第15話 おじいちゃんは剣豪
猫耳族はもとから身体能力が高く、そして魔法の才能がある。
なら身体強化の魔法を覚えたら、とてつもなく強くなるだろう――。
そう予想していたけれど、まさかここまでとは思わなかった。
「とりゃああああっ!」
ファレンが気合いの雄叫びを上げ、剣をスイングする。
彼の両腕を輪にしたより太い幹が、綺麗に切断された。
驚くべき斬撃だ。戦闘で発揮したら、心強い武器になるだろう。
とはいえ、さすがにファレンのように大木を一刀両断にできる猫耳族は少ない。二降りか三降りは必要だ。それでも木を木材に加工していく速度が、魔法を覚えてから劇的に上がった。
嬉しい誤算だ。
私とセシリーは「魔法の練習は一度、中断してもいいだろう」と判断し、住居の建設を優先させた。
もの凄い勢いで建物を作る猫耳族を、私とセシリーは唖然としながら見守る。
その中で最も私たちを驚かせたのは、なんとパクラ老だった。
「くくく。全員まだまだ甘いのぅ。若いくせに情けないことじゃて」
パクラ老は長い顎ヒゲを撫でながら不敵に笑う。
身体強化の魔法を覚えるまで、パクラ老の腰は曲がっていた。それが今では背中に定規を仕込んだかのようにピンと伸びている。
肌や髪にツヤが出ているし、眼光が完全に歴戦の強者になっている。
そのパクラ老はファレンが斬ったのより更に太い木の前に立ち、鞘から抜剣。
斬撃の音はなかった。なのに剣が振り抜かれたあと、木はゆっくりと倒れていく。
「ぬんっ!」
パクラ老は、倒れる木に向かって跳躍した。
そして刃を煌めかせてから着地。同時に木も地面に寝そべった。
パクラ老が剣を鞘に収めると、枝が全て落ち、続いて幹が割れた。まるで測って作ったかのような、綺麗な木材に加工されている。
信じられない。それこそ瞬きする間しかなかったのに。
「け、剣豪だ……本物の剣豪がいる……!」
「あんなのがゲームに出てきたら、接近戦はやめたほうがいいですね……距離を詰められたらゲームオーバーです」
「って言うか、ユーザーからの苦情が集まって、アップデートで弱体化されそう」
「そして弱体化前のを倒した動画が、神プレイとして再生回数を稼ぐんですね」
「セシリー、詳しいね!」
「うふふ。メグミ様が画面に向かって色々と話してくれたおかげで、地球の知識がそれなりにあります」
「うわっ! 独り言を全部聞かれてた……はずかちぃ……」
「私に語りかけ、そして私に聞こえていたんですから、独り言ではありませんよ」
「それもそうね。私はずっと一人じゃなかった。今までも、これからも、セシリーが一緒だ」
私がそう言うと、お尻の下にいるアオヴェスタが「ぷにぷにー」と声を出した。
「うん、アオヴェスタもずっと一緒。猫耳族のみんなもいる。頼もしいよ」
「ぷにぷに♪」
私はアオヴェスタの頭を撫でる。するとセシリーが私を撫でてくれた。
幸せ連鎖。
「しっかし、パクラ老はどうしてあんなに強いんだろう? 身体強化魔法で出せる腕力なら私やセシリーが上だけど、剣術を真似できる気がしないよ。剣術が上手くなる魔法をこっそり教えたりした?」
「いいえ。そんな魔法知りませんし……」
「だよね……」
私とセシリーが首を捻っていると、パクラ老本人が近づいてきた。
「ほほ、こう見えてもワシ、若い頃は村を飛び出して、あちこち武者修行の旅をしていたのじゃ。もちろん猫耳をフードで隠して」
「へえ! そういうの格好いいね」
「色々とヤンチャをしすぎて『フードの黒剣士』なんて名で呼ばれたりもしましたなぁ」
「二つ名! ますます格好いいね!」
「そ、そうですかな……? いや、ワシも気に入っていたのですが、村の若い連中にはダサいと言われておりまして……メグミ様に分かってもらえて光栄ですじゃ」
パクラ老は満足そうにヒゲを撫でる。頬がちょっと赤くなっている。照れているようだ。かわいい。
私がニコニコとパクラ老を見ていると、遠くから若い男の嘆き声が聞こえてきた。
「ぬおおおおおっ! あんな爺さんに負けてたまるか! 人生経験で負け、知識で負け、その上に戦闘力でも負けたら俺はもう駄目だぁぁっ! きぇぇえええぇぇえいっ!」
ファレンの声だった。
彼は泣きながら、瞬く間に木を三本ぶった斬る。
そんな泣かなくても……パクラ老を除けばあなたが一番強いんだからさ。
「いい心意気じゃ。思った通り、ファレンは見込みのある若者じゃて」
「そうなの?」
「それはもう。ご覧の通り、ファレンは負けず嫌いですじゃ。普段は真面目だけが取り柄の、面白みのない青年に見えますが、実は内に秘めた熱い魂がある。誰かの役に立ちたい、守りたい、だから強くなりたい。それを知っていたからワシは、村長代理に奴を推したのじゃ」
「へえ。パクラ老のほうが村長っぽいと思ってたけど、パクラ老がファレンを推薦したんだ」
「はい。前の村長……つまり奴の父親がゴブリンに殺されたとき……村長代理をワシにやらせるという意見が多かった。しかしワシは断った。こんなジジイがやってもすぐに死ぬ。なにせ前任者より年寄りじゃ。未来は若者が作るもの。若者の中でもファレンは見所がある。というわけでワシは奴を推した。どこかで落ち着いたら代理を取って、正式な村長になってもらうつもりじゃったが……今はメグミ様がおりますからな。村長ではなく魔王ですが」
「なるほどねぇ。色々と考えてるんだ。参考になるなぁ」
パクラ老が言うとおり、私は魔王だ。
配下が一人もいない孤独な魔王もいるだろうが、私は違う。こうして小さいけど国があり、数が少ないけど民がいる。
私がみんなを導く――なんて言い出すほど自惚れてはいない。しかし代表者として、決断を迫られる機会は多いだろう。
暗君扱いはされたくない。不幸になる人が現われない決断をしていきたいものだ。
「ま、当のファレンは、前の村長の息子だから選ばれたと、いまだに思っているようですが」
「あれ? パクラ老の想いを伝えてないの?」
「それとなく伝えたのじゃが……社交辞令と受け取ったようでして」
「それとなく、じゃなくて、ハッキリと伝えたらいいのに」
「それは、ほれ。あんまりハッキリ褒めるのは……ワシとしても照れくさいのじゃ」
「……なんで? 私のことは結構褒めてくれるのに」
「男と男の間には、妙なプライドが生まれるものなのじゃよ、メグミ様」
「はあ……そうなの、セシリー?」
「さあ……あいにく私も殿方の考え方には詳しくないので……」
「ほほ。お二人があまり男の生態を熟知しているのも違和感ありますからな。エリシアの言っていたことが少し分かりましたぞ」
「どういう意味?」
「メグミ様とセシリー様は、そのままいつまでも仲良くしていて欲しいという話ですじゃ。それではワシは、奴らを鍛えてきます。みんなの家が経つ頃には、何人か一流の剣士になるじゃろ」
そう言ってパクラ老は、ファレンたちのところに戻っていく。
「ねえセシリー。今のパクラ老の言葉ってどういう意味? エリシアの言っていたことってなんだろ?」
「きっと、そのままの意味ですよ。これからも仲良くしましょうね、メグミ様」
セシリーは嬉しそうに私の手を握ってくる。
私は握り返した。あったかい。
もちろん仲良くするに決まっている。もっともっと仲良くなる。
世界一の仲良しになるぞー。
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