第3話 スライムを生み出した
エルダー・ゴッド・ウォーリアはアクションRPGだ。
レベルを上げたりスキルを覚えたりして強くなり、敵を倒してシナリオを進めていくのがゲームの本筋。
しかし隠密スキルを鍛えて、可能な限り戦闘を回避するプレイもできる。
金で雇ったNPCだけを戦わせ、自分は後ろで見物するだけというプレイでもいい。
メインシナリオを進めずに、ひたすらスリで金を稼いでもいい。そのうち盗賊ギルドにスカウトされて、そちらの大規模シナリオがスタートする。
エルダー・ゴッド・ウォーリアの自由度は極めて高い。
敵を倒さなくても、なにかしらの行動をすれば経験値が入る。
メインシナリオはクリアに何十時間もかかる大ボリュームで、それに匹敵する規模のサブシナリオがいくつも入っている。
そんなエルダー・ゴッド・ウォーリアの三作目で新しく実装されたシステム。
それが拠点構築だ。
これまでの旅の拠点は、街の宿屋だった。
街の住民の信用度が上がると家を買うこともできたが、結局あらかじめゲームに存在する空家を買うだけ。自分でカスタマイズはできなかった。
ところが三作目で一気に進化した。
家を作るどころか、街を作ることができるようになった。
井戸を掘り、畑を耕す。森林を伐採し、住居を建てる。
村としての体裁が整ったタイミングで、移住希望者を募集する広告を出す。
村が住みやすければずっと住んでくれるし、駄目だったらすぐ引っ越してしまう。
集まった村人たちに仕事を割り振ると、自動的に食料を生産してくれる。建物だって作ってくれる。
素晴らしい村だと評判が広まると、広告を出さなくても勝手に人が集まり、やがて街と呼べる規模になる。
商店街にはアイテムが並び、そこでしか手に入らない貴重品を見つけることもあるだろう。
拠点が大きくなると盗賊団などが攻撃してくる。それを倒すため住民たちに武器を持たせる。拠点を何度も防衛すると、住民がどんどんレベルアップしていく。
そうやって強くなった住民を旅の仲間にし、メインシナリオを進めるのも可能だ。
「……と、一応の流れは知ってるんだけど。なんか面倒で、途中で投げ出しちゃったんだよねぇ」
「まあ、ゲームの中にある別のゲームという感じですからね。メインシナリオをクリアするだけなら必須ではありません」
「そうそう。二周目で本気でやろうと思ってたから、丁度いいや」
「それでメグミ様。その拠点についてご報告が……」
「なぁに?」
「前にメグミ様が作りかけて放置していた拠点、この森の中にあるのです」
そう言ってセシリーは、視線で方向を示す。
今、私たちが立っているのは河原の草むらだ。
それを挟んで、左右に森が広がっている。
生えている木々が、どれもかなり大きい。
誰かが木材を得るために植えた木々ではなく、何百年も前から自然にある原生林なのだろう。
そんな森の中に、作りかけの拠点があるって?
「……言われてみると、こんな森、ゲームで見た覚えがあるような。こんな森に拠点を作ったような?」
「そうですよね? 実は私、メグミ様をここで見つける前に、森を少し歩いたんです。見覚えがあるような気がして……記憶を頼りに進んだら、案の定、あの掘っ立て小屋が」
「へえ! じゃあ一応、今日泊まるところはあるんじゃん。案内して」
「よろこんで!」
セシリーに連れられて、私は森を進む。
そして十分も歩かないうちに、それは見えた。
「うん。確かに私の拠点だ。いかにも適当に作って放置しました的な」
まずオンボロな掘っ立て小屋がある。広さは四畳半ほど。
その周りに果樹園がある。明らかに思いつきで植えたのが誰の目にも分かるように、リンゴ、ナシ、カキ、ブドウ、サクランボ、モモ、バナナ、パイナップルなどが無秩序に生えている。
「さすがゲームの植物ですね。季節感を無視して、全ての果実がたわわに実ってますよ。これって確か、普通の果物じゃないんですよね?」
「錬金スキルで品種改良したものだからね。HP回復の効果がある」
「そういう貴重なものなら、番人が必要ですね」
「うん。というわけでモンスターを作るよ」
魔王にはモンスター創造のスキルがある。
もっとも、無制限に生み出せるわけではない。
いくら有料DLC種族とはいえ、それでは強すぎる。
モンスターを作るには、素材となるアイテムと魔力が必要だ。
アイテムは一周目で手に入れたのが沢山あるからいいとして、問題なのは魔力。
ゲームではMPとして数値化されていたから残量がすぐ分かったけど、この世界では違う。
モンスター一匹作るのに必要な魔力も、今の私の魔力残量も分からない。
まあ、やってみるしかないか。
念じると、モンスター創造スキルのやり方が、頭に浮かんでくる。
まずは一周目で手に入れた、魔石【大】を一つ地面に置く。
それに向かって腕を突き出し、魔力を流し込み――。
「我が意に応えて生まれ出でよ、スライム・ロード!」
眩い光が広がり、それが収束し、一つの形になっていく。
それは直系一メートルを超える、青い半透明の球体。
大型スライム。スライム・ロードだ。
「おお、成功した。ちゃんと私の言うこと聞くのかな?」
「ぷにぷーに」
スライム・ロードは体全体をプニプニと動かし、頷くような動作をした。
どうやら、こちらの言葉は伝わっているらしい。
「記念すべき一匹目だ。ちゃんと名前をつけてあげなきゃ。青いスライム・ロードだから……アオヴェスタ・スラローンでどう?」
「ぷに! ぷににー」
スライム語を人の言葉に翻訳するのは無理だけど……喜んでいるのは分かる!
「よし、アオヴェスタ。スライム・ロードには、普通のスライムを部下にする能力があるの。だから、この辺にいるスライムを集めて部下にして、パトロールをしなさい。とはいえ、いきなり一人で向かわせるのもかわいそうか」
私は魔石【小】を二つ出して、魔力を流し込む。
すると、直系三十センチくらいの小さなスライムが二匹現われた。
「あれ? メグミ様。この子たち、アオヴェスタと違って、薄い黄緑ですね」
「そうだね。というか、ゲームでいつも遭遇してたスライムは、こっちの色だけど……」
青と黄緑。
その違いに意味はあるのかなぁと私たちが悩んでいると、アオヴェスタがスライム二匹に軽く体当たりした。
その瞬間、黄緑が青に染まってしまったではないか。
「そうか! アオヴェスタの部下になると、同じ青色になるんだね!」
「ぷに」
「うんうん。分かりやすくていいね。それじゃアオヴェスタ。パトロールをお願いね」
「ぷーに」
アオヴェスタはプニンと頷き、そして部下二匹と仲良くプニプニと跳びはねて、森の中に消えていった。
「か、かわいい……」と私が呟くと、
「はい、本当にかわいいです……」とセシリーが続いた。
二人してスライムの愛らしさの負けてしまったらしい。
「それでメグミ様。モンスターを作ってみてどうでしたか? 魔力の消費は大丈夫ですか? 体に異変はありませんか?」
「セシリーは心配性だなぁ。大丈夫。異変はなんにもない。ちょっと疲れたかなぁってだけ。ゲームのMPのように数値で出ない代わりに、魔力の消費が倦怠感になってるみたい。考えてみれば、現実で体力の消費って数値化されないけど、なんとなく分かるもんね。これで十分かも」
「そうですか……異変がないなら安心ですけど、無理はしないでくださいね」
「分かってる。今日はもうモンスターは作らないよ。第一、頭に浮かんできたモンスターの作り方って、スライムとスライム・ロードだけだもん。ネットで見た情報だと、世界各地にあるレシピを手に入れると、色んなモンスターを作れるようになるらしいけど」
「なるほど。ではいずれレシピ探しをするとして……今日はアオヴェスタたちが帰ってくるまで、二人でのんびりしましょうか。なにせメグミ様とこうして直に会えた初日なのですから!」
セシリーは私の腕に抱きつき、はしゃいでいる。
のんびりするのは私としてもやぶさかじゃないけれど。
「もう一つだけ試したいスキルがあるの」
「……それは一体?」
「NPCの魔族化、だよ」
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