第4話 NPCを魔族にした

 NPCの魔族化。

 それはモンスター創造と並ぶ、魔王の固有スキルだ。


 魔族化にはいくつもメリットがある。

 まずステータスの大幅強化だ。

 セシリーは、私とラスボス戦を勝ち抜いたくらいなのでかなり強い。それが更に強化される。ラスボスより強いのが出てきても一緒に戦える。


 二つ目のメリットは、魔王と同じように呪いのアイテムを装備できる代わり、神の加護がついたアイテムは駄目になる。今セシリーが着ているドレスは戦闘用ではなく、見た目重視の普段着だ。防御力はそれなりに高いものの、神の加護がないので影響はない。


 そして三つ目が一番重要だ。不死属性の付与、である。

 エルダー・ゴッド・ウォーリアは、ストーリー進行に影響を及ぼすNPCだけが不死になっている。そういったNPCはHPがゼロになっても気絶するだけで、しばらくすると復活する。でなければゲームが破綻するからだ。

 逆に、それ以外はHPがなくなると死体になってしまう。生き返らない。プレイヤーがNPCを殺すのも可能だ。だから店を襲撃して金品を強奪するという悪人プレイもできる。私はやらなかったけど。


 そしてセシリーは、ストーリーに影響を及ぼさない通常のNPC。実はいつも死と隣り合わせだった。まあ最後のほうはレベルが上がって装備も充実していたから楽勝ムードだったけど、序盤は何度も死んで何度もロードしたね……懐かしい思い出だ。

 この世界でセーブやロードをする方法は分からない。できないと考えるべきだろう。

 だがセシリーを魔族化しておけば、ロードの必要はない。


「ゲームに大きな影響を及ぼす、NPCの魔族化。もちろん無条件にできるわけじゃない。対象NPCの魔王に対する好感度がMAXになっているのが必須条件。それでは質問です、セシリー。私のこと、好き?」


「大好きです! だいだいだい大好きぃぃぃ! メグミ様こそ命です!」


「ふふ、ありがと。私もセシリーが大好きだよ」


「はわわわ! もったいないお言葉……嬉しすぎて死にそうです!」


「それは大変! けれど魔族化したらそんな心配は無用だよ。私がいる限りは、死んでもしばらくすると復活しちゃいます。不老不死です。いつまでも一緒にいられます」


「素晴らしいです! さっそく魔族にしてください!」


 セシリーはぴょんぴょん跳びはね、おねだりしてきた。

 よかろう、よかろう――と、私は彼女の種族を変えようとして、ふと思いとどまった。


「いや、そんな気軽に言っちゃって大丈夫? 姿形は変わらないはずだけど……それでも種族が変わるんだよ? エルフじゃなくなるんだよ? 本当にいいの?」


「はて? なぜ躊躇する理由があるでしょうか?」


 セシリーはまるで分からないという表情で首を傾げた。


「だって、ほら。親にもらった肉体を捨てるわけだし……」


「お忘れですか。私はメグミ様が設定したNPC。あなたに作っていただく前は存在さえしませんでした。メグミ様は私のご主人様であると同時に、親でもあるのです」


「あ! つまり私はセシリーの……ママ?」


「はい。ママって甘えてもいいですか?」


「おっけー! それ絶対にかわいいやつじゃん! ドンと来い!」


「ではお言葉に甘えて……メグミママぁ」


「うおおおおおっ! かわいすぎるっ! 待って、それは駄目。かわいすぎて脳がビリビリした。死ぬから。尊すぎて死ぬ系だわ。尊死不可避」


「うふふ。ではママと甘えるのはここぞというときだけにしますね」


 ここぞというときに私を殺す気かな?

 かわいいからいいんだけどさ!

 あと設定年齢は私が年下なので。甘える役目は本来、私のものなので。


「ではセシリーよ。魔王メグミの名において、汝の肉体と魂を再構築し、魔族とする。我が眷属になることを誓うか?」


「はい。誓います。病めるときも健やかなるときも、メグミ様に愛と忠誠を誓います」


 そう呟いてセシリーは片膝をついた。

 合意がなった。契約成立。

 私は彼女の頭に手をかざす。

 黒い波動が広がる。それがセシリーの体を包み込み、じわりじわりと染みこんでいく。

 それが終わると、前と変わらない姿のセシリーが、同じ姿勢でそこにいた。


 いや。

 見た目こそ同じだが、根本の気配が違う。もうセシリーはエルフではなく魔族だ。明らかに強くなった。

 そして周りの木々や小動物に比べて、なにか異質な気配を感じる。

 その異質さが心地いい。

 私と同類だと分かるから。


「ああ、メグミ様……私、メグミ様に近い存在になれたのですね。これが眷属になるということなのですね……なんて清々しい気持ちでしょうか!」


「喜んでもらえて嬉しいよ。ところで、病めるときも健やかなるときも、って……まるで私たちが結婚するみたいだったね。なんか照れくさいんだけど……」


「ふふふ。私の忠誠心を言葉で表わすと、そうなるんです。いいえ、まだ足りないくらいですよ? 行動で示しましょうか?」


 セシリーはイタズラっぽく笑った。

 結婚でも足りないって、この子ったら私をどうするつもりなの!?

 う……なんかえっちなの想像しちゃった。

 いけない、いけない。

 セシリーは純粋に私を慕ってくれていて、ちょっとイタズラ心を出してるだけなのに。

 変な想像するなんて私のバカ!


「あ、あんまり魔王をからかっちゃ駄目だよ、セシリー」


「これは失礼しました。さてメグミ様。今度こそ二人っきりでのんびりしましょう。楽しみましょう!」


「なにかやりたいことあるの?」


「はい。私、メグミ様と一緒にリンゴを食べたいです!」


 セシリーは目を輝かせて、拠点に生えるリンゴの木を指さした。

 エルダー・ゴッド・ウォーリアは、仲間に食べ物アイテムを渡すと、待機中に食べる仕草をする機能がある。

 そしてセシリーが両手でリンゴを食べる姿は、とても可愛かった。

 だから私はずっと「セシリーはリンゴが好き」という脳内設定でプレイし、リンゴばかり与えていた。

 その脳内設定が、この世界でも生きているらしい。


「いいよ、好きなだけお食べ」


「やったー! シャリシャリ……美味しいです!」


 もぎ取ったリンゴにかじりつくセシリー。

 うーん、これは天使。魔族だけど天使。


「メグミ様、そんなに私を見つめてどうしましたか……あ、これは失礼しました! 私一人で食べてるのではなく、メグミ様と一緒に食べたかったのに! リンゴの誘惑に勝てず……」


「私はそんなの気にしないよ」


「私が気にするんです! だってゲームではいつも私だけがリンゴを食べていて……ともて美味しいのですが、やはり大好きな人と一緒に食べたほうが何倍も美味しいと思います。だからメグミ様にもこのリンゴの美味しさを知って欲しいんです」


「そっか……そこまえ考えてプレイしてなかった。ごめん。セシリーが食べてるとき、私も食べるコマンドすれば一緒に食事できたのに……」


 私だって一人の食事の虚しさは知っている。

 病室で食べる病人食の味気なさを思い出す。せめてそばに誰かいてくれたらと、いつも思っていた。


「メグミ様が気に病む必要はありません! メグミ様にとっては画面の向こう側の出来事だったのですから! けれど、これからは……」


「うん。一緒に食べよ」


「ありがとうございますメグミ様! では、どうぞ」


「ありがと。じゃあ、いただきます。シャリシャリ……んっ!? これは……もの凄く、もっの凄ぉぉぉく美味しい!」


 リンゴは現実世界でも食べたことがある。

 青森県産も長野県産も食べた。

 どれも美味しかったが、これは格が違う。


「そうでしょう!?  メグミ様とこの美味しさを共有できてセシリーは幸せです」


「これは確かに人に食べさせたくなるわ……錬金術で強化したリンゴとはいえ、想像以上だった。上手くやれば名産物になるのでは?」


 エルダー・ゴッド・ウォーリアには錬金コマンドがあった。

 ゲーム中で入手した植物や動物の骨やらを素材に、新しいアイテムを作り出す機能だ。

 錬金スキルが高いほど、強力なアイテムを作れる。

 私は手っ取り早く錬金スキルを上げるため、市場で大量の果物を買いまくり、それらを合成しまくった。


 リンゴとリンゴを合成すると『リンゴ・レベル2』になる。レベル2同士を合成すると『リンゴ・レベル3』なり、更に合成すると『リンゴ・レベル4』になり――という地道な作業を繰り返したのだ。


 私とセシリーが食べたリンゴはレベル99だ。リンゴ以外の果物もレベル99にしている。

 ゲームだとレベル99の果物を食べると、HPが99回復する効果があった。

 ラスボス戦まで来るとHP四桁が当たり前なので、回復アイテムとしてはあまり役に立たないけど……こんなに美味しいとは知らなかった。

 どんなにグラフィックがリアルでも、味は伝わってこないからね。


「ゲームではレベル99まで上げても、あんまり高く売れなかったじゃん? でも、それって、そういうシステムになってるからでさ。ちゃんと交渉すれば、すっごく高く売れると思うのよ。だってここはゲームじゃなくて、リアルな世界なんだし」


「はい、以前から思っていました。『メグミ様がお作りになったフルーツを安く買おうとしやがって、このクソ商人が。ゲームを作ったスタッフたちは、バランス調整を間違ってるぞ』と」


「セ、セシリー……口悪いよ。キャラ変わってる」


「も、申し訳ありません。メグミ様のことになると、私はどうにも冷静ではいられないのです……」


「そっか……まあ、それだけ私を慕ってくれているんだから嬉しいよ」


「ありがとうございますメグミ様!」


 シュンとしていたセシリーだが、すぐにパッと笑顔になった。

 うん、かわいいぞ。なでなでしたい。


「しかし懸念が一つ。この世界で自我を持っているのは私とメグミ様だけで、ほかの者は相変わらずゲームシステムに支配されている場合です。このリンゴの素晴らしさを理解できず、性懲りもなく不当に安く買おうとしてきたら、どうしましょう……?」


「あー……そっか、私たち以外がどうなってるか分からないもんね」


「もし商人がゲームと同じ値段をつけたら……私は商人の頭を握りつぶすかもしれません」


「やめて! イライラしたら、代わりにリンゴを握りつぶして我慢して!」


「そんな、食べ物を粗末にするなんて……ましてメグミ様が作ったものを……」


「その心がけは立派だけど、人の命も粗末にしないでね」


「頭では分かっているのですが……」


 セシリーは腕を組んで難しそうな顔をする。

 今後、街を見つけても、交渉は私がやったほうがよさそうだなぁ。

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