから、いいよ」


「そう言っていただけると助かります。魔法という途絶えた技術の使い手が大勢いるので、教団は慎重になると思います。しかしメグミ様たちに邪悪な意思はまるでないと私が報告しておきます」


「助かるー」


「それにメルディア様の立派な像があって、ちゃんと祈りを捧げ、女神像の前で結婚式を挙げているのですから。少なくとも異教徒扱いはされないでしょう」


「……あ。もしかして、そのために女神像を作れって勧めてくれたの?」


「ふふふ。私がスライム・ロードの上に寝そべってバナナを食べるしか能のないアホ聖女だとでも思っていましたか?」


「えっと……ごめん……」


「申し訳ありません。私も今の今までそう思っていました」


 私とセシリーは正直に白状する。

 するとアストリッドの目から、すーっと涙が流れた。


「わっ、ごめんね! 泣かないで、冗談だから! 結婚式を立派に取り仕切ってたし、それに私たちが異教徒扱いされないよう考えを巡らせてたのも分かったし! アストリッドは賢いよ! バナナ食べるだけの聖女じゃない!」


 私に続いて商人さんも、昨日ゴブリン・ロードから助けてもらって心の底から感謝している、と語って慰めた。ようやくアストリッドは涙を拭った。


「本当ですか? 私のことアホ聖女だと思ってませんか?」


「うん、思ってない、思ってない!」


 せっかく色々考えてくれていた聖女様をアホ扱いして悪かった。

 でも……結婚式が終わったあと、ずっとアオヴェスタに寝そべってバナナ食べてたアストリッドも悪いと思うぞ。


「ところでメグミさん。あの村はなんという名前なんですか? メグミさんは魔王と名乗っていたので王国なんですか?」


 国……名前……。


「あ。うっかりしてた。決めてなかった」


 私がそう答えると、アストリッドはにんまりと笑った。


「ふふふ。メグミさんも案外、間が抜けているんですね」


 ぐぬー、仕返しか、こいつめ。


「そういうところもメグミ様の魅力の一つです。大丈夫ですよ」


 と、セシリーがフォローしてくれた。けど、間抜けなのは否定せんのか……。

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