第2話 魔王になった
このゲーム『エルダー・ゴッド・ウォーリア3』は確かにグラフィックがリアルだし、それを最高画質で動かせるゲーミングPCを両親に買ってもらった。
しかし、それにしたって綺麗すぎる。
セシリーだけじゃない。
そよ風に揺れる草花や木々、流れる雲、肌に伝わる土の冷たさ。
どう考えたって現実そのもの。
「はたして人類はいつ、フルダイブ型のゲームを完成させたのだろうか……」
私はボンヤリとした頭で思考を巡らせ、意味のない呟きをする。
「さあ? ここがゲームの世界なのか、それとも別の世界なのか、私には分かりません。けれど、私はなんだっていいと思っているのです。こうしてメグミ様の声を直接聞けて、語りかけることができて、そして体温さえ感じられるのですから……」
セシリーは私の背中に腕を回し、上半身を起こしてくれた。
本当だ。布越しに体温が伝わるし、吐息も分かる。
彼女はここにいて、私もここにいるのだ。
ずっと液晶モニターとコントローラー越しにしか触れ合えなかったセシリー。
「あなたにもゲームの記憶があるの……?」
「はい。全部、覚えていますよ、メグミ様。初代エルダー・ゴッド・ウォーリアで、何時間もかけて私の外見を設定してくれたメグミ様。新作が出るたびセーブデータを引き継いで私を仲間にしてくださったメグミ様。一緒に何度も世界を救いましたね。一緒に何度も死にましたね。レアアイテムを求めてモンスターを狩り続けた地味な作業も、バグにハマって動けなくなったのも、全てが大切な思い出です」
しょせんはゲームだと思っていた。
私が勝手に依存しているだけ。私にはなにもない――。
そうじゃなかった。
なぜ自分とセシリーが同じ世界にいるのかという疑問はある。けれど、どうでもいい。さっき病室で死んだ気がする。それも、どうでもいい。
セシリーがいるんだから。
「ねえセシリー。私、人生で今が一番嬉しいよ!」
「私もです、メグミ様! だって私、こうして生きているんです……!」
「私たちは今、生きている! 私たちは今、幸せだ!」
そう叫んで起き上がる。
空気を胸いっぱいに吸い込む。
くるりと一回転してみる。
黄金の長い髪が舞った。
現実世界の痩せ細った私ではなく、ゲームの私。
今日からは、こっちが本当の私。
「あれ? ところで私、死ぬ直前に『強くてニューゲーム』したよね?」
このゲームは最初に選ぶ種族によって、覚えるスキルやステータスの上がり方に差が出る。
ヒューマンならバランス型。エルフは力が弱いが魔法が得意。ノルドは逆に力が強く魔法が苦手、といった感じだ。
ラスボスを倒してクリアすると、スキルとアイテムを引き継いだまま、別の種族で二周目のプレイができるシステムになっている。
ゲーム用語でいう『強くてニューゲーム』というやつだ。
私はラスボスを倒した。
二周目で選んだ種族はもちろん、楽しみにしていた有料DLC種族『魔王』だ。
「はい。メグミ様は現在、一周目のヒューマンではなく二周目の魔王です。なので初期装備に戻っていますね」
「あ、本当だ。初期装備とか久しぶりー」
ゲームじゃないから名前は表示されないが、アイテム名は『布の服』。
中世ヨーロッパの村人が着ていそうなワンピースだ。
「ゲームだと一周目のアイテムを引き継げるんだけど……この世界はどうなんだろ? そもそもアイテムってどう管理するんだろ?」
ボタンを押してアイテム欄を開いて――というのができない。コントローラーがないからだ。
「とりあえず、念じてみてはいかがでしょう?」
「うーん……じゃあ、とりあえず……神聖剣よ、出ろ!」
私は一周目で手に入れた武器の中で最強のものを呼び出そうと、念じながら腕を突き出した。
すると、なにもない空中からポロンとお目当ての神聖剣が現われ、地面に突き刺さったではないか。
「おお、成功だ、やったー!」
「さすがはメグミ様です!」
私とセシリーは手と手を取り合って喜ぶ。
一周目で手に入れたアイテムは、武器や防具だけでなく、食料や日用品も数多くある。それを自在に出せるなら、しばらく生活の心配はいらない。
いやぁ、私たちに都合のいい世界でよかった――。
そう思いながら神聖剣の柄に触れた瞬間。
「痛ったぁぁぁぁあああっ!」
「ど、どうなさいましたかメグミ様!?」
「神聖剣に触ったらバチってした! もの凄い電気が流れたみたい! もう全力で私を拒絶してるって感じ!」
「……もしかして、魔王だからでしょうか?」
「へ?」
「ほら、神聖剣って神の加護を宿しているという設定じゃないですか。今のメグミ様は魔王なので……弾かれるのかなぁと思いまして」
ああ!
そういえば公式サイトに、そんなことが書かれていた。
うーむ、どうしたものか。最強クラスの武器や防具はどれも神の加護がついている。
これでは一周目の装備を引き継げないではないか。
「待てよ……その代わり、呪われた装備をリスクなしで装備できるはず。いでよ、闇のローブ!」
それは死霊術師を倒して手に入れた防具だ。
物理防御が高いだけでなく、攻撃魔法を軽減するという優れものなのだが……呪われている。
呪われたアイテムを装備すると、ダメージを喰らい続ける。一歩踏み出すごとにダメージを喰らう。黙って立っていても一定時間ごとにダメージを喰らう。なのでしょっちゅう回復していないとすぐ死んでしまう。
おまけに教会で浄化してもらわないと装備を外すことができない。それが呪われたアイテムだ。
だが、魔王は呪われたアイテムをデメリットなしで装備できるのだ。
「大丈夫ですかメグミ様? 痛かったりしませんか……?」
「うん、大丈夫。全然なんともないよー」
私は布の服の上に闇のローブを羽織る。セシリーはそれを心配そうに見ていた。が、こちらが笑いながら親指を立てると、ホッと胸を撫で下ろした。
「メグミ様の金色の髪が、黒色のローブのおかげでより美しく見えます。とてもお似合いですよ」
「ふふふ、これで少しは魔王としての威厳が出た感じね。お次は武器だけど……えっと、手持ちので一番強いのは……普通の鉄の剣かな」
鉄の剣や鉄の斧は、雑魚の盗賊が落とすので、アイテム欄にどんどんたまっていくのだ。
「メグミ様が装備すれば、どんな武器でも威厳たっぷりです!」
「そうかな。普通の鉄の剣は、どうやっても普通だと思うけど」
ま、これから集めればいいや。
呪いの装備って使い道がないし、売っても安いからスルーしてきたけど、これからは積極的に入手していこう。
魔王がDLCで出ると最初から知っていれば、一周目でもっとため込んでいたのに。
公式の告知が遅いよ。
しかし、ゲームと同じ相場か知らないけど、もしそうなら、強力な呪いの装備を安く入手できるのでは? 魔王、有利過ぎでは? さすが、一周目のプレイでは使えない種族だけはある。
「ともあれ、せっかく魔王になったんだから、魔王城と呼べるくらい立派な拠点を作らなきゃ」
「それは素敵です。メグミ様に相応しい魔王城を作るお手伝いをさせてください」
「それは違うよセシリー。私とセシリーの魔王城だよ!」
私がそう言うと、セシリーは目を丸くし、それから涙を浮かべた。
「……はい! 私とメグミ様の魔王城を一緒に作りましょう!」
「よぅし! じゃあ、まずは魔王城の前身となる拠点を定めて、そこを防衛するモンスターを作ろう!」
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