第6話 誰かが拠点にやって来る
森を走って行くと、茂みの奥から小さくて青いスライムが三匹、プニッと現われた。
「ぷに!」
「ぷにー」
「ぷににーん」
「ぷーに!」
アオヴェスタとその三匹はスライム語で情報交換している。
相変わらず内容はさっぱり分からないけど、彼らなりの緊迫感は伝わってくる。
そしてかわいい。
私とセシリーはスライムたちを、ほわわーんと見つめる。
「ぷににっ」
情報を受け取ったらしいアオヴェスタは、私たちに「こっちだよ」という声をかけ、森の奥へプニプニ向かっていく。
やがてアオヴェスタは大木に向かってジャンプし、幹にプニッと張り付き、そのまま器用に登っていく。
「ぷにぷに!」
ずっと上の枝からアオヴェスタが声をかけてきた。
「登ってこいってことですかね?」
「そうみたい。あそこまで木登りするのは面倒だね」
「では風の魔法を使って一気にジャンプしてはいかがでしょう?」
「そんなことできるの? どうやって?」
「私もやったことはありませんが……そうですね。先ほど布団を乾かした経験から言わせていただくと、ゲームの魔法とは根本から異なります。ゲームでは複数ある〝型〟から選択して放つという感じでしたが……私がさっきやったのは、もっと自由で複雑です。まず自分の魔力を把握し、それを外に出し、自然に干渉する……と言えばいいでしょうか。うーん……申し訳ありません。上手く言語化できず」
「ううん。さっき初めてやったのにそんなに説明できるんだから、セシリーは凄いよ。なんか私にもできる気がしてきた」
「褒めてくださり光栄です! では、やってみましょう!」
私とセシリーは顔を見合わせ、頷き合ってからジャンプ。
同時にセシリーが言ったように、自分の魔力を感じ取り、突風を足の裏から地面に向けて噴射。
おお、ロケットみたいに跳んだ!
バランスを取るのが少し難しかったけど、アオヴェスタがいる枝にちゃんと着地できた。
この魔王の体は元の体よりずっと動かしやすい。魂に馴染んでいる気がする。
「ぷに!?」
「あ、ごめん、びっくりさせちゃった? 魔法でジャンプしたんだよ。凄いでしょー」
「ぷににー」
アオヴェスタは感心しているようだ。素直でよろしい。
「それでアオヴェスタ。私とメグミ様になにを見せようとしているのですか?」
「ぷに!」
「……ふむ。確かに大勢が歩いていますね……何十人も……木が邪魔でよく見えませんが、もしかしたら百人はいるかもしれません」
「本当だ。木こり? 猟師? それにしては大所帯ね。小さい子供も混ざってるみたいだし。一つの村の住人がまるごと移動してるって感じ。こんな深い森にどんな用事かな?」
「この森は、身を隠すには絶好の場所でしょう」
「なにかから逃げてきたってこと?」
「ハッキリしたことはなんとも……」
「それもそうか。直接問いただすのが一番早い。行ってみましょ!」
「え! そんなメグミ様、いきなり過ぎます! アオヴェスタ、追いかけますよ! 私の背中に捕まってください」
「ぷにに!」
私は木から飛び降り、風を操って滑空していく。一度コツをつかめば簡単だ。
狙い通り、森を進む団体様の先頭に着地した。アオヴェスタを背負ったセシリーもそれに続く。
「な、なんだ! 少女二人と大きなスライムが空から降ってきたぞ……お前ら、何者だ!」
そう叫んだのは先頭グループの一人。
おそらく二十代半ばくらいの、若く体格のいい男だ。
武器のつもりなのか、クワを私たちに向けて構えた。ほかの人たちもカマやナタといった農作業に使うような刃物を持っている。
先頭には男たちが固まっているが、その後ろには女性や子供、老人と思わしき人もいる。
老人、と断定できないのは、全員がフードを被って頭を隠しているので、人相が見えづらいのだ。
しかしチラリと見える眼光だけでも、彼らが怯えきっているのはよく分かる。
もちろん、いきなり空からスライムと女二人が降ってきたら誰だって驚くだろう。だが向こうは百人近い団体で、刃物で武装している。私とセシリーの強さを知っているならともかく、そうでない以上、ここまで怯える理由が分からない。
それに男たちは、よく見ると顔色が悪い。頬がげっそりとコケている。明らかに栄養失調だ。
当然、彼らが守ろうとしている人たちも同じ。座り込んで今にも死にそうな人もいる。
「何者? それはこちらのセリフです。この先は偉大なる魔王メグミ様の領土。あなたがたが足を踏み入れていい場所ではありません。今すぐ引き返すのであれば、命だけは助けましょう」
セシリーは私に向けるのとはまるで違う、氷のような視線で彼らを威嚇する。
弱っている人たちに対して、ちょっと辛辣すぎやしないだろうか。
「魔王の国土……? この森は木々が巨大すぎて伐採できず、誰も開拓していない手つかずの土地のはずだ。それに魔王メグミなんて聞いたこともない。勝手に王を名乗っているだけだろ?」
「貴様ら、メグミ様を愚弄するか!」
突如、セシリーは沸騰したように怒りの声を上げる。
セシリーから魔力が溢れ出す。彼女を中心に、地面に放射状の亀裂が刻まれた。
ただそれだけで、彼らは石のように固まる。大の大人たちが、少女が怒ったというだけのことに、何秒も硬直していた。
ついでにアオヴェスタも驚いてセシリーの背中からプニッと落ちた。
「な、なんだ今のは……神の奇跡を使ったのか……?」
「いやしかし、メルディア神聖教の関係者には見えないぞ……」
「ならまさか、あれは魔法、か?」
「ば、馬鹿を言え。魔法の使い手は、大昔に滅びたはずだ……実在したかも怪しいのだぞ」
震える声で、絞り出すように会話している。
やはり魔族の気配は、普通の人からは異質に映るようだ。
それと気になるのが『魔法の使い手は、大昔に滅びたはず』という一言。
エルダー・ゴッド・ウォーリアでは、主人公以外にも魔法師が大勢出てきた。もちろん熟練した使い手は珍しい。しかし、明かりを灯したり、ちょっとした傷を治す程度の魔法師なら、その辺の村にもいたんだけど……。
この人たちともっと話せば、情報を得られそうだ。
「あのさ、セシリー。追い返す前に、事情くらいは聞こうよ。この世界のことが分かると思う。あと、敵意がないなら食料を分けてあげてもいいし。この人たち、メッチャお腹減ってそうじゃん」
「ですがメグミ様。この者たちは私たちの愛の巣に近づいているのですよ?」
「……あのさ。私たちだけならいいけど、ほかの人がいるところで『愛の巣』なんて冗談、やめてね? 本気にする人がいたら困るでしょ」
「じょ、冗談……? 決して冗談のつもりは……いえ、メグミ様がそう仰るなら、冗談にしておきましょう。ええ、今のところは。うぅ……いつか届けこの想い……!」
「なにをブツブツ言ってるの?」
私はアオヴェスタの頭を撫でながら首を傾げる。
セシリーの声は聞き取れるが、なにを言いたいのかよく分からなかった。
「ただの独り言です。お気になさらず。さて……あなたがた。魔王メグミ様は情報を欲しています。こちらの質問に答えなさい。有益な情報があれば、食料を提供しましょう」
「ほ、本当ですか!?」
食料提供と聞いて、彼らの間に大きな安堵が広がった。九死に一生を得たという顔だ。やはり空腹が限界だったらしい。
「うん。特別有益じゃなくても食料くらい分けてあげる。フルーツしかないけどね」
私はできるだけ安心させようと、ニッコリ笑いながら言った――その刹那。耳をつんざく、黒板を爪でひっかいたような悲鳴が上がった。
腰を抜かしてバタバタと倒れていく。一人二人ではない。ほぼ全員がそうなった。
「見た目は美しい少女だというのに……」
「こ、この世のものか……あれは……」
セシリーに向けた怯えなどと比べものにならない表情と声で私を恐れている。
まるで、闇の中に潜む怪物を見つけてしまったような反応だ。
……ショック。
私、そんなに怖いの?
「メグミ様、抑えてください。微弱ながら魔力が洩れてますよ。メグミ様は魔王ですから、おそらく、私などより遙かに人を怯えさせてしまうのです。衰弱した彼らでは、ただメグミ様に声をかけられただけで死にかねません」
「ええ……魔力を抑えろと言われても、出してるつもりないんだけどなぁ……こんな感じ?」
「はい、お上手です。それなら大丈夫でしょう」
確かに、みんなの震えが和らいだように見える。
それでもまだ私に向ける視線から恐怖の色が消えないので、会話はセシリーに任せるとしよう。
「では、この私セシリーが改めて質問します。心して答えてください。偉大なメグミ様を畏怖するのは当然ですが、むやみに怯えるのは不敬です。『見た目は美しい少女』というセリフがなければ、あなた方の命運は尽きていましたよ。まず、あなたたちの代表者は? この森に立ち入った理由を話してください」
セシリーが質問する後ろで、私はアオヴェスタに指示を出す。
「ねえ、アオヴェスタ。今のうちに拠点から果物を持ってこられるだけ持ってきて。お腹ペコペコのままずっと説明させるの、かわいそうだし」
「ぷっにー」
アオヴェスタはすぐに拠点へと走って行った。それを追いかけ、そこら中から沢山のスライムが出てきた。ざっと数えただけで十匹はいる。沢山の仲間を作ったんだね。
「あの金髪の少女、スライムを操っているぞ……」
「スライムは臆病なモンスターなのに、あのメグミという少女を信頼しきった様子……」
「……気配ほど恐ろしくはないのかもしれないな」
ちょっとだけ信用してくれたみたいだ。
やったね。
私の果物を美味しいって言ってくれたらいいなぁ。
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