第20話 残念系の聖女だった
アストリッドと一緒に襲われていた男性は、旅の商人だった。
彼自身は無傷だが、馬車は完全に破壊されていた。
これから売る予定だった商品をペチャンコにされ泣いていた。
しかし馬が生きていた。上手くゴブリン・キングたちから逃れたらしく、茂みの奥から「ひひーん」と現われると、商人さんは嬉しそうに抱きついていた。商人としてデビューしてから苦楽を共にした仲間だという。
それに馬車が潰されたといっても、いくつか無事だった商品もあった。
まず数着の衣服類。もともと平たいので、それ以上潰れなかったのだ。
それと、塩が入った麻袋。これは上手いこと吹っ飛んだので、馬車の下敷きにならず済んだようだ。調味料がない私たちにとって、喉から手が出るほど欲しい品だ。
服と塩を引き取る代わりに、特産のフルーツを渡す。
商人さんは「これほどの物なら市場に流すより、裕福層に直接持っていったほうが……」とブツブツ思案を始めた。
「そこは任せるよ。儲かったら、そのお金でまた服を仕入れて持ってきて。布そのままでもいいよ。それと糸や針も欲しいな」
「かしこまりました! 馬車を失いましたが、命を失わずに済みましたし、なにより新しい販路ができました。今回の旅は成功です。よぉうし、儲けるぞ!」
商人さんは村を走り回り、猫耳族たちに必要な物を聞いて回った。
商魂たくましいなぁ。
まだ駆け出しの行商人らしいけど、この人はきっとビッグになる。
一方、アストリッドはお疲れの様子だったので、私の自宅に招いて休んでもらうことにした。
「ここが私とセシリーの家だよ。遠慮しないでね」
私が扉を開けると、アオヴェスタが玄関先でプニプニと出迎えてくれた。
それを見たアストリッドはなぜか急に元気になり「かわいぃぃぃぃ!」と叫んでアオヴェスタに抱きついた。
「ぷにに!?」
「この大きさはスライム・ロードですね! ああ、素晴らしい弾力と滑らかさ……こんなにいいスライムが自宅にいるなんて。メグミさん、さては名高いスライムブリーダーですね!?」
「違うけど」
スライムブリーダーってなんだ?
それからアストリッドはずっとアオヴェスタに抱きついたまま離れなかった。そうしていると気力が回復すると言う。奇妙な体質だなぁ。
アオヴェスタが嫌がっていないので、そのままにしておこう。
「いや、本当にいいんですかメグミ様。あの人、新手の変質者ですよ?」
「私もそう思わなくないけど……命がけで商人さんを守ろうとしたんだから善人だろうし。大丈夫だよ」
「はあ……確かに人畜無害そうな顔をしてはいますが……」
アストリッドは雪のように白い髪を腰まで伸ばした美人。着ている服も白い修道服。清楚を絵に描いたような容姿だ。
そんな人がスライムの上に寝そべり、スライムと同じくらい顔をトロンとさせている。
アホの所業だ。どう警戒しろというのか。
「それでアストリッド。気力が回復したなら、お話ししない? ほら、バナナでも食べながら」
幸いアストリッドは顔をとろけさせても、脳までは溶かしていなかった。自分はメルディア神聖教という世界最大の宗教の聖女である、と語り出す。
「聖女は、身体強化の奇跡のほかにも奇跡を宿している女性のことです。私は氷の奇跡を宿しています。奇跡はほかに炎や風、光、重力などなど様々です。私も全ては把握してしません」
「ふむふむ。神の奇跡って、どうやって授かるの?」
「それは世界各地にある大聖堂で祈りを捧げるのです。適性があれば授かります。なければ、なにも起きません」
アストリッドはほかにも「新米のパラディンの質が落ちている気がします」とか「上司の枢機卿の小言がうるさくて」などの情報をくれた。情報というより、ただの愚痴だけど。
私とセシリーは、異世界から来たこと。猫耳族たちとの出会い。一緒に村を発展させた経緯などを簡単に語る。
「そうだったんですか……猫耳族の生き残りがいて本当によかったです。実は私、ノイエ村のゴブリン討伐を命じられていたんです。けれど村はもう壊滅していて……」
「そうだったんだ。大丈夫。生き残った猫耳族たちは、ここで私と楽しく生きていくよ」
「救われる思いです。ところでメグミ様。この村はとても立派だと思います」
「えへへー、そうでしょー」
「しかし一つ、どうしても足りないものがあります。それは教会です! 教会をすぐに用意できないのであれば、せめて小さな祠か女神像だけでも!」
「教会? 祠? そんなの重要かな? セシリーはどう思う?」
「さあ? 個人的に神頼みに興味はありません」
「なにを仰います。メグミ様とセシリー様は異世界から来たから分からないでしょうけど。この世界の人々の生活は、メルディア神聖教と密接に結びついているのです。それは猫耳族たちだって同じ。ノイエ村にはちゃんと教会がありましたよ。ゴブリン・ロードが破壊しちゃいましたけど……」
「教会があると、どんな利点があるの?」
「逆に聞きますけど。教会がなかったらどこで結婚式や葬式をするんですか?」
「そう言われると割と大事な気がしてきた」
私は屋敷の外に出て、猫耳族を呼び集めた。
そして教会が必要かと聞く。
「まあ、あったほうがいいんじゃないですか? 俺も年明けはお祈りに行ってましたし」
とファレンが答える。
「私は毎週のように行ってましたよ。兄さんはいくらなんでも信仰心なさすぎるのでは?」
妹のエリシアが冷ややかに指摘する。
「いやいや。こういうのは教会に行ったかどうかじゃなく、気持ちが大事だろ。仕事の合間や食事の前なんかに、メルディア様への感謝を忘れなきゃそれでいいんだ」
「とはいえ『祈りを捧げる場所』がちゃんとあったほうが分かりやすいのも事実でしょう。みんなで集まりやすいし、気持ちが引き締まると思います」
「それは同意する」
「ふむ……しかし教会というのはワシらが勝手に作っていいのかのぅ? ノイエ村の教会は建物そのものは村で作った。が、女神像は教団の人が持ってきたと、死んだワシの爺さんから聞いたぞ。教団で洗礼を施した女神像がなければ、教会として物足りんじゃろ」
「あー……」
パクラ老の指摘で、猫耳族たちは困った顔になる。
するとアストリッドが「私に任せてください」と元気に手を上げた。
「教会そのものを作るには時間がかかるでしょうから、まずみなさんで女神像を作ってください。難しいなら簡易シンボルの鳥の彫刻でもいいです。私が洗礼を行い、正式な女神像にします」
「お主が洗礼するといっても……失礼じゃが、若いシスターが一人でやっても御利益があるのかのぅ?」
「うふふ。こう見えても私、聖女ですから。女神像を作るくらいの権限はあります」
「ほう! これは失礼した。しかし、聖女か……」
パクラ老はアストリッドをじっくりと見つめ、
「若い頃、聖女と行動をともにしたこともあったが……近頃の聖女は変わったのぅ」
と、複雑そうに呟く。
なにせアストリッドはまだアオヴェスタの上に寝転がり、むぎゅっと抱きついている。
ほかの聖女を私は知らないが、聖女という言葉から受けるイメージとかけ離れているのはハッキリ分かる。
不審な目を向けられているのを感じ取ったらしく、アストリッドはアオヴェスタからいそいそと降りた。
そして今までとは打って変わった優雅なたたずまいで、スカートを掴んで広げ、頭を下げる。
「申し遅れました。メルディア神聖教の聖女、アストリッド・アトリーです。みなさんにはゴブリン・ロードやキングから救っていただき、心の底から感謝しています。せめてものお礼に、女神像に洗礼の儀式を施したいと思っています」
おお、これは聖女っぽい。
猫耳族たちからも「これなら任せても大丈夫そうだ」という声が上がる。
それに気をよくしたアストリッドは、またアオヴェスタの上に寝転んだ。台無しだ。
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