第14話 聖女の戦い(後半)

「は?」


 私を置いて走り去っていく彼らに、半瞬だけ唖然としてしまった。

 しかし、すぐ気を取り直す。

 一人で戦えというなら、やるしかない。やってやる。


「氷よ、地を這え。眼前の敵の足を止めろ!」


 私は地面に手をかざし、集中する。

 こちらに走ってくるゴブリン・ロードへ、氷が地面に沿って伸びていく。

 ゴブリン・ロードの足はその巨体を支えるのに相応しい大きさだ。けれど私の氷はその両方とも足首まで氷に閉じ込めた。

 おかげで敵の動きは止まった。

 ただし一瞬だけ。


「チィッ!」


 ゴブリン・ロードは力任せに氷から足を引き抜いた。自分の皮膚がズタズタになり赤く染まっても気にした様子がない。痛覚が鈍いのだろうか。

 私は自慢の氷をさっきから連続で砕かれ、かなりショックだった。

 だが、このゴブリン・ロード、力は凄いが頭はそれほどでもないらしい。

 せっかく動けるようになったのに、氷の上を走って転び、轟音とともに尻餅をついたのだ。

 攻撃を叩き込む絶好のチャンス。

 私は大技を放とうとする。

 ところがゴブリン・ロードは巨体のくせに、思った以上に動作が素早い。

 もう立ち上がりつつある。


 予定変更。

 大技はキャンセルし、人の頭部サイズの氷塊を一ダース、敵の上半身に叩きつけてやった。

 無詠唱の奇跡にしては、我ながらよくできたと思う。

 だがダメージらしいダメージは与えられず、ただもう一度転ばしただけ。

 それで十分。狙い通り。


 私はさっきのパラディンたちのように、身体強化の奇跡も宿している。出せる力はほとんど同じだが、身のこなしは私のほうがずっと上だ。彼らよりも素早く駆け抜け、落ちていた剣を拾い上げる。

 剣術の心得はない。しかし単純に突き刺すだけなら私にだってできる。


「やぁっ!」


 仰向けに倒れるゴブリン・ロードの胸に、パラディンの剣を思いっきり突き立てる。

 肋骨の隙間を狙った。だが皮膚そのものが硬い。少ししか刺さらなかった。


「けれど、これで十分です!」


 私はトドメの一撃を放とうとした。

 刹那――巨大な手が、私の体を握りしめた。

 身体強化の奇跡で頑丈になっているが、いくらなんでもこの腕力には耐えられない。ほどなくして全身の骨を砕かれてしまうだろう。

 その痛みの中、私は集中力を切らさず詠唱する。


「氷よ、力の限り、咲き誇れ!」


 剣の先端からゴブリン・ロードの体内へ、冷気が流れ込む。

 いくら外側が頑丈でも、内臓がそれと同じとは考えにくい。

 体内に直接冷気を送れば倒せる、はずだ。そうであってくれと女神に願う。


「グゥオオオォオオオォオオオオォッッッ!」


 ゴブリン・ロードの咆哮。腹の奥まで響く。

 握りしめる力がますます強くなる。私の骨が軋む。

 駄目だったか――。

 一瞬諦めかけた。

 が、私を握りつぶそうとしていた手から、力がフッと抜けた。

 ゴブリン・ロードの体内で荒れくるっていた冷気が、ついにその頭部に達し、口と眼球から氷を生やした。

 つまり脳まで凍ったのだ。


「なんとか、勝てましたか……」


 私は疲れ果て、このまま眠ってしまいたかった。

 しかしゴブリン・ロードの死体をベッドにするのは嫌なので、なんとか地面に降り立った。

 すると、さっき逃げた三人が帰ってきた。


「アストリッド様、ご無事ですか!?」

「さすがは聖女です! 凄まじい強さ……感服しました!」

「我々ごときでは、どう足掻いてもあのような戦い方はできません!」


 私を気遣い、讃える言葉を並べている。

 それで逃げた事実をチャラにできるとでも思っているのだろうか。


「私は無事です。そんなことより、私程度の強さに感服している場合ではありませんよ。パラディンでも一人でゴブリン・ロードを倒した人はいます。足掻いて強くなってください。それがパラディンの義務ではありませんか?」


「それは、その……」


 彼らは私から目をそらし、恥じ入るようにうつむいた。


「……まあ、いいでしょう。恥じる気持ちがあるなら、かろうじて見込みがあります。私は少し休むので、あなたたちは見回りに――」


 私はその指示を最後まで言えなかった。

 地響きで中断させられたのだ。

 ゴブリン・ロードが生き返ったのかと思い、死体を振り返る。

 だが死体は死体のままだった。

 私はほっと胸を撫で下ろす。

 その瞬間、村の外の森に視線を奪われた。


 あの巨大だったゴブリン・ロードより、更に一回り大きなゴブリンが歩いていた。まるで草でも払うように木々を薙ぎ倒しながら。


「ゴブリン・キング……?」


 私は目の前の光景に該当する言葉を知っていた。

 しかし、信じたくなかった。

 そもそもゴブリン・ロードとは、ゴブリンという種に備わった変異個体だ。その場所に生息するゴブリンの数が増えすぎた場合、食糧確保が難しくなり、共食いや餓死の危険が高まる。そこで巨大な群れを統率するために生まれるのがゴブリン・ロード。群れを率いて移動し、敵を蹴散らしながら、より理想的な生息地を求める。


 そのロードより強いのが、ゴブリン・キングだ。

 ゴブリン・キングの発生条件はよく分かっていない。歴史上、数えるほどしか出現例がないからだ。

 一説によると、ゴブリンが『種族そのもに対する脅威』を感じ取ったときに発生する、最強の形態なのだとか。

 真実を確かめるすべはない。

 ただ一つ言える。私ではあれに勝てない。


「ば、化物――」


 パラディンたちの怯えが広がる。

 その気配をあれに察知されたら――それを思った私は反射的に三人の腹を殴って気絶させた。

 そして自分も身を低くし、死んだように気配を殺す。

 ただ通り過ぎてくれるのをジッと待つ。

 森を抜けたゴブリン・キングは、こちらを見ることもなく草原を真っ直ぐ歩いて行った。

 信じがたいことに、その後ろにはゴブリン・ロードが付き従っていた。さっき私があれだけ苦労して倒したロードが、五体もいる。


 それら巨大ゴブリンの群れが点のように小さくなって、私はようやく我に返った。


「枢機卿に報告しなければ……!」


 私は懐から紙を取り出す。それは神の奇跡を宿したアイテムだ。私は人差し指を噛んで、血文字でこの事実を書き留める。

 空に紙を放ると、ひとりでに鳥の形に折られ、羽ばたいて飛んで行く。

 

「これで情報は伝わります……あとは……」


 あの群れを追いかける。

 止めるのが不可能でも、せめて位置だけは把握し続けたい。

 私の情報はきっとメルディア神聖教の、そして世界のためになる。

 しかし、追跡中に誰かが襲われたりしたら……それどころか町にでもぶつかったら。

 いや、私が出ていっても犬死するだけだ。

 なら考えるまでもない。

 襲われる人を見捨てて、ゴブリン・キングの位置を送り続ければいい。

 そのほうが合理的。

 けれど、本当にそれでいいのか――。

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