第7話 勧誘してみる

「俺が代表者。村長代理、ファレンです」


 一人の男が一歩前に出た。

 最初に私に語りかけクワを構えた、体格のいい若者だ。


「村長代理? 本物の村長はどうされたんですか?」


 セシリーがそう尋ねると、


「……村長は俺の父でした。ここに来るまでに、死にました。ほかにも大勢……」


 ファレンはうつむいて答えた。

 さすがのセシリーも気まずそうな表情になる。


「そうでしたか……お気の毒です。しかし一体なぜそんなことに?」


「俺たちの村は、ずっとゴブリンの被害にあっていたんです」


「ゴブリン? あの緑色で小柄で、洞窟などに住み、人里に来ては畑を荒らし、家畜を襲う、あのゴブリンですか?」


「ええ、そのゴブリンですが……」


 ファレンは、なぜそこまで細かくゴブリンの特徴を確認するのか不思議だ、という顔をする。

 だがセシリーの質問のおかげで、私たちが知っているゴブリンと彼らの言うゴブリンが似たようなものだと分かった。


「なるほど。ですがゴブリンは弱い生き物です。群れで来ると少々厄介ですが、武器を持てば一般人でも倒せるはず」


「ええ。もちろん目についたゴブリンは倒していましたとも。ですが承知の通り、奴らの繁殖力は半端じゃない。一度、村のそばで巣作りされてしまったら、その巣そのものを潰さない限り、際限なく沸いてきます。そして巣には大量のゴブリンがいる上に、罠をしかけているから、俺たちだけで潰すのは難しい……」


 ゴブリンの繁殖力か。

 確かにマンガやラノベに出てくるゴブリンは、繁殖力が強いという設定のが多い。

 しかしエルダー・ゴッド・ウォーリアに繁殖という概念はなかった。『ゴブリンの巣』と設定されている場所に現われ、全滅させても一定間隔で復活する。

 序盤の経験値稼ぎとしては恰好の相手。

 ゲーム中でも、畑を荒らされて困っているから駆除を手伝ってくれと頼まれるイベントがあったが、ここまで深刻そうではなかった。


「あなた方でゴブリンの巣を潰せないなら、誰かに頼むことはできなかったのですか? ゴブリンが大量繁殖し、ほかの場所にも巣を作ったら、被害はどこまでも広がっていくでしょう」


「もちろん頼みました! 何度も何度も! 軍の駐屯地に頼んだ。三日粘った。そのくらい自分たちでなんとかしろと言われた。別の駐屯地にも行った。管轄外だと追い払われた。国王陛下に直談判しようともした。しかし謁見させてくれなかった。国は何もしてくれない。冒険者ギルドに依頼しようにも、俺たちが払える金額じゃ無理と断られた。あいつらヒューマンは、ゴブリンの被害を抑えるよりも、俺たちが苦しんで死んでいくのを望んでるんですよ!」


 ファレンは拳を握りしめ、悔しそうに叫ぶ。


「なぜ国はそんな対処を? あなたたちは、そんなに嫌われる理由があるのですか?」


「それは……」


 ファレンは口ごもり、セシリーから目をそらした。

 んん?

 嫌われる理由、そんなにも言いにくいのかな?

 もしかしてこの人たちは、もの凄い罪人の集まりだったりする?

 だとしたら嫌われるのも分かるし、私としてもお近づきになりたくない。

 子供もいるからそんな風に思いたくないけど、子供だから悪事をしないとも限らないしなぁ……。


 そう私が葛藤していると、腰の曲がった老人がファレンに語りかけた。


「なあファレン。セシリー様はエルフじゃ。ならばヒューマンほどワシらを差別しないじゃろう。そしてメグミ様はヒューマンじゃが、エルフと一緒にいるからには異種族に寛容なお方なのじゃろう。ワシらの正体を明かしてみようではないか。どのみち、このお二人に見捨てられたらワシらは終わりじゃ。これ以上、逃げ続ける余力はない」


「パクラ老……そうだな、俺もそう思う。なあ、みんな。フードを取ろう。セシリー様とメグミ様に俺たちの正体を知ってもらおうじゃないか」


 ファレンは率先してフードを外した。パクラ老と呼ばれた老人もそれに続く。

 私とセシリーの視線は、二人の頭の上に生えているものに釘付けになった。

 そんな、まさか。こんなものが……。


 ほかの人たちも次々とフードを脱いでいく。

 男も女も、子供も大人も、全員が不安げに私とセシリーを見つめている。

 受け入れてもらえるのか。この場で断罪されるのではないか――そんな目をしていた。

 もうどうにでもなれ――という諦めも混じっている。むしろそれが主軸とさえ言える。

 絶望の見本があれば、こういう顔だろう。


 けれど私には、どうしてこの人たちがそんな顔をするのか分からなかった。

 迫害する者の気持ちも理解できなかった。

 だって、この人たちの頭に生えているのは――。

 猫耳なのだから。


「「きゃ、きゃわわわわっ!」」


 私とセシリーの声が見事に重なる。


「きゃわいい! え、猫耳!? なんで猫耳生えて……うひょぉぉぉっ!」


「メグミ様、申し訳ありません! 私、メグミ様以外に尊さを感じてしまっています! あああっ、どうしましょう! 惑わされる、惑わされるぅ!」


「致し方ない、致し方ない! え、なに、飾り? 猫耳の飾りをつける風習!?」


「いいえ、メグミ様! あの猫耳、たまにピクピクって動いてますよ! ほら! 本物です!」


「「んほほほほっ! きゃわいいいいいっ!」」


 私とセシリーは興奮してぴょんぴょん跳びはねた。

 まるっきりアホだけど、仕方ない。

 脳細胞が全てアホになるほど衝撃的な光景なのだから。


「なんだ……? あの二人の反応は……やはり嫌悪……いや、どうも違うようだが……」


「なあファレンよ。『きゃわいい』というのは『かわいい』という意味かのぅ? ワシ、七十年も生きてきて、かわいいと言われたのは初めてじゃ。しかも美少女二人に……ほほ、照れくさいものじゃて」


「パクラ老、なにを和んでいる。俺たちの耳を見て不気味に思うならともかく、かわいいと言うはずがない。『きゃわいい』とは、やはり『汚らわしい』とか『おぞましい』とか、そういう意味だろう」


 いや、普通にかわいいと思ってるんだが?

 なぜどうしてそんなにも伝わらない?

 この世界の人々は、猫耳を見て嫌悪するの?

 猫耳が生えてたら子供だけじゃなく大人も老人もかわいいよ。男女の区別なくかわいいよ。

 それが不気味だなんて、どういう感性なんだ。信じられない。


「ぷにぷにーん」


 私が猫耳と世界について頭を悩ませているところに、アオヴェスタ率いるスライムたちがプニプニと帰ってきた。

 その背には沢山の果物がくっついている。

 ああ、前門の猫耳、後門のプニプニ。天国かよここはぁっ!


「ちゃんとお使いできたね。偉いぞ、アオヴェスタとスライムたち。さあ、その果物をあの人たちに配ってあげて」


「ぷに!」「ぷにに!」「ぷにーに!」


「ま、待て。いや、待ってください。俺たちの耳を見ても、まだ食料を提供してくれるのですか? いや、もちろん嬉しいし、そうであって欲しいと願っていましたが……」


 ファレンは戸惑っている。


「約束したでしょ? まず私もセシリーも、猫耳に嫌悪感なんか少しもないし。むしろ眼福。お礼申し上げたいくらいだし。だから遠慮なく食べて」


「だが……情報と引き換えという条件だったはずです。俺たちは身の上話をしただけなのに……」


「ああ、もう! 疑り深いんだから! 細かいことは抜きに、取りあえず食べてから考えたら? あなたはまだ耐えられるかもしれないけど、子供たちは? 老人は? どう見たって限界でしょ」


「う……」


 ファレンは口ごもる。

 そしてスライムの背にある果物を見て、唾を飲み込む。

 あちこちから腹の音が聞こえてくる。


「ファレン。ありがたく頂くとしよう。ワシらはメグミ様とセシリー様を信じると決めたではないか。なぁに、毒なんか入っとらんよ。ワシらを殺すつもりなら毒殺なんて手の込んだことをしなくても、あの二人なら簡単じゃ。なのに、まだ生きているということは、ワシらは死なずに済むのじゃろ」


「……そう、だな。メグミ様、セシリー様。ありがたく頂戴します……! みんな、お二人に感謝して食べよう!」


 ファレンが言い終わると同時に、猫耳の人たちは一斉に果物へ手を伸ばした。

 ファレンやパクラ老がなんと言おうと、毒の疑念を拭えない人はいるはずだ。彼らの態度を見るに、凄まじい迫害を受けてきたのが分かるから。

 なのに全員がフルーツを食べている。胃に流し込む。たとえ本当に毒が入っていたとしても関係ないと言わんばかりの勢いだ。

 リンゴやナシは皮ごと、芯まで食べる。サクランボやブドウは種ごと。パイナップルを石で叩き割って貪り食う。


「美味い……美味いっ!」

「腹が減っていたせいか、今まで食べたどんなものより美味しいぞ……」

「空腹のせいだけじゃないわ。この果物、本当に信じられないくらい美味しいわよ!?」

「食べる手がとまらない……この世のものとは思えないほど美味だ!」

「今まで耐えてきてよかったぁっ!」


 涙を流している人さえいた。

 こんなに喜んでもらえるなんて、私まで嬉しくなってくるよ。


「……猫耳さんたち、本当に美味しそうに食べますね」


「うん。この世界で自我があるのは私とセシリーだけかもって心配したけど、そうじゃないみたい。つまり……」


 ゲームシステムに縛られず、私の果物で一儲けできそうってことだ。


「お腹いっぱいになって幸せそうなところに質問なんだけど」


 私はアオヴェスタに座り、お尻でプニプニな感触を楽しみながらファレンに話しかける。


「はっ、なんでしょうかメグミ様!」


 ファレンは地面に片膝をつき、頭を低くした。


「うーん……そんなかしこまらなくていいよ。楽にして」


「いえ! 命の恩人であるメグミ様に敬意を払いたいのです。どうかこのままでいさせてください」


 真面目な人……こっちが緊張しちゃうんだけどなぁ。


「いいじゃないですかメグミ様。せっかくかしこまってくれているんですし、威厳を出していきましょう。魔王らしく!」


「魔王らしい威厳……そんな無茶振りしないでよセシリー。自然体で行くからね。それでファレン。あなたたちってクワとかナタとかで武装してるけど、農業やってたの?」


「はい。我がノイエ村は多くが農業をしていました。それと畜産です。基本的に村の中での自給自足です」


「そっか。あのね、さっき食べたフルーツ。美味しかったでしょ?」


「それはもう! 俺たちが育てたものとはまさに別格!」


「あれをどこかの街に持っていけば高く売れるかなぁと思ったんだけど。自給自足ってことは、外と貿易してない? それなら果物の相場は分からないかな?」


「……いえ。俺たち猫耳族はヒューマンに忌み嫌われていますが、フードで隠せばバレずに済みます。なので街で売買することも稀にあります。なのである程度は、物の価値を分かっているつもりです。私の経験から言わせて頂くと……確実に高く売れるでしょう」


 おお、この世界の住人に保証してもらえたぞ。これは楽しみだ。

 それと猫耳族が農業や畜産に強いと分かった。

 ならば勧誘するしかない。

 私とセシリーとスライムだけで快適な拠点を作るのは、まず不可能だろうから。


「あなたたちはゴブリンから逃げてここまで来たわけだけど。ゴブリンがいなくなったら村に帰るつもり?」


「それは……可能ならば。しかしゴブリンの群れに襲撃され、俺たちのノイエ村は完全に廃墟になっています。帰ることができたとしても、生活が安定するまでに更に死者が増えるでしょう……」


 ファレンはそう語って唇を噛んだ。

 言葉にしたせいで、自分たちが置かれた状況を再確認し、絶望が増したのだろう。


「なら提案なんだけど。私たちと一緒に、この森に新しい国を作らない? きっと助け合っていけると思うの」


 そう私が口にすると、ファレンより先にセシリーが驚き、耳元で囁いてきた。


「ちょ、ちょっとメグミ様。せっかく二人っきりの拠点なのに、この人たちを定住させるのですか!?」


「二人っきりって、もうアオヴェスタたちがいるじゃない?」


「スライムたちはかわいいのでいいんです」


「猫耳族もかわいいじゃん? まさか見捨てろって言うの?」


「そりゃ、なにかしらの支援はすべきと思いますが、いきなり百人近くも増えるのは……」


 と、セシリーは猫耳族たちに目を向け、そのかわいい耳を見て、ふにゃぁと緩んだ顔になる。


「そうですね。ただ支援するよりも、私たちの労働力にしちゃったほうがお得です。ですがメグミ様。そういう重大なことは、私にも相談してくれないと困ります。拗ねますよ、私」


 セシリーは頬を膨らませた。ぷんすかと擬音が聞こえてきそうだ。


「ごめんごめん。次からはちゃんと相談するから。でもそんなかわいい拗ね方は私に対して逆効果だからね――それでファレン、どうする?」


「実にありがたいお誘いです。俺としては今すぐ頷きたいところですが……村の者たちの意見を聞かずに答えることはできません。今夜一晩、時間をいただけないでしょうか?」


「うん、相談は大切だ。じゃあ明日の朝、ここにまた来るから。それまでに決めておいてねー」

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