第25話 ジビエ肉でBBQ
集落に帰ると、とんでもなく大きなクマの死体が寝そべっていた。
ヒグマより大きいかもしれない。いや、私はヒグマの実物を見たことないけど。
「どうです、メグミ様。セシリー様。このサイズなら全員で食べても余りますよ!」
クマの前でファレンが誇らしげにしている。
「うん、凄いよ! 前もイノシシやシカを捕ってきてくれてたけど、こんな大物も森にいたんだね! 食べ応えありそう!」
「今までは村の建築で忙しかったですが、それも一段落しました。これからはもっと本格的に狩りに出ます。楽しみにしてください!」
うむ、楽しみだ。
猫耳族たちはさっそく、手慣れた様子でクマの解体作業を始める。
そして魔法の炎でBBQ。
マンガみたいな骨付き肉に塩をサッと振って、がぶりと噛みつく。
美味い! 牛や豚より硬いが、その歯応えがいい!
地球にいた頃はジビエ系の肉を食べる機会がなかった。獣臭さが凄いのだろうと勝手に思っていたけど、そんなことはなかった。仕留めたばかりの新鮮な肉で、猫耳族の血抜きが上手というのもあるのだろう。
猫耳族に交ざって、スライムたちも一緒にクマ肉を食べている。みんな仲良しで素晴らしきかな。
今は焼いて塩を振っているだけだけど、もっと色んな調理法を試したいな。
鍋とかよさそうだ。
あの商人さんが来たら、今度は大鍋を仕入れるよう頼もう。
いや、次にいつ来てくれるか分からない人を頼りにするのはよろしくない。
やはり、そろそろ街に行ってみよう。
「ああ、そうだ。みんなお肉を食べながらでいいから聞いて。いい加減、この場所の名前を決めたいと思います」
私がそう宣言すると、みんなが「そういえば」という顔をする。
「なんとなくメグミ様の村って呼んでたけど、確かにちゃんとした名前は必要だなぁ」
「俺はメグミ様の国って呼んでるぞ」
「メグミ様とセシリー様の集落だろ」
猫耳族たちはバラバラなことを言う。
ここだけで生活の全てが完結するなら、名前なんかなくてもいい。
けれど足りないものばかりだ。外との交流は避けて通れない。こっちにその気がなくても、勝手に向こうから来ることだってある。
今の時点ですでに、アストリッドから名前を指摘されているのだ。
ここが『私たちの場所』だと世界に向かってハッキリさせるためには、名前が絶対的に必要だ。
「深い森の中にあるのですから、『ディープ・フォレスト・ランド』というのはどうでしょう?」とファレン。
「ちと安直じゃな。住人が全員魔法を使えるのじゃ。メグミ様の肩書きは魔王じゃし。『魔に集いし者たちの地』でどうじゃ?」とパクラ老。
「もうお歳なんですから、十四歳の少年のようなセンスは卒業してくださいパクラ老。メグミ様とセシリー様が始めた集落なのですから、やはり『メグミ&セシリーの愛の巣』しかありません!」とエリシア。
……エリシアはなにを言ってるの?
「エリシアさん、まぁまぁいいセンスしてますね」とセシリーはボソッと呟く。
そ、そうかぁ……?
猫耳族たちから様々な意見が出る。その中で私が気に入ったのは『プニプニワールド』だ。確かにスライムが人口より多いからピッタリの名前だ。とてもかわいい。しかし、かわいすぎて国名には向かない。遊園地ならいいんだけど……私は泣く泣く却下する。
それにしても国の名前を決めるのって難しい。
ゲームならもっと気軽にやるんだけど、今回は本当に暮らしていく場所だからどうしても悩む。
格好いい響きで、かつ立派な意味がある名前が欲しい。
くそぅ、プニプニワールドが頭を離れねぇ……。
「あの……議論が停滞しているようなので、私から提案してもいいでしょうか……?」
セシリーが手を上げ、遠慮がちに発言した。
「どうぞ、セシリー。意見があるならドシドシ言ってよ。あなた、そんな物怖じするキャラじゃないでしょ」
「いえ、その……私だって照れくさいときがあるんです」
セシリーは誰とも目を合わせようとせず、頬を赤らめ、胸のところで両手の指を動かす。
な、なんだ? セシリーは笑ったり拗ねたりと感情表現が豊かな子だけど、こんな風に恥ずかしがっているのを初めて見る。
いや、ただ恥ずかしがっているだけじゃなく、不安が混じっている?
「私、この世界に来てからずっと幸せでした。猫耳族のみなさんには分かりづらいかもですが……画面の向こう側にいたメグミ様とこうして直に会え、触れ合えて、もうそれだけでなにも要らないと思えました。猫耳族のみなさんが現われたときは正直、追い返してやりたかったです。それどころかメグミ様に害を及ぼす可能性が少しでもあるなら始末しようと……。二人でなんでもできる。ほかは足手まとい。けれど、私が間違っていました。ちゃんと人が住める場所になったのも、こうして美味しいお肉を食べられるのも、みなさんのおかげです。みなさんと一緒にいるメグミ様が楽しそうにしているのを見るのが幸せです」
そこまで語って、セシリーは一度言葉を切る。
一呼吸ののち、また想いを紡ぐ。
「いつの間にか私も楽しくなっていました。けれど、最初にみなさんを邪魔に思ってしまった私がそんなことを思う資格があるのかと……ずっと謝りたかったんです。ごめんなさい! その、もし私を許してくれるなら、これから仲良くしてくれると……嬉しいです」
セシリーは言い終わると、不安が限界突破したらしく、目をギュッと閉じた。
あなたって子は……なんていい子なんだ!
いつもの澄まし顔の裏でそんなかわいいこと考えてたのか!
「セシリー、ぎゅぅぅぅぅってしてあげるぅぅぅぅぅっ!」
「メ、メグミ様! あの、私、真面目な話をしているので、あ、あとで二人っきりのときにお願いします……!」
私に抱きつかれたセシリーはジタバタもがく。
すると猫耳族たちはガハハハと笑った。
「セシリー様は難しく考えすぎなんですよ。許すもなにも、むしろ、俺たちこそよろしくお願いしますよ。セシリー様ともっと仲良くなりてぇ」
「うんうん。最初は怖い人かと思ったけど、実は優しいって分かったからねぇ」
「魔法の先生、これからもよろしくお願いします!」
その温かい言葉の数々を聞いて、セシリーはようやく安心したように笑った。
「ありがとうございます! それで国名ですが――――」
セシリーはとびきりのアイデアを口にした。
「いいじゃん! セシリーだけじゃなく、私たちの想いもちゃんとこもってるよ!」
「そ、そうでしょうか?」
「うんうん、自信を持って。ね、みんな」
「うむ。力強い響きじゃし、そのくせ優しい意味を持つ。まるでメグミ様とセシリー様のようじゃな」とパクラ老。
「いいや、俺たち全員の総意でしょう。なあエリシア」とファレン。
「お兄ちゃんも……あ、いえ、兄さんもたまにはいいことを言うじゃないですか」とエリシア。
「よし! それじゃ、セシリーの案で決定ね!」
「「「「「賛成!」」」」」
「ぷにぷにー」
全員一致で決まった。
「よぉし、今、ここに建国を宣言する――」
私は骨付き肉を天高くつきだし、国名を叫ぼうとした瞬間。
森の奥からスライムが大慌てで走ってきた。ゴブリン・キングが現われたときを思い出す。
スライムの言葉を、アオヴェスタが翻訳した。
ザワつきが広がる。
もはや建国宣言どころではない。
外の世界が、本気でこの場所を滅ぼそうとしているのだから。
しかし簡単に滅ぼされる私たちではない。
むしろ私たちの力を知らしめる絶好の機会だ。
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